Welcome to 23:25 Before cherry blossom



 時計の針は23時半の五分前

 永遠のように止まる。

 きっと、3秒後に世界は揺れる。

 アトラクションがはじまる五分前。






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『S.Y.S.T.E.M』-システム-

 この星は

 星の表面に位置する、見える限りの世界。現素から構成される現体、所謂人間が治める現界『現遍界』

 星の記録、幽冥の園、アストラル体、天素からなる天体、天使の司る天界『星幽界』

 そして地獄と呼ばれる命の最終地点、淵の底にある冥素を素にした冥体、魔の闊歩する冥界『涯獄界』

 の三界に別れている。

 それらは全く同じ大きさ、広さで同じ場所に存在しながらも、お互い感知、認知出来ない様に『ずら』されている。

 そして『現界』、ヒトの世界を統治している協会をS.Y.S.T.E.Mと呼ぶ。

 基本的に、人を守ろうとする組織は須く、こちらに属することになっており、名は違えど連盟という体で運営している。

 よって各大陸の最上にはS.Y.S.T.E.M直下組織を一つずつ立てている。


『桜人衆』-In Bloomer-

 第四大陸梅楼京を護る『S.Y.S.T.E.M』の直下組織の一つ。名の通り、元々は第四大陸と第五大陸の間に座す、世界樹を護り、慈しみ、奉る者たちの集まり。

 散ることのない満開の桜、神木、神籬を枯らすことなく、永遠に伝えていくため、遺すため。

 ありとあらゆる怪異を祓い続け。果てやあまねく陰道、悪鬼羅刹を斬り、祈り。この大陸を統べる。

 

 そもそも『S.Y.S.T.E.M』の上層部ともなれば、その大陸の国王や長と同等以上の発言権を持つが、この伝統を重んじる梅楼京では特にそれが顕著である。

 一般的には王族や華族の部類が直接的にS.Y.S.T.E.Mに所属していることは少ないが、上記の理由て第四の王権を握っている存在が桜人衆の最高責任者である。


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□4/3

└淨土地方『桜酒』

 └桜酒『桜酒城』



 016


「ん」


 ふっ、と意識が目覚める。

 どうやら気絶していたらしい。途切れていたのは一瞬のような気もするし、随分長い間寝込んでいたのではないかとも思う。

 というか、ひらひら風と戯れているカーテンの隙間から、やけに綺麗な夕日が差し込んでいたので、やはりそれなりの時間、俺は…


(病室、手当てもされてる、痛みが全くない……つーか、おい。普通に負けた。あんだけ息巻いといて早速かよ。や、まぁ命あるだけ儲けもんだな。再確認、俺はこっちじゃ人一人守れるほどに強くない……ん、にしても結希が居ない、場所は、ここは)


 脳を起こす為に半ば無理矢理思考速度を上げながら、状況を整理していると。


「あら、お目覚めみたいね、おはよう」

「…………おはようございます」


 人の、いや人に限った話ではないが。気配を感じる、という技術に関してはそれなりに修めている自信があった。

 その上この状況で警戒は怠っていなかったのだが。するり、と意識の外側からその女性は現れた。


「そんなに警戒しなくても、まぁそれが正しいんだろうけど、よく出来てるわねぇ」

「あ、いえ、すみません。これ、貴女が?」


 常葉は自らの体に施された医務の跡を見せながら。


「ん、勝手に治療させてもらいました、といっても大した怪我してなかったけど。凄い素敵な鍛え方してるのね。硬い筋肉が一つもないわ、びっくり」

「ありがとうございます、あの……」

「ああ、ごめんなさいね。私は枝垂癒璃しだれ ゆりっていうの、別にお金とったりしないから安心し…」


 癒璃と名乗った女性が話を終える前に、ばたばたばたとやたら騒がしい音と共に、ばたん! と、扉が開け放たれる。


「常葉くん!!」


 結希。額に珠のような汗をいっぱい浮かべ、駆け寄ってくる。ごめんね、ごめんね、痛いよね、ごめんねと、何度も何度も何度も何度も何度も言葉を重ねるので、それを制止し。


「いや、こっちこそごめん。最後まで守ってやれなかった。あの後どうなった、怪我は…無さそうだけど、何もなかったか?」


 と、告げる。あんぐりと口を開ける結希。

 自分は責められど、謝られるだなんて思ってもいなかったので、完全に脳処理がフリーズする。

 離れて椅子に座る癒璃も少しだけ驚きながら、固まった結希の代わりに。


「委細問題ないわ、超高度からの落下と、この時期の愛凛を抜けたって聞いたから、少し身構えたけど多少の擦過傷と、筋肉の一部の歪みぐらいだっので、簡単に処置はしておきました、ずっと貴方のことばっかりで手間取ったけれど、ね」


