Once more

蜜缶(みかん)

前編

輪廻転生、流転転生、生まれ変わり。

生まれてきて死んでも、また別の命として生を受ける。

そんなような思想だと何となく理解はしているが、オレはそんなもの全く信じてはいなかった。

…現世に生まれてくるまでは。




オレには生まれ変わる前の記憶がある。

物心ついた時には既にあったその記憶では、昔のオレは女だった。

貧しい農村の村娘ながらもたぐいまれなる美貌で、なんと視察に来ていた国の王子に一目惚れされ、王子に嫁いだ。

だけど王子は既に既婚者で、オレは第3夫人だったが、王子は「君以外は全部政略結婚で、本当に愛したのは君だけだ」と、そう言ってくれた。

確かに王子は、正妻や他の側室のところにはほとんど行かずにオレのところにばかり頻繁に来てくれていけたけど、「生まれ変わったら君だけと結婚したい」と言った口でどんどん側室を増やしていくような人で。

結局何十人側室がいたのか、数えるのを途中でやめてしまったオレには分からない。

オレはそんな増えすぎた他の側室達に疎まれて暗殺されたのだが、オレが殺された時も王子は呑気に新しい側室と結婚式の最中だったと思う。

そんな王子を信じ切れなかったから、余計に「生まれ変わりなんてあるか」と思ってしまってたのかもしれない。


だけどオレは生まれ変わってしまった。

…けど生まれ変わったオレに、王子はきっと気づいてくれないだろう。

だってオレは王子が一目惚れしてくれた美貌とは似ても似つかない平凡な顔に生まれてしまったし、18年間男として育ったオレは心も完全に男になってしまった。

基本的な性格は変わらないかもしれないけど、見た目も性別も変わってしまった。前世の記憶があるだけで、オレはオレで、完全に別物だった。

だからオレには王子に愛される要素がまるで見つからないのに。

なのになんで。

王子に愛されたような、愛されていなかったようなこの何とも言えない記憶と、オレがろくでもない王子をいつからか愛してしまった記憶を持って、王子のそばへと生まれてしまったのだろうか。





「ん?どうかした」

「…や、えっと」

前世のことを思い出して、ついつい親友の創太の顔を見入ってしまった。

幸か不幸か。

前世で王子だった創太は、オレの親友としてそばにいた。

創太が前世の記憶を持っているかはわからないが、創太は前世の容姿とほとんど変わってないし、会った瞬間にぶあっと王子との思い出が走馬灯のように流れてきたから間違いないと思っている。


