二〇三九年七月二十八日 二五時〇八分

沖縄県島尻郡座間味村阿嘉



「これで終わりだな」

 俺はクレアとマレスに声を掛けた。

――はい。M6以外の熱源はありません。殲滅完了です

「よし。じゃあ大佐を回収しよう」

 俺は船を例の浅瀬に向けるとスロットルを開いた。

 ドッドッドッドッドッ……

 そのままの勢いで一気に浅瀬に乗り上げる。

「行くぞ、マレス。大佐を船に乗せよう」

「うん」

 マレスに声を掛けたその時。

 突然、船尾側から小さな水音がした。

 暗がりの中、二人の人影が船に乗り込んで来る。

「お帰り、お二人さん」

 人影の片割れが俺たちに声を掛ける。

 この声はアケミ? ならば隣の野郎は船長か?

「誰だ、こいつら?」

 俺はクレアに訊ねた。

――判りません。こちらからはダイビングショップのインストラクターと船長にしか見えません

「それ位は俺にも判る。こいつらはアケミとケンちゃんだ。俺は正体なかみを訊いているんだ

――不明です。状況から考えて瀋陽軍の人たちですが、浸透していたとしたら半年以上前から活動していた事になります

「見事に殺られたわねえ。まさか、部隊全滅にまで追い込まれるとは思ってもいなかったわ」

「お前らは、一体……」

 今まで俺は二人の事を罪のない、小さなダイビングショップのインストラクター達だと思っていた。

 その二人が瀋陽軍の関係者だったとは。

 背後のマレスも一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真顔に戻ると『やれやれ』という風に肩を竦めた。

 自衛隊出身の要員の多くは国内事案しか経験がないためか、どちらかというとナイーブだ。

 その点、世界中を股にかけて戦ってきたマレスは強い。

 戦場では臨機応変が求められる。この程度の裏切りはマレスの言葉を借りれば『よくある話』なのだろう。

「大田大佐を動けなくしてくれればそれだけで良かったのに、私の大切な部隊を諸共壊滅させちゃうって、あんたたち何者なのよ? 二対三十一よ。まさかこんなことになるとは思わなかったわ」

 大げさに両手を広げながらアケミが嘆息する。

「全身義体もプロパンガスの爆発では持たないのね。最初に突入したのは全身義体の要員だったんだけど、一気に吹き飛ばされた時には流石に鳥肌が立ったわ。まあ、気分だけだけどね」

