煌めく青空の下 新緑の瞳

episode6

――あれ? この風景……


つい最近見た見覚えのある草原。


そう、あの夢だ。だけど、また前とは違う……



つい先ほどの夢の中で喋っていた二人の内一人の姿が、すぐ目の前にいたのだ。

私は……誰の目線で、この人を見ているんだろう。そういえば、一番最初に見た夢に出てた人の姿が見えない。


「その力は自分自身はおろか、世界さえも滅ぼしかねない……」


その力? オストワルト、ってやつの事かな?


「大丈夫だ。そんな心配をするな」


あれ? この声、私の身体から?

でも私、なにも……


「貴方なら確かに心配はないかもしれませんが、あの御方が貴方に接触してきたとなると……」

「あの御方に会うのはほぼ必然だ。しょうがない」


またよくわからない話が繰り広げられる。私の目線に入っている人の目は……とても澄んだ緑色の瞳をしていた――



「……な」


? な?


「おい、緋菜っ!」


「……ぅ?」


ゆっくりと重たい瞼を開く緋菜。その薄く開いた双眸に入ってきたのは、見慣れた白い天井と、心配そうな表情を浮かべた隆也の顔であった。


「た、かや?」


「緋菜……」


緋菜がやっと目を覚ましたという安堵感から、隆也の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。


「あれ、ここ……は」

「お前の部屋だよ。蘇芳さんが丘で倒れてるのを知らせてくれたんだよ」

(――丘)


緋菜は、まだ眠っている頭を抑えながら、つい先ほどの事を思いだそうとした。

――そうだ。あの時、桜の樹を見に行って、不思議な少年と対峙して、そして不気味な影と……



「あ、俺おばさん呼んでくる。無理に体起こすなよ」


満面の笑みを溢しながら、隆也は部屋から一旦出ていき階段をかけ降りて行った。


(あれは……夢、だったのかな)


あの影と対面した時に見せた自分自身の力。多分【色即是能】と言われる力……緋菜はベッドに横たわったまま、両手を天井に掲げる。

特に変わった所は見当たらない。痛い箇所もない。ただ、少し体が重く感じるだけであった。


「はぁ……」


両手を下ろし、大きくため息をつく。

つい先ほどの事が、次々と鮮明に脳裏へと浮かび上がってくる。

不思議な少年と、あの言葉……『黄昏色した時の針が動き出す』

一体、どういう意味だったのだろうか。いきなり身に付いたあの力と何か関係があるのだろうか。

考えれば考えるほど、土坪にハマっていくような感覚に陥り、首を横に振る。ふと緋菜は人差し指をクイと立たせ、赤いチェックのカーテンを指す。


「……“来たれ、灼熱の赤(バラッス)”」


先ほどはこの掛け声と共に、色は引き抜かれたのだが……今は何も発生しない。


(やっぱり、夢……だったのかな)


「何ぶつぶつ言ってんだ?」


そう言って隆也は扉から少し困った顔で、中を覗く。


「あれ? お母さんは?」

「まだ買い物から帰ってないみたいだ。海威もまだ帰ってないようだし……」


そうぶつくさと呟きながら、元座っていた場所に再度腰を落とす。

その行動を見た緋菜はゆっくりと上半身をお越し、ボサボサになった髪を撫でながら隆也に目線を移す。


「帰らないの?」

「馬鹿。お前一人には出来ないだろ。聞きたい事もあるし」


首を軽く捻り、隆也を見つめる。ほんのり頬を赤く染め、誤魔化すようにコホンと咳払いを一回し仕切り直しに口を開く。

嫌な予感がした緋菜は少し苦笑い気味に隆也を見つめ直した。


「お前さぁ、何であんな所で倒れてたんだよ」

(ドキィィ!!)


普通は確かに疑問に思うだろう。何もない、桜の樹がポツリとある丘で気を失っていたのだから。

緋菜は当然な疑問に、心臓の鼓動を大きく鳴らす。


「わ、わかんない。いつ倒れたのかなんて……」


実際の所、いつ気を失っていたのか覚えていない。気付いたら、自室のベッドの上だった。

あやめは、いつくらいに緋菜を発見したのか。あの少年の姿も見当たらなかったし、まさかあやめと対峙したのか?


(イヤだなぁ……)


あやめはあまり物怖じをしない性格ではあるが、やはり未知なる状況を目の前にしたのなら、驚いたに違いない。


「まぁ……今日はゆっくり寝てろよ。勉強のし過ぎで倒れたんだよ」

「失礼しちゃうな。確かに、試験とか頑張った時は知恵熱出たけどさ」

「普段やりなれない事した、からじゃないのか?」


緋菜は咄嗟に手元にあったハート型のクッションを、砲丸投げのように隆也に勢いよく飛ばした。


「いてっ! びょ、病人はおとなしくしてろよ」

「あんたが失礼な事言うからでしょ! 天誅よ、天誅!」


隆也の無神経な言葉に腹を立てた緋菜は、クッションで何回も何回も容赦なく叩きまくった。

隆也は隆也で「痛いってぇの! 馬鹿力女!」と応戦をしてきた。……と言っても、荒れ狂う緋菜の両腕をつかもうとしているだけだが。


すると閉まっていた筈の扉がゆっくりと開いていく。

扉の外から顔を出したのは、ランドセルを背負ったままの海威だった。

二人は手を止め、緋菜は乗り出していた身を戻し、隆也は座り直した。


「よ、よぉ、海威。邪魔してる」

「なんだ隆也来てたんだ。廊下まで声が洩れてたよ」


何とも冷ややかな眼差しでこちらを見ていた。

そして布団に入っている緋菜に目をやる。


「バカヒナ、どうしたの? 食べ過ぎて倒れたの?」


相変わらず憎たらしい言葉を言い放つ海威に、緋菜はわかりやすく顔をしかめる。


「丘で倒れてたのを、こいつの友達が知らせてくれたんだよ」


助け船と言わんばかりに隆也は状況を簡単に説明してくれた。


「何で丘に……まぁいいや」


問い質すのも面倒になった様子の海威はボサボサの髪をカリカリと掻き、自室へと戻っていってしまった。


「……海威も帰ってきたし、俺も家に戻るよ」

「う、うん。ありがとう」

「俺はいいから。蘇方さんに礼しとけよ?」


そう隆也は言いながら、手をヒラヒラとさせ部屋を後にする。緋菜は笑顔で見送った。そしておもむろにベッドからすり抜け、机の上に置かれた鞄から携帯を取り出す。そして片手で器用に携帯の蓋を開き、カチカチとボタンを押す。


--------------


相手先:あやめ

題名:緋菜だよ。

本文:今さっき目が覚めた。

あやめが見つけてくれたと隆也に聞きました。本当にありがとう。


明日は学校行けそうだから。


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と教えてもらったばかりの、あやめのメールアドレスにメールを送った。

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