純日本人なのに、少し彫が深くて、色白でパッチリ二重で、背も高くて日本人離れした綺麗な顔。

誰がどう見てもイケメンな創太は、現世でも女性にモテモテだった。

「…そういえば創太、山岡さんが創太にこれ渡してほしいって」

「…あー…」

多分、ラブレターだと思われる封筒を創太へ渡す。

直接創太に渡すのはハードルが高いからか、オレに渡してくれと頼む人がちょくちょくいる。

創太へ直接言ってる人ももちろんいるから、その総数たるは計り知れない。


創太はオレの目の前で無遠慮に、それでも一応内容は見せないように封筒を開けて中に入っていた手紙を読み始めた。

「こういうの断ってって言ってるのに。オレには決めた人がいるんだから」

「…それでもって言われるんだよ。創太の好きな人誰か知らないから、みんなそれが自分なんじゃないかとか思いたいんだろ」

オレは創太と高校に入ってから知り合ったが、中学時代からずっと「心に決めた人がいるから」と告白を断り続けてるという話は有名だ。

だけど彼女がいるわけでもなく、好きな人が誰か言うわけでもないので、結局告白してくる相手は減らない。


話の流れから、創太は山岡さんのことを振るのであろう。

創太がまた1人、告白を断る。

安心した半面で、創太の意思の強さを思い知り、ツキリと痛む胸を手でおさえる。

オレと知り合う前からいる、創太の心に決めた人物。それが俺じゃないのは明白だから。


「…別に湊を攻めてるわけじゃないから、そんな顔すんなよ。ほら、帰ろ。あ、今日100均寄りたい」

オレの悲痛な顔に勘違いしたのか、創太は席を立ちながら慰めるようにオレの背中をポンポン叩いた。

「…100均?何買うの?」

「鮭皮のおつまみと、グミと飴ー」

「………それ100均じゃなくてもよくね?」

「ばっか!100均にしかないのがあんだよ!わかってないなー」

2人だけの帰り道。自分にだけ向けられる満面の笑み。

前世の記憶を抜きにしても、創太に惹かれていくのを止めることはできなかった。


平凡な男に生まれ変わってしまったオレ。オレの想いが報われることはないだろう。

分かりながらも自分から創太の側を離れることはできなくて、自分の気持ちを隠して親友として隣にいる日々が続いた。





そんな日々を変えたのは、ある人物の登場によってだった。


「あの、すいません」

創太とオレの2人で帰っている途中、後ろから声を掛けられて振り向く。

「……っ」

そこにいた女性の顔を見て、オレは目を瞠った。

だってその顔は、前世のオレの顔と瓜二つだったから。

「…あの、このお菓子落ちてたんですけど」

そう言って彼女はグミやスナック菓子を差し出した。

「……あ、え?!」

創太が100均で買いものした袋を見ると、袋のそっこが穴空いていて、まだ袋に残っていたお菓子がそこからはみ出ていた。

「すいません、袋に穴空いちゃったみたいで!助かりました!」

「いえいえ…このお菓子美味しいですよね。私も好きなんです」

「あ、じゃあよければお礼にそれあげます。オレ、他にもいっぱい買ってるんで」

「え、そんな。悪いですし、大丈夫です」

「いいんですいいんです!貰ってください」

そう言って創太が彼女の手に触れた。

「…っじゃあ、あの。知らない人から物貰うのもあれなんで、連絡先とか交換しませんか?」

「はい!」

  " 心に決めた人がいるから "

いつもなら創太は女子との連絡先交換を多少渋るのに。

その時の即答した創太の嬉しそうな笑顔を、オレはきっと忘れないだろう。



前世のオレによく似た彼女の名前は、小雪ちゃんと言うそうだ。

オレたちの高校のすぐ近くの女子高に通っていてタメらしい と、小雪ちゃんと毎日のように連絡をとっている創太から教えられた。

「なぁ湊、小雪ちゃんがよければ一緒に帰らないかってさー。いいよな?」

「…創太の好きにすればいいだろ」

「そっか、よかった。じゃあOKっと。今日帰りマック寄ってく?」

「…オレじゃなくて小雪ちゃんに聞けよ。オレ先帰るから」そう言って、カバンを手に取り立ち上がる。

「え、なんで?湊も一緒に帰ろうよ」

「…お前小雪ちゃんと帰るんだろ。オレ邪魔する趣味ないから」

「えぇ?邪魔じゃないし。いつも湊と帰ってるんだから湊優先だろ」

「別にオレとは約束してるわけじゃないだろ。OKしたんなら、ちゃんと2人で帰れ。じゃあな」

「え、湊ー…」

創太は情けない声を出しながらも、追いかけてはこなかった。

この間の休日は2人で遊んだと聞いていたが、今度は下校まで。

決めた人がいる、とあんなにハッキリ言っていたのに、こんなに急速に仲良くなるのは彼女の顔がいいからなのか。

王子も創太も、あの手の顔に弱いだけなのか。


オレはヤキモチ、というよりは創太に対してすごく不信感を持ってしまった。

創太と女子がいるのを見るのはもちろん辛いが、それよりもあの顔だからこんなにも仲良くなったのかなという思いの方が強くて、結局顔しか見てないのかと、好きな気持ちが大きい分そのモヤモヤも大きかった。



「湊、今度の日曜カラオケ行きたい」

創太にそう誘われても、以前のように嬉しく思えなかった。

「…小雪ちゃんと行けば。きっと喜ぶよ」

「…オレは小雪ちゃんじゃなくて、湊を誘ってるんだけど」

むすっとした顔で見返される。むくれていてもカッコいいその顔。

だけど正直、もう創太とどう接していいのか自分で分からなかった。

「…悪いけど、オレはパス」

そのままその場を後にしようとしたオレを、創太は許さなかった。

「なんで。この前もそう言ったろ。たまにはオレに付き合ってくれてもいいじゃん。最近湊、感じ悪いよ」

「…感じ悪いなら、オレとかかわんなきゃいいだろ」

その言葉と同時に、胸倉をぐっとつかまれる。

「…お前それ、本気で言ってんの?」

「……」

返事はせずに、無言で創太を睨み返した。

創太は口を開いて何かを言おうとしたが、言葉を発せずにまた口を閉じた。

「……勝手にしろ」

しばらくしてから掴んでいた胸倉を離して、創太は去って行った。

それから創太とは、口を利かなくなった。



創太と小雪ちゃんの下校姿は通学路で多数の生徒に目撃され、とうとう創太に彼女がでてしまった、と あっという間に噂が広がった。

創太は噂されてることを知ってか知らずかそのまま小雪ちゃんと下校する日々を過ごしていたので、噂は収まるどころかどんどん広がっていくばかりだ。

2人が付き合うのも、時間の問題だろう。もしかしたら既に付き合ってるのかもしれない。

…もうオレには関係ないが。




なんでオレは前世の記憶を持って生まれてきたのだろうかと、時々考えることがある。

高校に入って創太と出会えたから、きっと何か意味があるのだと勝手に思っていた。

…王子が前世で言ってくれたように、オレだけを愛してくれるのではないかと。

平凡な男になってしまったからそんなことはあり得ないと思いながら、そうなって欲しいと心のどこかで期待している自分がいた。


だけど結果はどうだ。

オレが記憶を持って生まれてきたことで分かったのは、結局オレは顔しか愛されていなかったということだけだ。

…オレに顔以外、綺麗な部分がなかったのかもしれないが。


これが前世から引きずった恋の結末か。

1人きりの帰り道。

オレの涙に気づく人は誰もいなかった。

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