Route 1 THE Underway

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『ポテンシャル』

・そのまま「潜在能力」「将来の可能性」「発展性」の意。

 技能や異能の総称。アビリティやスキル、パーク、ギフト等と呼称する者もいる。

 『始まりの□Arc』と呼ばれたナニカが発動した、対界改竄大権能により敷かれた、あまりにも強い『呪いシステム』。

 以降、それらは世界により定義され、酸素を吸えば呼吸が出来ると遜色ない常識である。

 この世界では、その人間の持つ技術や才能が目に見える形として出力される。どのようなものであれ、システムに類型され、象られる。

 他人のそれをきちんと読み取るのには相応の技術がいるし、勿論隠匿する事も可能。


 遍く世界。

 事象を幾億層重ねた結果、混沌と化した世界。

 特殊な法則性、特異な知覚を。無理矢理に類型し、概念保護することが目的なのではないのか、と。世界の仕組みに踏み込んだ側の者たちは言う。


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□4/2

└淨土地方『桜酒』

 └愛凛森林



 013


 ただ鬱蒼と、ただ青々と、己らが存在を誇示し続けるように生い茂る草木、大自然。

 おおよそ常葉のいた世界とはスケールが二回りほど違っており、彼の知る木々や岩石や運河や生き物に比べ、ひたすらに巨大で、異形。

 知識というものはそれなりに広く、造詣のある常葉なのだが見渡せば見渡すほど始めてみるモノばかりであり、何一つ把握の、理解の追い付かないそれらを前に。常葉は息を呑みながら、観察する。


 《常在戦場:Auto!!》†《instant!!:神獣の加護(天狐):Auto!!》


 通りすがる獣、虫、鳥、形容しがたい生物。

 いや流石に全てとはいわないが、六割ほど。

 今まで見てきたどんなものより生物強度が高い。有り体に言えば強い。

 もし自身が補食対象であったなら、命を懸けて臨んでも、ようやく逃げ切れる確率が五分になるのではないかと、常葉は玉のような汗を落とす。


 先導する常葉を眺めながら、結希はぼぅっと思考する。


(……【常在戦場】が発動してる? そんな。

 いやそもそもまだこの世界に適応できてないはずよね……あの戦闘力も勿論【遍縁の魔眼】も普通に考えておかしい。常葉くん。うーー、分かんない、頭もぼーってするし、聞いてもいいのかしら、駄目なんだっけ?)


 【常在戦場】

 それは数えきれないほどの死線、鍛練を越えようやく会得できる常時発動型のもの。

 感覚として己と他との戦力差の認識。

 敵意に対する鋭敏さを示す優秀な技術。

 そもそもこの世界には当たり前のように存在するシステム、ポテンシャル。

 勿論常葉のいた世界にそんな便利なモノはなく。普通、知識もなく、渡航技術もなく、異世界からの来訪者は時間をかけてその世界に馴染んでいくもの、である。

 幸い、此度二人が行った世界渡航は、簡易だが肉体、精神等に対する最適化自体は発動しているので、大気濃度を初めとした異世界渡航にあたり、人として過不足なしに生きる障害自体は取っ払われている。


(にしても馴染むのが早すぎる、わよね? 倒れたりしないどころか、鼻血や、目の充血とかもなさそうだけど…)