 最後の一文で、言い表しにくい表情になった結希が何かしらの弁明をしようとしたその時、こん、こん、こん、と通りの良い音が三度鼓膜を揺らす。


「はーあーい、どーぞ」


 癒璃の返事に、また扉ががらりと開く。ノックの作法、ちゃんとこの世界にもあるやんけ、なんて考える常葉。

 見覚えのあるよく出来た体格の男が二人入ってくる。

 あの時助けに来てくれた五人組だ。片方はリーダーとか呼ばれていた男。


「起きたみたいだな、桔梗様が呼んでる、寝起きで悪いが来てもらうぜえ」


 流石にそろそろ落ち着きたいが、そうもいかないらしい。

 桔梗様。

 様か、恐らくこの人たちの長か何かだろうか。

 もうしばらく前から思考放棄というと少しアレだが、抗ってもどうしようもないので。ちょっとだけ結希を見つめ、相変わらず困った顔しているので少しだけくすりと笑い、仕方ないので大人しく着いていく二人であった。

 


 008



 結構な距離を歩かされた。

 いや本当に。

 本気で。

 寝起きで歩く距離では決して無い。


 あんなことがあった後にも関わらず、余程治療が良かったのか、一切身体に禍根は残っていなかったので文句はないのだが(それでも勿論ながら疲れみたいなものは嫌というほど体を蝕んでいる。いやこの程度で弱音を上げるような柔な鍛え方をしてないが)

 古色蒼然と、とまでは言わないがとても歴史を感じる城みたいな、というより恐らく城(後から聞くと繁稜郭、というらしい)の中を屈強な男二人の後にぴったり着き小一時間。

 やたらと明るいリーダー、薊鮮花あざみ あざかの止まらない他愛話に付き合いながら漸く、目的の部屋についた。


(……)


《常在戦場》


 ごくり、と喉が鳴る。

 扉の前からでも分かってしまった。この先に、狂ったように強いのがいる。

 自然の獣でもなければ、殺気を向けられた訳でも、それどころか敵意さえ微塵もないだろうに、姿も見てないだろうに。

 強い。たぶん、あんな龍なんて比にならないくらいの。


 恐怖、畏怖を感じたのではないのだが。

 蒼穹を割った時の数倍、脂汗が滲む。


 などと逡巡している間に薊がなんのてらいもなく部屋に入っていく、常葉も引っ張られるように連れ込まれてしまった、そこには。


「んーー、やっときたか、まってたぞ。わたしが木々ノ根桔梗きぎのね ききょう。この第四大陸を治めている者だ」


 やたらめったらちっこい少女がいた。

 いや、本当に小さい。

 少女ですらない、童女だ。

 露出は殆どないというのに、何故かやけに艶かしい。

 それは和服に身を包み。

 やたらと高貴に佇んでいる。

 不安になるほどアンバランスであった。

 あどけない、見た目は本当に小さな小さな女の子。だが。

 常葉は骨身が震えるほど、彼女の強さを感じとる。とってしまう。

 が、物怖じしてても仕方がないので、とりあえずは。


「すみません、助けていただいた上、至れり尽くせりで、なんと言えばいいやら、ありがとうございます」


 と、繕ってみる。

 慌てて結希も続いてぺこぺこと頭を下げていた。


「んーんー、別にそんなんはいい、癒璃たちを通して大概の事情は聞いた」


 二人を和ませようとにっかり笑う。


「この地で、困った人を助けるのは私たちの使命だからな。そこはいい、金子もいらん、礼もいらん。ただな。わたしが聞きたいのは、おまえらが何者かってことなんだ」


 ずず、と湯呑みを啜り。


「悪いが、おまえらをざっと洗わさせてもらったぞ。結構頑張って調べたんだが。まぁ、おかしいんだ。白いのは明らかにこの世界の人間なのに協会のでぇたべぇすに寸分引っ掛からず、黒いのは異世界人と聞いてるが、世界間渡航に関する許可どころかおそらく不認可の転移法か何かでこっちに来ているのだろう。色々調べたけれど時空震もなければ運命力の歪み、境界の罅などもない、あるのはほんの少し、世界間渡航があったっていう痕跡だけ。それもほぼもう消えかけてるらしいしな。たまたま迷いこんだという訳でもなさそうだ。そもそもその白いのと跳んだのだろうしな。まぁ、なにが言いたいかっていうと」


 ゆらぁり、ゆらぁりと湯呑みを揺らしながら、つらつら、つらつらと二人を見つめながら紡ぎ。一拍置いて。


「おまえら【なにもの】だ」


《威圧:真》†《第四王》


 どくんっ!!!

