二〇三九年七月二十八日 二三時〇一分

沖縄県島尻郡座間味村阿嘉、天城展望台沖



 船を移動させ、予定通り天城展望台の西の沖合四〇〇メートルの海域にアンカーを打った。

 本当ならもっと遠方で待機したかったが、展望台の連中を片付ける必要がある。あまり離れるのは得策ではない。

 次いで俺は、

「クレア、ナイト・レイヴンの高度を上げろ。万が一連中がEMPを使ったら墜落する」

 と指示を出した。

――了解しました。高度を八〇〇メートルに上げます。小型EMP爆弾の効果半径は五〇〇メートルがせいぜいですから、これで大丈夫なはずです

「打ち上げ式の可能性が高いぞ。信号弾発射筒で打ち出すはずだ。高度だけじゃなくて十分に距離も取れ」

――了解しました

 肉眼では見えないが、ナイト・レイヴンが移動していくのがタブレットの画面上に見える。

「軌道空母はどうだ?」

――日本上空にアグライアが接近中です。何か企んでいますね。高度一〇〇キロの強制軌道に移行しました

 強制軌道航行というのは地球とは逆の方向にスラスターを噴射して強制的に高度を下げる航行方法の事だ。スラスターを切れば遠心力で艦は迅速に本来あるべき高高度軌道に戻る。

 地上で何かの作戦が実施される際に行われることが多い行動だ。

「一〇〇キロって言ったら中間圏ギリギリじゃないか。連中も何か情報を掴んでいるのかも知れないな」

 ますます今晩襲撃が行われる可能性が高くなってきた。

「さてと」

 俺はデッキに寝転んだ。

「これでできることは全部やった。あとは待つだけだ」

「でも、今日来なかったらどうするんです?」

 横座りになったマレスが尋ねる。

「来るまで毎日同じことをするだけさ。マレス、明日は釣り道具でも持ってくるか」


+ + +


 零時四十分。

――和彦、起きていますか?

 クレアから通信だ。

 俺はデッキの上で微睡んでいた。

「ああ、起きてる。どうした?」

――エンジンをかけてください。動きがありました。先遣隊と思われる七人が移動を開始しています。ボギーと呼称します。よろしくて?」

「了解。……掛かったな」

 思わず笑みが漏れる。

「クレア、まだ早い。連中の動きを追ってくれ」

 言いながらナイト・レイヴンの防水タブレットを手元に引き寄せた。

 確かに道沿いに七つの赤いTDボックスが移動している。

 連中は天城展望台の分岐で二手に分かれた。

――ボギーが四人と三人のグループに別れました。以降ボギー1とボギー2と呼称します

 四人はさらに奥へ進み、三人が展望台に上ってくる。

――ボギー1はさらに前進中。ボギー2が展望台に上がりました

「概ねクレアの読み通りだな」

 俺はマレスに囁いた。

「そりゃ、クレア姉さまですもの」

 我が事のように胸を張る。

「さあて、どうしたものか」

「もっと深く針が刺さるまで待ったほうが良いと思いますよ」

――そうですね。私もそれに賛成です

 とクレア。

――本隊が動くまで待ちましょう

 奥に進んだ四人のうちの二人は鉄製のゲートの両側で立ち止まった。そのままそこに留まり、時折左右を交代している。

 残りの二人はそのままさらに進み、藪を漕ぎながら沿岸へと向かった。

 一方、展望台に登った三人は二人を歩哨として簡易的な駐留地を作ったようだった。

 一人がベンチの前に陣取り、残りの二人がウロウロと周囲を警戒している。

 やがてそのうちの一人が大佐の家がよく見える展望台の角に移動した。

――クレア、拡大できるか?