「なぁー、ゆきー? きいてるー?」

「へっ、あっ、はっ、はいっ、なにっ??」


 びくんっ、と跳ねる結希。

 それを見ながら大きなため息をついて大袈裟に肩を竦める常葉。

 ちなみに概ねの事情云々はとりあえず第一目的地に着いてからじっくりと、ということで落ち着いているが。ほんの少し、常葉の精神構造の異常性が伺える。


「そろそろお前のびっくりキャラ飽きたよ。今時流行んないよ?」

「きゃ、キャラでやってません! はじめてとか急とかに弱いタイプなの! で、なんですか!」

「だから、改めてこの……加護? だっけ、すげーよなーって」

「それはそうよ、神獣の加護なんてそう受けれるものじゃあないわ、魔除け、厄除け、破魔の最高峰よ」

「ふーーん……もらってばっかりだな」


 己の右目を手のひらで覆う。まだ、少し独特の暖かさが残っているような気がする。

 その右目、常葉の持つ【遍縁の魔眼】を媒介に、己が加護を付与してくれたあめ。

 要するに犬猫のするマーキングだとか、匂い付けだとかの延長線上。まあ要するに。

『これはわしのものじゃ、手を出せば、どうなるかわかっておるな?』

 という圧力である。

 そんな加護があるからこそ。

 本能的にというよりそれ以下の生物は彼らに手を出すことが出来ない。


「まぁでも流石にインスタントポテンシャルだろうから急がなきゃだけど」

「インスタントポテンシャル……?」

「その名の通り即席なのよ、そうね、持って一日、二日だろうから……それがある内にせめて魔物だとかがいないところまでは行きたいんだけど……」


 大まかな現在地についてはあめに教えてもらっているが、どうやら結希の想像以上に転位先がズレていたらしく。

 とりあえずは一番近い街、浪花なみはなを目指している。が、足だけで街道を進めば三日はかかるので、加護を利用し森を突っ切っている現在。

 一般人は立ち入るのに、一、二ヶ月申請に時間がかかるような認可がいる程度の、危険区域である。


「愛凛森林、色々やな噂聞くのよね…幸いエスケープポイントはそれなりにあるみたいだから休憩入れながら進みましょう」


 こういった危険区域、ダンジョンだの呼ばれるエリアには得てして簡単な小屋、キャンプのようなものがそこいらに設営されている。

 結界術や、言祝、咒い。

 または物理的に視認し辛くしていたり、機械や技術で野生が毛嫌う音や匂いを発生させていたりして。安全を確保した上に、寝床と保存の効く食料が保存されてあり、維持にはそれなりに金と時間と人件がかかるんだとか。



 014



「ひぃ、ひぃ…」

「だいじょーぶかー」


 おおよそ九割を踏破し、あとはもう抜けるだけ、といった所まで来たのだが。

 結希の顔がちょっと見てられなくなってきたので五度目になるエスケープポイント。


「体力……無さすぎない?」

「げふ……ひぃ、言った……ひぃ…でしょー……今の……ひぃ……私ぽんこつなのー」


 ぐでり、と床に融けてしまいそうなほど張り付く結希。平時であれば既に何十往復と出来るぐらいではあるのだが以下略。


「いやまぁ、いいんだけどさ。結局ほぼ丸一日消費しちまったな……というか、日とか時間の概念って同じなのか?」

「あーーー……そのへんも……街着いてからでいい……? とりあえず今の感覚で大丈夫だから……」

「お、おう」


 今更気にしても仕方ないので、幾つかさっと調理した食材を摘まむ。

 殆どが保存食だったり缶詰めだったりしたので本当に簡単なもので。


「食文化、あんまかわんねーんだな」

「あーー、そうね、ここは第四大陸【梅楼京ばいろうきょう】って言ってね、貴方の世界でいうところの日本? だもの、スケールの差はあるけども文化や発想自体はそこまで変わらないんじゃない?」


