後編(完)

創太と口を利かなくなって少し経つと、たまたま席替えがあった。

これで創太と口を利かなくても不自然ではなくなる。寂しい反面でどこか安堵している自分がいた。


席替えで隣の席になった由井とは気があって、すぐにつるむようになった。

由井は創太とほとんどしゃべってないことについて「恋人できた途端疎遠になるやついるよなー」と勘違いしている節もあったが、あまり触れてこないので助かった。

学校にいる時だけでなく、登下校や休日の外出もほとんど由井と共に過ごして、そのおかげであまり創太のことを考えずに済んだ。


卒業まであと数か月となり、もうすぐ自由登校になる。

このまま卒業すれば、きっともう創太と会うことはなくなる。

オレはいつか創太のことを忘れることができるのだろうか。

前世では王子しか愛したことがないし、オレは創太しか好きになったことがないから。

だからどうやってこの恋を忘れていけばいいのか、オレには分からなかった。




「今日は豚まんとピザまんどっちにしようかな…どっちがいいと思う?」

「由井の好きにしたらいいよ」

「決められないから聞いてんじゃん」

「じゃあ豚まん」

「えー…」

「ほらー、いっつもそうじゃん」

由井との帰り道。たまたまコンビニへ行こうと寄り道をする。

すると入ろうとした扉から入れ違いで創太と小雪ちゃんが店からでてきた。

2人が並んでるのを目にするのは初めて会った時以来だ。…創太の顔すら正面から見るのは数日ぶりだ。

思わず立ち止まってしまうオレに一瞬創太が目を向けた気がしたが、由井が「創太おっす。湊ー豚まんとピザまん半分こしよーぜー」と言いながらオレと創太の視界の間に入って、そのままぐいぐいとオレを店内へ引っ張った。

そのおかげで創太とは会話をすることもなく、その場から離れることができた。

分かっててやってるのか、そうでないのか。由井は空気が読めてないようでいてすごく敏感な気がするから、だから多分…側にいるのが楽なんだろうなと思う。

「はい、湊の分の豚まんね」

「…由井、ありがと」

「どういたしまして。ありがとじゃなくて、ちゃんとピザまん半分頂戴ね」

そう言ってきた由井は、やっぱり空気読めてるのかよくわからないが、感謝の気持ちを込めて少しだけ由井の分のピザまんを半分より多めにしてやった。


ピザまんと豚まんを食べながら駅へ向かい、由井は電車でオレは駅から徒歩7分なので由井とはそこで別れて1人で歩く。

(創太と小雪ちゃん、お似合いだった…)

