第5話 夏の夜の夢

気になった夢の話である。

ある女性と付き合い始めて間もない頃。


眠っていると、金縛りにあった。

いつものことである。

目だけは動く、何もいない。

何もいなければ、眠ればいい…再び目を閉じて眠ればいいだけだ。

眠れなければ、解けるのを待てばいい、どうせ気づけば解けているはずだから。


その夜は、静かな夏の夜。

寝苦しさも手伝って、なかなか寝付けなかった。

隣では、彼女が寝息をたてている。

この段階では、当然、恐怖など感じなかった…ただ気持ちの悪い夜だとは思っていた。


寝つけずに、しばらく天井を眺めていると、遠くから歌が聴こえる。

遠くの大合唱が聴こえる…。

その声は、徐々に大きさを増していき…少しずつ…少しずつ…近づいてくる。

そして近づいてくるにつれて、それが歌ではなく、お経であることに気づいた。

お経が聴こえると思い始めてから、すぐに、シャーン・シャーンという金属音。

それが、錫杖しゃくじょうであるこはすぐに解った。

なぜなら、私の目には天井しか見えていないのだが、

頭の中には、道路の映像が入っているのだ。

その道路は、彼女の家、すぐ前の道路である。

道路の向こう側から、数十人の僧侶が歩いてくる。

お経を唱えながら…錫杖を鳴らし、僧侶が彼女の家の周りを取り囲む。

耳には、大音量でお経と錫杖が鳴り響く。

名無明法連…シャーン!!シャーン!!といった感じで何分も続くのだ。

(ウルサイ……うるさい……うるさい……五月蠅うるさい…)

声にならない、心の叫びが続く。

錫杖のシャーン!!シャーン!!の音が強すぎて、もうお経は、ほとんど聴こえない。

シャーン!!シャーン!!シャーン!!シャーン!!シャーン!!シャーン!!シャーン!!…………

「うるさい!!」

叫べたのか、どうかは解らない、だがその瞬間、私は上半身を起こしていた…。

部屋を見回す、誰もいない…隣では彼女が寝ている。

汗でグッショリと肌着が湿っていた。

ピタリと音は止んでおり…真夏の深夜は暑く、静かなまま…。

安堵の溜息…夢だったんだと手で汗を拭い、目を開けた、その時。

私の目の前に、しわだらけのミイラのような年老いた老僧がいた。

その距離、数㎝である。

ギクッと身体が強張った。

カッと目を見開き、老僧は私に向かって、

「女を殺して刀を奪え」

と言い残し、スッと消えた。


彼女が起きた。

「怖い夢でも見た?」

と眠たげに聞いてきた。

「あぁ、何でもない…なんでもないよ…」


老僧の生臭い息が、顔にへばり付いたような嫌な感触が顔に残っていた。

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