第6話 ユメウツツ

自室で金縛りにあう。

何度目だろう。

今日は、ハッキリと見える。


左目の視界の端に、藍色の着物の袖がユラユラとそよいでいる。

それだけだ……だが怖い。

声はする?…いやしない。

身体に触れられる?…触れては来ない。

美しい藍色の袖が視界の端で揺れるだけ……。


ふいに動かない左手の指に違和感を感じた。

ヌラッ……。

私は、視界を下側へ、左手の先を見ようと必死で目を動かす。

微かに見える、左手の先。

私の左手の指をしゃぶる僧侶がいる。

顔しか見えないが、入道のような形相の僧侶は、

私の指を自分の口の中へ入れている。

僧侶と目が合うと、僧侶は

ア…ガッ……アアアアアッ……ガー……と喉から絞り出すようにうめく。

その目には、涙が浮かび、苦しそうに、うめくのである。

私の指に、ヌラッと舌がうごめく、ザラッとした歯の裏にあたる。

必死に何かを訴えてくる目に、私は恐怖を感じなかった。

むしろ、悲しみ、憐みのような、胸を締め付けられるような、

感情で、涙があふれた。


ヌメッ、ヌラッ、ザラリ…………。

しばらく、それは繰り返される、不規則に、うめき声とともに。

僧侶のまなこが、「アッ」と言ったように大きく見開いた。

僧侶は口から、私の指をドロッと吐きだし、スッと消えた。

フフフッフフフフフフ。

若い女性の含み笑いが聴こえた。


目の端には、美しい藍色の着物の袖が揺れていた……。

私が目を覚ますと、何事もない朝。

ただ、左手の指先には、僧侶の口の中で触れた舌の感触だけが、

生々しく、残っていた。

そう……ヌラッとした、嫌な感触だけが。

私は、洗面台で、必要以上に手をこするように洗った。

感触は、しばらくの間、消えなかった……。

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