「はい」

 鮮明な暗視映像の中で双眼鏡を覗いている兵士が頭上から見える。

「タイミングが重要ですね。それにしても本隊はどうしたんだろ」

――ああ、動き始めましたよ

 ドミから十二人のグループが二つ出発した。

 想定よりも四人ずつ多い。十二人分隊というのは今時にしてはずいぶんと大きい。

――以降、先発をグループアルファ、後発をグループベータと呼称します

「了解。……マレス、船は動かせるか?」

「それは無理。操船ってしたことありません」

「そりゃまいったな。じゃあ、展望台の連中を片付けるまで下で待っててくれ……クレア、今どこらだ、連中は」

――接近中です。レイヴンのターミナルを見てください

 十二人で一つのグループが二つ、北と東から移動している。あと三〇〇メートル程度だ。藪を漕ぎながら移動しているようで、移動速度が遅い。

 さらに十分以上待ってから、ようやく連中は大佐の家の周囲に到着した。

 そこで二隊の動きが止まる。

 大佐の家からは光が漏れている。起きているのか、あるいはわざとか。

――アルファ、前進再開。東側から目標に向かって散開しています

「了解」

 俺は船を微速で動かすと、できる限り音がしないように天城天文台の下に船をつけた。

 上手い具合に展望台の足元に浅場の砂地がある。

 そこに船首を押し上げ、近場の岩を使って船体を固定する。

「ちょいとボギー2を片付けてくる」

 俺は銃口を下に三一式アサルトライフルを背負うと、フリーランニングの要領で音を立てないように気をつけながら一気に展望台の上にまで駆け上がった。

 三人ともこちらに背中を向けている。一人は通信ターミナルにつきっきり、残りの二人は双眼鏡で大佐の家を監視しているようだ。

 俺はセレクターを三点バーストに切り替えると、それぞれの頭と首の下を三発で打ち抜いた。

 サウンドサプレッサーが装備されているため音はほとんどしない。

 三人はものも言わずに崩折れた。

「クリア」

 マレスとクレアに結果を伝える。

 さて、通信機はどうしたものか。

 少し考えた末、俺は通信機を放っておくことにした。壊したらかえって面倒なことになりかねない。放っておいてよかろう。

 俺は再び斜面を駆け下りると船に戻った。

 腰まで水に浸かって船首を押し、船を海に戻す。

「上の歩哨を潰してきた。次はタンクだ。射撃体勢を取れ。キューは俺が出す」

「了解」

 マレスは黄色いバイポッドを開くと、ポッドの両脚を船首にセットした。

 マガジンにはすでに十二.七ミリの焼夷徹甲弾が装填されている。

 俺は船を回すと大佐の家の西側に移動した。

 高台にある家だが、距離を取ればプロパンタンクが見える。

 沖合八〇〇メートル。これなら連中の弾は届かない。

「ここからならどうだ?」

「いけそうです。ここからならプロパンタンクが見えます」

 艦首にプローン姿勢で横たわったマレスが身じろぎ一つしないまま、サイトを覗き込みながら答える。

「二発ずつ?」

「そうだな」

 俺はマレスに答えた。

「タンクの頭と底は肉が厚い。胴部に二発づつだ」

「了解」

 俺は携帯風速計をチェックした。

「風が吹いてる。右に1クリック」

「了解」

――突入が始まりました

 遠くの方から『バンッ』という音が三回した。

 マスターキーだ。ショットガンでドアのヒンジを飛ばす音だ。

――三人突入しました。グループベータが今から入ります

「撃つ?」

「まだだ。グループベータの突入を待て」

 操船コンソールに置いたスポッティングスコープを覗きながらマレスに答える。

「了解」

――グループベータ、突入開始。建家内に入りました。グループアルファ、引き続き建家を取り囲む様に展開中

「よし、マレス、撃て」

 返事をせず、マレスが細く息を吐きながらバレットのトリガーを二回、絞る。

 ガウンッ、ドゥーンッ

 耳を聾する轟音が周囲を満たす。

 八〇〇メートル先のターゲットに着弾するまでには一秒以上の間隔がある。だが、彼らが射撃音を聞く事はない。射撃音よりも早く弾が到達する。

 その間にマレスは続けてさらに二発射撃した。

 初弾命中。続けてもう一発。

 タンクに着弾した徹甲弾が音もなく閃光を瞬かせる。

 手前のプロパンタンクに着弾した二発の焼夷徹甲弾を追うようにして、後から放った二発が隣のプロパンタンクに吸い込まれる。

 音もなく、スポッティングスコープの中の二本のプロパンガスタンクが突然爆発した。

 爆発したプロパンタンクが大佐の家を粉々に吹き飛ばす。

 白い火柱の閃光に、一瞬視野が暗くなる。

 数瞬遅れて二つのプロパンタンクが爆発する轟音が響いてきた。

 大きな爆発音が周囲を満たす。

 粉々に吹き飛んだ半木造の家が一気に炎に包まれる。

「よし。クレア、何人残っている?」

 行動不能になった敵のTDボックスはグレーに変わる。赤いTDボックスが残りの敵だ。

――現時点で確認できる、形のある行動不能者は九人です。他六人は粉々になって吹き飛ばされています。負傷状態は判りませんが、生きてはいないでしょう。合計の被害状況は十五人、それに和彦が対処した三人を加えて十八人と思われます。健在なのは歩哨を含めて十三人です。