1人になると、どうしてもさっきの光景が頭に浮かんだ。

小雪ちゃんと創太は、まるで前世の自分を客観的に見てるような不思議な気持ちになったが、本当にお似合いだった。

だけど創太の隣にいるのは自分じゃなくて、小雪ちゃんなんだ。

何とも言えない胸のモヤモヤに思わず目をぎゅっと瞑った。


「……最近、由井と帰ってんの?」


「……っ」

その声にはっと目を開け、声のしたほうへと顔を向けると、そこには創太がいた。

隣に小雪ちゃんはいなくて、寒いからか両手をぽっけに突っ込んで少し肩を寄せていた。いつからいたのだろう。全然気づかなかった。

「……うん、まぁ」

久しぶりの会話に緊張して頭が真っ白なオレを余所に、創太は会話を続けた。

「…由井と仲いいんだな」

「…由井、いい奴だからな」

「……オレはいい奴じゃないもんな」

「そういう意味じゃない」

自嘲気味な創太に、慌てて否定する。


「…ごめん。あの日も、今日も…感じ悪いのはオレの方だ。ごめん、湊」

はぁっと吐いた創太の息が、白く浮かんだ。

「いや、オレも…態度悪かったし。ごめん」

「…湊、久しぶりに一緒に帰ろ。話したいことあるんだ」

創太はオレの隣へ来てから視線で歩くのを促した。2人で並んで帰る帰り道。

すごく久しぶりに感じる。

創太は黙り込んでしまって、オレも話しかける雰囲気ではなくて無言のまま隣を歩いていると、創太は家への道を脇にそれて公園へと入った。

冬で日が落ちるのが早く、既に薄暗くなった公園に子どもの姿はなかった。

創太がブランコへ腰掛けたので、オレはブランコの鉄柱に寄りかかる。

少し間を置いてから、創太は自分の影を見つめながら話し始めた。



「…今日さ、小雪ちゃんに告白されたんだ」

「……そっか」

そうんなんだ と思う反面、まだ付き合ってなかったことに少し驚く。

「でもオレ、心に決めた人いるって言ってたじゃん」

「…あぁ、うん」

「オレさ、その人を絶対幸せにするんだって…そう決めてたのに…なのに、今すごい、他の人のことが気になってしょうがなくて」

「…うん」

ギィ、ギィっとブランコが僅かに揺れる。

小雪ちゃんのことを言っているのだろう。そんなに想っているのかと思うと、胸がズキリと痛む。

「絶対、守るって決めたのに。なのになんかどうしようもなくて…オレどうすればいいのか、ほんとわかんなくて」

「……うん」

「…オレは、他の人を好きになってもいいのかなぁ…なぁ、湊はどう思う?」

創太は不安に揺れた瞳でオレを見た。

創太は何でそんなことをオレに聞こうと思ったのだろう。

…まだオレを親友と思ってくれてるのだろうか。


「そんなの、いいに決まってる。人の気持ちが変わるのは仕方のないことだし、無理に変えようと思ったってできるもんじゃないだろ。…無理して一緒にいられても幸せになれるとも思えないし…創太のしたいようにすればいい」


「…そっか…うん。そうだよな」

不安げな顔のまま、それでも力強く頷いて、創太はブランコから立ち上がり、オレに向き合った。



「…湊。オレ、お前のこと好きだ。お前が嫌じゃなかったら、これからもお前のそばにいていいかな」



突然の宣言に、オレは固まった。

ぽかん と、きっと間抜けな顔をしてたに違いない。

…だって一瞬、告白されたように聞こえてしまったから。


「…あぁ、うん。よろしく」

(…そんなわけないのに。友達としてに決まってるのに…)

ドキッとしてしまった自分が恥ずかしくなり、苦笑いして俯いた。


「…なんか、ちゃんと伝わってない気ぃすんだけど。友達としてじゃなくって、オレ湊が好きなんだけど」

呆れたような声で、もう1度言い直される。

創太がオレを好き…?


「え…?何?どゆこと?さっきのとか、小雪ちゃんの話だろ?」

あまりのことに頭が追い付かない。さっきの話からなんでこうなるんだ。

「小雪ちゃんの話でもあるけど、湊の話だよ」

「は…?」

創太はオレの方へ近づいて、オレの手に触れる。

お互いの手は寒空の下で完全に冷え切っていて、温かくはなくただ握られてる感覚だけしかなかったが、創太の手が震えているのがわかった。


「オレがずっと想ってた人は…昔オレが守ってあげられなかった人でさ。どうしても今度は幸せにしてあげたいって思ってて…小雪ちゃんに会った時、それが小雪ちゃんだと思ったんだ。…小雪ちゃんがあんまりその人に似てたからさ。だから勝手にそうなのかなと思って、小雪ちゃんには絶対優しくしなきゃって思ってた」

創太の言葉に思わずひゅっと、息をのむ。

もしかして、創太は…


「…だけどさ、小雪ちゃんと仲良くなっても、なんか全然楽しくなくて。や、楽しいことは楽しいんだけど…なんか特別じゃなくて。湊と一緒にいたほうが楽しいのに、小雪ちゃんがきっかけで険悪になるし…なんかホントにこれでいいのかなぁって思って…」