 と、心臓が馬鹿みたいに跳ね上がる、寒気や怖気だなんてものとは比較すら出来ない何かが背中をぞぞぞぞぞぞぞ、と這いずり回る。苦しい、息が出来ない。


「が、あ…」


 殺気。重たく、黒く、鈍い。

 常人よりは、そのコールタールのような粘ついた感情を浴びた経験があるはずなのに、今まで感じたそれは稚戯だったのではないかと思うほどの重圧。


 息すら。うまくできない。


 折れてたまるか、と。

 今にも潰えそうな結希と桔梗の間に割って入るように、身体を引き摺る。

 刹那たりともその重圧はほどかれない。

 血が冷えていく、凍えていく、氷っていく。声すら上手く発せない。不味い、まずい。


「あ、Add colors……」


 結希の、声。

 常葉が壁になったことで、少しだけ余裕が生じたらしく、ぽつり、と絞り出すように、呟く。



 ふっ、と空間を支配していだ巨大な圧力は消え去った。

 顔を上げると、桔梗はなんだか面白い顔をしながら常葉と結希をじぃっと見つめている。


「あぁ、そうか、そうか! これはわたしの察しが悪かった。なぁるほど、得心いった、あのばかものども、いつもいつも先に言えと言っているのに、いやまあ、そうだな、そうか、伝えれる訳もないな、そうかそうか、そうか、今日か」


 はぁ、はぁ、と床に伏す結希と、片膝を付きどろりとした汗を顔いっぱいに浮かべる常葉。


「悪かった、ごめんな。いやなに、これも仕事なんだ。この大陸を護るのがわたしに課せられた責務なんだ、許してくれ」


 深い謝罪。それは心の底から。


 そして、先ほどまでの桔梗と、同一人物とは信じがたいほど、あどけない喜色に彩られた顔。

 流石に思考が追いつかない常葉をよそに、結希は体に鞭を打つように一歩、前へ。


「あ、あの…」

「いいよ、分かってる。何も言わなくていい、そうだな、まず先立って、おまえら二人の身柄は我ら【桜人衆】がしばらく預からせてもらうことにする」


 けらけら、と微笑みながら。そう告げる。

 桜人衆。

 第四大陸において最も大きな組織。

 そもそも桜人衆について語るのであれば【協会】というところから語らねばならない。


 協会、とは。

 現界統治協会【S.Y.S.T.E.M】のこと。

 非常に独特な組織体系、機構に則り構成されており。世界中、無数に散らばるギルド、タスクフォース、集団、レギオン、ユニオン、組合、オーガニゼーションだのなんだの。

 その土地その土地に根付いている自治体やらなにやらまで、何かを護ったり、何かの為に存在するそれらに指向性を持たせ、統括しているのが協会であり。この星、現界に十二ある大陸それぞれに支部を置き、世界を保護し続ける。

 そして第四大陸に、支部として大陸を治めているのが桜人衆。

 そんな大組織の頭領なだけあり、木々ノ根桔梗は一国の王より影響力のある発言権を持つ。

 と、早息に、桔梗は砕きながら主に常葉に向かい話すと。


「うむうむ、疲れやらなにやらで色々思考がまとまらないだろう、とりあえずおまえらは今日は休め、流石に壊れるぞ」


 ぽかん、と固まっていた二人はその一言で。

 まるで言葉に引き出されるように、今更ながら凄まじい疲労が蓄積しているのを感じる。

 常葉は二、三言いたいことはあったが、ちらりと結希を見ると今にも倒れそうな上、また時間を作ってくれるということなので、ここは言うことを聞いておくことにした。


 何せ、天窓からは恐ろしいくらい美しい月が覗いている。

 どっぷり、と夜である。

 こちらの時間概念などは分からないが、体感にして約一日は動きっぱなしではあった。

 最後に奮い立たせ、出来うる限り誠意を込めた礼をした後。鮮花に案内され部屋を出ようとする、と。


「黒いの、一応聞いてるけど、名乗れ」

「え、あ、常葉です、箱庭常葉」

「うむうむ、ときわだな。ときわ、おまえ、見所あるぞ、大変だけどがんばれよ」


 ずしり、とやけに重みのある言葉が、その重圧の割りには何故か優しく、暖かく、胸にすとりと落ちていく。こうして、二人の長い長い一日目はゆるりと、閉じていった。






 017





 二人が出ていき、がらりとした桔梗の間。やけに静かなその部屋で、窓を開ける。

 冷たい夜風が入り込み、それが朧気に輝く流麗な小望月をより妖しく艶やかに魅せる。


「そうか、そうか。今日だったのか。あぁ、あぁ、確かに何かが変わりそうな夜だな、ふふふ。最初がわたしなのか。あぁそうか。まったく、まったく。いつになってもおまえらは二人揃って勝手ばかりするんだから。まぁ、とりあえずは任せてくれ、黒継、白那……」


 真っ暗な室内に、てらてらと月の光だけが落ちる。まるで小鬼のような影がゆらりゆらりと揺れている。嬉しそうに、懐かしそうに、切な気に、流れる星にそっと呟いた。

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