「十五人飛ばせたんだったら上出来だ。大佐はどうだ」

 大佐のTDボックスは青く表示されている。

――健在です。あの程度の爆発じゃあダメなんですね

「想定の範囲内だ。M6をあの程度の爆発で破壊できるとは思えない」

 燃え上がる家を背景に、統率が取れなくなった瀋陽軍の兵士が各々炎の中に飛び込んで行く。

 その中心で暴れているのが大佐だろう。

 俺はスポッティングスコープから身を起こすと双眼鏡で状況を確認した。

 双眼鏡の視界の中、兵士に囲まれながら大佐が徒手空拳で応戦している。

 さすがの経験値だ。あっというまに相手の銃を奪い、ライフル弾を頭部に撃ち込んでいる。

「あれ?」

 その時、スコープを覗いていたマレスが声を上げた。

「あれ、何をしようとしてるんだろう?」

「なんだ?」

 双眼鏡でマレスの視線の先を追う。

 見ると緑色の迷彩服を着た瀋陽軍の兵士が右手を頭上に掲げていた。

「いかん、EMPだ」

 見ている間にトリガーが引かれ、打ち上げられた弾頭から見えない閃光が周囲に広がる。

 次の瞬間、大佐のバーサーカーモードが発動した。


+ + +


 バーサーカーモードが発動するとそれはすぐに判る。

 行動様式が変わるのだ。

 大佐は手にしたライフルを投げ捨てると、素早く手近な兵士に襲いかかった。両親指を鎖骨の隙間に押し込み、力任せに左右に引きちぎる。

 アバラを砕かれ、兵士の身体が二つに裂ける。双眼鏡の視界の中、引き裂かれた傷口から奔流のように鮮血が溢れ出る。

――和彦、アグライアがHLLVを射出しました。到達予定時刻はあと7分、落下地点はあなたたちがいる場所から約三千メートル、慶留間島沖です

「マレス、急げ。残りの連中を片付けろ」

「でも、どっちから?」

「瀋陽軍が先だ。HLLV到着までまだ七分ある。先に瀋陽軍を片付けて、その後大佐を行動不能にするんだ」

「了解」

――EMPでバーサーカーモードが発動するというのは始めて聞きました。危ないところでしたね。望月さんの作戦を採用していたら部隊が全滅していましたよ

「まったくだ」

 双眼鏡とスポッタースコープを併用し、クレアの指示を頼りに残りの敵を探す。

――マレス、左側から歩哨に出ていた人達が戻って来ています。対処してください

「了解」

 マガジンを入れ替え、マレスがAPFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾で敵を撃つ。

 胸に着弾すると同時に赤い血煙をあげて上半身が消滅する。隣の敵にもう一発。腰から下が消滅し、上半身が崩れ落ちる。

 現場の音は聞こえない。音のない視界の中で、ただ次々と敵が消滅していくのを見るのは妙に非現実的だった。

 見つけた。

「正面に一人いるぞ」

 俺はスポッティングスコープのタクティカルリンクを使ってマレスのバレットに射撃諸元を伝達した。

 マレスが身じろぎし、銃口を微かに動かす。

 ドゴーンッ

 耳を聾する轟音。マズルブラストが目の前を白く染める。

 上半身と下半身が分断され、二つになった身体が地面を赤く染める。

 その間にも逃げる兵士の首を後ろから掴み、大佐が力任せに首の骨を折る。胸を拳で突き破り、素手で心臓を握り潰す。それだけでは飽き足らないのか、さらにそこから背骨を引きずり出す。