 大陸については軽くだが、道中結希に聞かされていた常葉。この世界には十二の大陸があり、ここはその内の四つめとされている。

 別名極東大陸とも呼ばれ、その他十一の大陸と比べれば人口も面積も少ないが、周りを海で断絶されており、独自性の強い文化を持つ。

 更には世界に四柱しかない世界樹を一柱、保有している。


「はぁ……ん? ていうことは俺のいた所とここって平行世界とかいう奴になるわけ? 異世界、異世界っていうから完全に別もんだと思ってたんだけど」

「そこなのよねー、しっかり聞かされてないし、まだ私のなかで答え出せてないからそこもごめん、なんとも言えない。少なくとも平行世界ではないはずなんだけどなぁ」


 よっ、と体を起こし、同じく食材に手を伸ばす結希。どうやら箸は普通に使えるらしく、器用に切り分け口へ運んでいく、そんな、そんな瞬間


「いヒッ」


一つ、嘶く笑い声。


 《戦闘熟練:弦糸(上級)》


「!!! 結希! あぶねぇ!!」

「へっ? きゃあっ」


 弾丸の如き速度で、結希に覆い被さる常葉。

 瞬間、嗤ってしまうような小気味の良い音と共に、二人の居た小屋は輪切りにされる。

 それは重ねればくっ付くのではないかというほど綺麗な切り口で。






 015


「オー、オー、本当に死なないんだナ。凄いネ、ふつーーに殺す気でやったの二」


 ぱらぱらと崩れ去った最早建物とすら呼べない形骸の隙間から、ちらりと細身の男が覗く。蛇のような瞳で此方をねめつけるように、血のように真っ赤な舌を伸ばしていた。

 胸に抱えた結希が無事なのを確認してから、後ろ手に回し、立ち上がる。


「大層なご挨拶だな、ノックの仕方も知らねぇのか?」

「こっちの世界じゃこうやってノックするんだヨ、異世界人サン」


 マジかよ、と結希を眺めるとぶんぶん首を振るのでそりゃあそうかと見つめ直す。

 そもそもここまでの殺気。流石に多少武芸に身を投じていれば子供でも察する。


「おいおい、どうやって避けたのかと思ったらそれ【常在戦場】じゃねぇノ、あ? おかしくネ?」

「何言ってんだ、何の用だ、殺し屋か?」

「あらマ、まだポテンシャルの概念は擦り合わせてないのネ、そちラ周りは大分ト無防備ダ。んでなんだっテ? 殺し屋? そうだって言ったらどうすん、ノッ」


 言うと同時、常人より幾分も細長い両の腕を、まるで鋏のように交差させた。きらり、きらりと何かが光る。それを視認すると同時、背筋がぞくりと馬鹿みたいに凍てついた。



 



 死。





「っぶねぇ!!!」


 間一髪、体を捻る。何かが皮膚を掠めたという感覚だけが身体中を駆け巡っていく。


「はー、見えてないだろう二、よけてるねェ……」

「糸、か、ワイヤー、あるいはそれに類じたもん」

「…わオ。なんデ?」

「手の動き見てわかんねぇ方が馬鹿だわ。何かしら細工で視認しにくくしてんだろ」

「なるほド、同じようなプレイヤーとの戦闘経験があるんだネ。それはそれでびっくりだけド」

「たまぁにいるんだよな、正道で行き詰まったからその手の奇襲、奇策に逃げて悦に浸ってるやつ。変人に多いんだよ」

「ハッ、ここにきテ煽れるのかイ、随分極太な肝をお持ちのようダ、塩焼きにして食べたくなっちゃうネ」


 うねうねとうねったオレンジ色の髪をかきあげ、にやりとギザギザの歯を見せ、笑う。嘲笑う。

 これでもかというぐらいのポーカーフェイスの内を見え透かせているように。


(あーー、強いなこいつ、そもそもなんで異世界人って分かるんだよ、くそ、その辺は考えても仕方ねぇか)

「くフ、俺の名前は捻曲ねじ まがるってんダ。忠の身内サ」

「あ? ただし?」

「ほーラ、君が一発でぶちのめした筋肉ダルマだヨ。只唯忠ただただ ただしっていうんダ、変な名前だよネ」

(……お前が言うなよ)


 刹那、また四方八方から殺気が襲いかかる。なんとかそれを皮一枚でかわし続ける。今度は視認ができたそれが、熱したナイフでバターを切るように、樹木をすぱすぱと切り裂いていく。面白いように。


「ンー、失礼な事考えてたでショ。どーせ忠は何も使わなかったんだロ? 言っとくけど俺は本気で殺すつもりだからネー。奇襲だ、奇策だ言ってたけど、俺、そこそこ強いヨ?」


 明確に死を連想するほどの殺意。しかしもう既に捉えている。動きを最小限に、死のない場所へ体を押し込んでいく。避ける、かわす、進む、進む…が。


「んがぁっ!!」

「おーー、これもさけれるノ?」

「て、めぇ…」


 先ほどまでの攻撃は見せ札、あくまで敢えて、刃を見せていた。常葉は初撃を意識が追い付いていないからだと考えていたが。実際は見えない糸もあるのだ。それを安全圏のちょうど常葉の首元に仕掛けていたらしい。


「なめん、なよ!!」


 どぷり、と首から血が吹き出る。致命ではない。と考えるより先に前に踏み込む。役目を果たした糸が弛んだ瞬間を見逃さず、糸男のもとへ駆ける。


「おー、こワ、どんな神経してんノ。死に急ぎは死んだらいいヨ。ばいばイ」


 近付いた常葉に、笑み。まるで巣にかかった蝶に寄る蜘蛛のように。これまではまるで遊びだったのかと思わんばかりに比べることすら億劫なほど大量の弦糸を舞わせる。四方八方どころではない死の嵐。


「っ、ああぁあっ!!」


 が、怯まない、臆さない。一瞬止まれば、一歩退がれば死ぬ。から、前へ。前へ。止まらぬ猛攻、止めない足。身体中から血を垂れ流しながらも、その牙、骨まで至らず。


 《常在戦場》†《克死の直観》†《Concomitant!!:遍縁の魔眼:死線補足》†《development!!:深淵歩きデッドライン・ダンス


「ハ?」

「く、らぁえっ!!!」


 バキィッ!! と渾身のそれを糸男の顔に見舞う。

 糸男のその声とほぼ同じタイミングで、結希もまた顔色をしかめ、当の常葉も表情を訝しめていた。


(手応えが、ない?)

