第7話 黒い人

よくTVなどで、こんな話を聞いたことはないだろうか。

病院を彷徨う黒い影、あるいは、黒い人影。

付きまとわれると、死んでしまうという話を。


私も見たことがある。

それは、黒いスーツの男だった。


男は、私の部屋にしか現れなかった。


ある日の休日、私は部屋で昼寝をしていた、そして、いつものように金縛りにあう。

(またか…)

この頃は、あまりに頻繁な金縛りに、すでに恐怖は無く、むしろウンザリしていた。

しばらく硬直が続くと、部屋のドアが開いた。

ゆっくりと開くドア、家には私しかいないはずだ。

ドアのノブには黒い手が掛けられている。

ゆっくりとドアを開け、男は入ってきた。

私のベッドの横に近づき、私を見下ろす。

私は金縛りのままだ。

私が男と断定しているのは、黒いスーツを着ているからだ。

しかし、私の目には黒い煙のような塊にしか見えない。

頭の中の映像だけが、黒いスーツの男だと認識しているのだ。

私は、幾度かこのような体験をしている。

目に映るモノと頭の映像が異なることがあるのだ。

今回の場合、目には黒い塊、頭で黒いスーツの男が映っているのだ。


金縛りのまま、眼球だけで男の方を見る。

男は、ただ私を見下ろすだけである。

時折、水平にスイスイと移動して、頭のほうから、つま先まで私を観察するように眺めている。

何分くらいそうしていただろう、男は私に背を向け、部屋のドアから廊下へ出て行った。

後ろ手にドアが閉められると、私の金縛りも解けた。


なぜだろう、恐怖は感じることは無かった。

私の頭の中の男は、顔こそ見えないが、非常に物静かな中年の紳士であった。

不気味さ、恐怖などは感じなかったものの、あまり部屋をうろつかれても気分のいいものではない。

私は、ナイフを片手に、部屋を出ようとした、ドアに手を掛けたとき、

バチッと静電気が走る。

注意してドアを開けると廊下には誰もいない。

各部屋も覗いてみたが、男はいなかった。


何日かして、親戚が訪ねてきた、夕食後、私が自室に戻ろうと廊下の電気をつけようとすると、ボンッと廊下の電球が弾けた。

結構な音に驚き、何人か廊下を覗き込む。

「スイッチを入れたら、電球が割れた」

それだけを告げ、電球を取り換えた。


その夜・・・・・・。

深夜、ふたたび金縛りに襲われた。

この夜は嫌な感じがしていた。

(やはりか)

そんな気持であった。

いつぞやの男が、ドアを開けて入ってくる。

暗い部屋、オレンジのぼんやりとした薄明りに照らされた黒い影は

ふたたび、私の横に立った。


その夜は、影は動かなかった。

私の腹のあたりで、ずっと立って見下ろしている。

しばらくすると、影は部屋を出て行った。

すると、金縛りが解ける。


それから、毎日のように男は私の部屋に訪れた。

来る時間も、眺める時間も、まちまちである。

ある日は、私がTVゲームを楽しんでいるときに、ふいに金縛りに襲われた。

画面には、左右に不規則な動きをする、ゲームのキャラクターが映っている。

見えないが、私の後ろに男が立っているのは解った。

「なに固まってんの?」

ドアは開けっ放しだったようで、妹が声を掛けてきた。

「えっ」

私の金縛りが解けると、画面のキャラクターの動きも戻った。


そんなことが1ヵ月間は続いただろうか。

何も起こらない日は、不思議と寂しいというか拍子抜けしたような気がするほどこの現象は日常的になっていた。


最後の夜は、男は、いつものように入ってきて、私の頭の先から、つま先まで、

何度も、何度も手をかざし、ゆっくりと往復させたいた。

はじめてのことであったが、恐怖は無かった。

そして、男は部屋から出て行ったのである。


それ以降、男は部屋を訪れなくなった。


よく、黒い影が死神だと聞くが、そんな気がしなかった。

私は、今も幸せとは言えないまでも、生きているのだから。

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