「……」

「そしたら湊が由井と仲良くなるし…もうそれがホント嫌で。その場所はオレの場所なのになんで由井がいるんだってすごい思ってさ。あーオレ湊が好きなんだなーって思った」

そう言い終わると、創太はギュッと強く手を握った。


「…小雪ちゃんには悪いけど、オレ、湊といたい。湊のこと、どうしても好きだ」


その言葉に、無意識に涙が溢れる。

「……っ」

「ごめん、急に言われても気持ち悪いよな、ごめん…っ」

創太は慌てて握っていた手を離したが、今度はオレがその手を掴んだ。

「…そうじゃない、そうじゃなくて…。すごい嬉しい。オレ、諦めてたけど…多分ずっと、そう言って欲しかった。オレを選んでほしかった」

「湊…」

たとえ見た目が変わっても、性別が変わっても、オレだけを愛してくれると。

創太に会った時から、本当はずっとそう言ってもらいたかったんだ。

創太はオレが握ってない方の右手で、ぎこちなくオレの背中をさすってくれた。

ぎゅっと目を閉じると、昨日のことのように王子との思い出がよみがえる。


「なぁ…創太は生まれ変わりを信じるか?」

「え…」

背中をさすっていた手が止まり、明らかにその瞳が揺らいだ。

「…オレには生まれる前の記憶があって、オレ、多分…創太と前世であってるんだ。オレは前世では小雪ちゃんにそっくりな女で…エリーっていう名前で…っ」

そこまで言ったところで肩を掴まれ、がばっと体を離される。


「嘘だろっ…え?小雪ちゃんじゃなくて、湊がエリー??」


創太は大きく目を見開き、オレの顔を正面から見つめた。

やっぱり創太も、前世の記憶を持っていたのか…

「うん…そうだ。オレが、畑で王子に告られた第三夫人のエリーだ」

畑で告白されたことはオレと王子しか知らない。

2人しかしらな話をすれば、…たとえこんな容姿だとしても、オレがエリーだと認めてくれる筈だ。

「…湊は、ずっとオレのこと王子だってわかってたの?何で教えてくれなかったの?」

創太は責める風ではなく、確かめるようにオレに聞いた。

「…だってオレ、男になっちゃったし…昔みたいに全然綺麗じゃないから、もしお前が記憶持ってても信じてもらえないと思ったし……王子の言葉も信じてなかった」

「湊の言うことなら、オレは信じたのに…」

そう言われてまた涙が溢れそうになり、思わず俯く。


「でも、もし王子がオレの見た目じゃなくて、オレの性格とか中身を好きでいてくれてるならさ…」

「…うん」

「…そしたら、記憶があってもなくても、オレが男でもブサイクでも、もう1度オレを好きになってくれる筈だって、そう思ったんだ」

あふれ出る涙を構わずに最後まで言葉を紡いだ。

返事よりも先にぎゅうっと、キツく抱きしめられる。


「……ばかだなぁ。でもそっか…湊の言う通りだよな。違う人好きになっちゃったかと思って焦ったけど、やっぱりオレ、お前のことばっか好きになるんだなぁ」

「…でもオレはお前に一目惚れされただけだから、ずっと顔だけしか好かれてないと思ってたよ」

そう言うと、創太は照れ臭そうな笑顔でこう言った。


「何それ?顔じゃないし。一目惚れしたのはほんとだけどさ、エリーがおじいちゃんおばあちゃんを手伝ったり助けたりしてる姿に惚れたんだよ。オレのこと王子だからって線を引かずに気さくに話してくれたこととかさ。まぁ顔も好きだったけど」

「……なんだそれ。なんかすごい、遠回りした気分」

「ほんとだよ…でも今度こそ、絶対に幸せにする。湊だけ」


返事の代わりにぎゅっと抱きしめ返す。


前世から長い時を経て、ようやくその言葉を、心から信じることができた。




終   2014.12.05

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