「マレス、早く瀋陽軍の連中を処置しろ。バレットの方がまだ人道的だ」

「はい」

――マレス、左側に三人。真ん中がリーダーです。真ん中、右、左の順で対処して

「はい」

 的確に三発の高速徹甲弾で敵の頭部を粉砕する。

「確か海に二人降りたな。上にもまだもう一人いるはずだ。クレア、探せ」

 大佐は足が悪いとは思えない素早い動作で移動している。

 これは時間との勝負だ。バーサークしたM6に惨殺されるくらいなら、ライフル弾で即死させた方がまだマシだ。

――熱源検出

 クレアが言った。

――破片の影に隠れています

「壁面ごと粉砕しろ」

「了解」

 空になったマガジンをすばやく交換し、マレスが再びAPFSDSを装填する。

 マレスはトリガーを二回引き絞った。

 APFSDSは装弾筒に包まれた、タングステンカーバイド鋼で作られた細い高速徹甲弾だ。

 だが、俺たちが今使っているAPFSDSには細工があり、装弾筒にロケットモーターが仕込まれている。これによって二次加速し、超超音速で敵に突進する。

 装弾筒のロケットモーターの燃焼が終了すると同時に装弾筒が分離し、尾部に小さな羽をつけた細長いタングステンの徹甲弾が音速の二倍を超える速度で空気を切り裂く。

 細く重い徹甲弾は衝撃波を引きずりながら薄い壁を打ち抜くと、そのまま敵を貫通した。

 頭部と胸部を貫通され、迷彩服を着た兵士の白い影が崩折れる。

 これで二十九人。

「よし、大佐を止めよう。弾は同じでいい。APFSDSで腰の関節を粉砕しろ」

――いえ、和彦、ちょっと待って下さい

 と、ナイト・レイヴンをコントロールしているクレアが俺を止めた。

――海に降りた二人が上がってきます

「マレス、撃てるか?」

 スコープから離れ、マレスがタブレットに目を落とす。

「難しいです。茂みの中にいる様なんですけど、光学サイトだからよく見えない」

「クソッ」

 俺はクレアに声をかけた。

「クレア、もっと詳細な位置情報は送れないのか?」

――ネガティブ。今はそのタブレットに送った情報が全てです。こちらからの射撃補助は困難です

「連中、何をする気なんだ?」

――それも判りません。心拍数が高いのは走っているためなのか、そのほかの理由なのか判りません。ただ、依然現場げんじょうに接近中です。あと十メートルありません

「クレア、大佐はどうしてる」

――東に移動を開始しました。HLLVに向かうのだと思います

 俺はスポッティングスコープを右に回した。

 見つけた。

 炎上する家を背景にして、大佐がゆっくりと歩いているのが見える。

「でもどうやって海を渡るんだろ?」

「HLLVの方から寄ってくるはずだ。阿嘉港の埠頭までボートが来るんだと思う」

 その時突然、茂みの中から先の二人の兵士が飛び出してきた。

 距離があるため声は聞こえない。だが、何事か叫びながら大佐の下半身に抱きついている。

「何をする気だ?」

 言っている間に手榴弾のピンを抜く。

「しまった! 自爆攻撃だ。マレス、連中を止めろ!」

「無理ですよ! 自爆攻撃は止められません」

 二人は大佐を挟むようにして抱き合うとそのまま爆死した。

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