「は、おい、ちょっとまテ、常在戦場ぐらいはまだイイが、そりゃないだロ。そいつは【克死の直観】じゃねーカ」

(やっぱり、克死の直観……嘘でしょう? しかも遍縁の魔眼に付随させてる…?)


 ポテンシャルには汎用ポテンシャルというものがある。習得条件さえ満たせば誰でも習得可能というもので、常在戦場もまた汎用の一種。

 例えば戦闘熟練・素手(初級)は格闘技の基礎を学べば児童でも習得が可能だ。

 中でもこの克死の直観というやつは、死地にて死を間近に感じ続けるというのが主な習得条件。

 その効果は死という概念に対する異常すぎる嗅覚。勇気とは正反対のおどろおどろしい死なない力。

 また全ての汎用ポテンシャルは総じて発展系というものがある。


「アーー【遍縁の魔眼】の付随効果カ? 得てしてAランク以上の魔眼にはアホみたいに技能が付随するもんナ……いや、にしてもおかしいだロ。こっちに来る前に習得条件を満たしてたって事だよナ…? お前…」

「何ぶつぶつ言ってやがる!!」


 側頭部を狙った鋭い蹴り。風を切るような速度で糸男の顔面に突き刺さるも、糸男は何もなかったかのように語り続ける。


「基礎すら出来てないの二…なんだこいつ…そもそもあの狐もアクシデントだったんダ、俺の征龍をアストラルにぶちこみやがっテ」

「だから、てめぇは何を…がぁっ!!!」


 もう一度蹴り抜こうとした足を軽く捕まれ、地面が捲れ上がるほどの力で叩きつけられる。

 なんとか受け身を取ったものの、身体中に強い強い衝撃が走り抜ける。


「駄目だナ。やっぱりここデ、壊しとこウ」


 今度は思いっきり放り投げられ、大きく頑強な樹木に背中からぶつかる。

 飛びかけた意識を意地でも放さず、ふらつきながらも立ち上がろうとしたが。気付けば糸のようなもので完全に拘束されている、少しでも動けばばらばらになりかねないほど鋭利なそれに絶妙な力加減で木と結ばれる。


「常葉くん!!」


 慌てて駆け寄ろうとする結希に、朦朧とする意識下で最早来るなと叫ぶことも出来ず。


 《戦闘熟練:召喚術(上級)》†《戦闘熟練:傀儡術(中級)》†《Concomitant!!:命を無視された兵隊》


 何やら禍々しく、巨大な…魔方陣としか形容できないものを展開している男を尻目に、何か、何か出来ないのかともがく常葉。

 そんな時ふ、と右目がじわりと温度を持つ。反射的に顔を上げると。


「おいおいおいおい、仮にも桜花領のど真ん中で、何してんだクソガキ」


 そこには、背の高く、鍛え抜かれた体持つ男が立ちはだかっていた。ふと周りを見れば似たような和装を纏った四、五人の集団。

 それを見た瞬間、奥の糸男は展開していた魔方陣を解き、少し退がる。


「チッ、協会の人間かヨ、しかも幹部クラスが五人、流石に分が悪いネ」

「そう、協会。一応管理下な上に第四大陸で一番でけー極東支部の近くだぞ? 征龍の目撃情報があったって聞いて飛んでくりゃあ神獣クラスの雷落ちるわ、惑星か、世界規模かの転位が行われた形跡あるわ、追えばなんか居るわ。なに? 舐められてんの? 殺してぇ~~」

「先輩、一応俺ら公的機関なんで殺すはよくないです」

「一々口出さないでいいの、ほっときなさい」


 隣でほっとへたりこむ結希を見る限り助け船らしい。張っていた神経の糸が途切れかけ、意識がどんどん溶けていく。


「うん、まァ、今回はずらかろうかネ、おい少年、次は殺すかラ」

「待て待て、逃げれるとおもってんのか」

「思ってるヨ、そもそも形振り構わなきゃ君達程度いつでも殺せるからネ?」


 何を、と五人の内一人が突っ掛かろうとした時には、男はその姿を消しており。

 動揺する集団。だがリーダー格の男だけは直ぐ様結希と常葉に駆け寄ってくる。が、あの糸男が消えたこともあり、限界を迎えた常葉の意識はここで、その緒を緩め、途切れた。

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