「ともあれあんたらには消えてもらわないといけないんだ。済まないね」

 これはケンちゃんと呼ばれていた誰かの言葉だ。

 言いながらアサルトライフルを腰だめに構える。

「うちも義体の開発には余念がないんだけどね、どうにも開発が行き詰まっているのよ。だからM6のサンプルがどうしても必要なの」

 パシューッという、空気が抜けるような音が微かに聞こえる。

 肉付きの良かったアケミの姿がみるみる細くなっていく。

――和彦、この人は義体所持者です。水中格闘戦能力もあると考えられます。ここは一旦引いて。船の上での戦闘は避けて下さい

「引くったって、どこにだよ」

 追い詰めたと思っていたら、どっぷり嵌っていたのはこちらだったという構図だ。

 少々太めだったアケミの姿は見る間に精悍な戦士のそれに変貌した。

 驚く俺に向かい、アケミがニヤリと笑う。

「驚いた?」

 アケミの瞳が暗く光る。

「皮膚と義体外骨格の間に空気を入れる事が出来るの」

「浮力調整、水中戦対策か?」

「まあ、それもあるけど……うちらの義体は容姿を変えられることが特徴なのよ」

 今度は小枝を折るような小さな音を立てながらアケミの顔の形が変わっていく。

 少し太めで丸顔なダイビングインストラクターのアケミは、あっというまに細面に切れ長の瞳が光る精悍な兵士の姿に変容した。

「さて、こち……」

 と、突然、猛烈な轟音が周囲を満たした。

 ドゴーンッ。

 何かに突き飛ばされたかのように、アケミの身体が吹き飛ばされる。

 マレスだ。

 近すぎるため、プローン姿勢ではアケミを撃てないからだろう。重いバレットを腰だめに抱えている。

 ドゴーンッ。

 さらにもう一発。

 起き上がろうともがくアケミの胴を、放たれた徹甲弾が装弾筒のロケットモーターを白く輝かせながら直撃する。

 だが、あの銃を腰だめで撃ち続ける事はマレスには無理だ。

 体重が軽すぎる。

 射撃するたびにマレスがよろける。

 アケミと呼ばれていたダイビングインストラクターは重い銃弾の直撃を腹に受け、身体をくの字に曲げながら海中に投げ出された。

 俺はほぼ同時に足元のアサルトライフルを拾い上げると、唖然としている船長の胸元にフルオートで銃撃を撃ち込んだ。

 咄嗟に船長が両手で胸元を庇う。

 両腕から火花が散り、放ったライフル弾が虚空に跳弾する。

 撃ちながら照準を上に持ち上げ、頭を狙う。

 だが、頭蓋に当たったライフル弾は皮膚を削るだけだ。盛大に火花を散らしながら船長の顔の下から金属製の外骨格が現れる。

 クソッ、こいつも義体だ。

 俺は空になってしまったアサルトライフルを投げ捨てると左腿のホルスターから抜いたベレッタのサーモバリック弾を奴の腹部に撃ち込んだ。

 貫徹出来ない。

「ヘヘッ」

 爆発するサーモバリック弾の衝撃に腰をついた船長が不敵に笑う。

 徹甲弾にマグチェンしている間はなさそうだ。

 義体と言えども、生体脳とその維持器官との接続を破壊されれば動作停止する。

 俺の知る限り、人民軍のサイボーグにバーサークモードは存在しない。

 ならば頸をへし折って生体脳との接続を切るまでだ。

 弾みをつけて船長が飛び起き、生身の身体では不可能な速度でこちらに向かって来る。

 ガゥンッ

 ほとんど同時にマレスが援護射撃を開始。

 再び反動でよろけるマレスを横目で見ながら俺はマレスに声をかけた。

「こいつは俺が片付ける。マレス、海に落ちたアケミを探せッ。セットになったら面倒だ」

「了解」

 言う間にもバレットに吹き飛ばされた船長が再び立ち上がる。

 こいつの方が重い。

 向かってくる船長に俺は正面からタックルした。

 接触すると同時に脚を払い、相手の重心を崩す。

 ベレッタを手の甲側に回しながら上体を開いた船長の足首を両手で掬い取り、身体を捻って相手の膝関節破壊を狙う。

 だが、すかさず同じ方向に身を翻して、船長が関節破壊を回避する。

 間を置かず懐に潜り込むと、俺は殴りかかってくる船長の右腕を取った。

 体を入れ替え、一本背負いの要領で相手を投げる。

 相手が頭上を越えた瞬間、俺は膝を突いて両腕を引いた。さらに自分の身体も投げ出して全体重を相手の頸に乗せる。

 受身を取れず、船長の頸部がへし折れる。

 ボキッ、という嫌な音。

「ガハッ」

 船長の口から鮮血が溢れ出る。

 だが。

「なんちってね」

 まるで転んだ子供が起き上がるかの様に、船長は首をさすりながら再びゆらりと起き上がった。

 首が不自然な方向に曲がっている。頭がまるでフードのように背中に垂れ下がっている。

 クソ、こいつは……。

 船長が向き直ると、背中側にぶら下がっていた首がぐるんと廻り、今度は胸元に垂れ下がった。

「沢渡さん、流石だね。でもさ、壊せばいいってもんでもないんだなあ」

 しくじった。

 この距離では対応が間に合わない。

 一瞬のうちに船長の腕が首元に絡みつき、あっというまに俺は海中に引きずり込まれていた。

朱珠、返回!朱珠、早く戻れ

静賢、只需一分鐘静賢、ちょっとまって

 水中の音速は秒速一キロを超える。声は聞こえるが、アケミがどこにいるか判らない。

 船長の身体は重かった。水深は五メートルにも満たない。だが、押さえつけられた身体から船長をもぎ離すことがどうしても出来なかった。

 まるでタコのように絡みついている。

 これはまずい。

 このままでは溺死する。

 相手は水中戦に特化した義体所持者、一方、こちらは生身の身体だ。ハイパーベンチレーションもしていない。このままでは数分も持たない。

 すぐに振りほどいてなんとかしないと。

 俺は手にしたベレッタを船長に向けて連射した。

 二発、三発。

 だが、抵抗が大きい水中では期待しただけの破壊力を発揮できない。

 弾は明後日の方向に跳弾すると水中で爆発した。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ……

 周囲に白い閃光と衝撃波が充満するが、船長を振りほどくには至らない。

 船長はマウントポジションで俺に体重をさらに乗せると、

「無理だよ」

 と胸元から声を発した。

 クソッ。

 まるでタイマーの数字がみるみる減っていくのを見ているような気分だ。

 もがいても船長の力は強かった。

「気楽なもんだよ、こっちは。こうしていればいずれあんたは溺死する」

 わざわざ日本語で言いやがる。

――和彦、あなたの体内の酸素濃度が急激に低下しています。なんとかしないとあなたはあと二分以内に失神します

 どう考えても船長の義体重量は百キロを越えている。

 浮力調整していない義体はただの鉄の塊だ。

 クレアも無茶を言いやがる。

 俺はもう一度船長の腕を振りほどこうとした。両足を船長の身体の下にねじ込み、無理やり上に押し上げる。

 しかし、船長の力は強かった。俺に抱きつき、背後で組んだ船長の両手を振り解くには至らない。

 力を使うとさらに体内の酸素が減る。もがけばもがくほど、どんどん息苦しくなっていく。周囲の海水が粘るようだ。

――あと一分ありません。和彦、急いで

 船長は俺の上半身に預けた身体にさらに体重を乗せ、俺の身体を水底に押し付けた。

 燃え上がる炎に輝く水面を背景に、水中の歪んだ視界の中で船長の口元に薄い笑みが浮かぶ。

 何か、冷たいものが背後から迫ってくる。

 瀬戸際で感じる冷たい感触と抗いがたい焦燥感。視界が狭くなるにつれ、焦りが募る。

 だが、どうしても船長の身体を振りほどくことができない。

「もうそろそろかなー……朱珠、早!」

 そうこうしている間にもアケミが戻ってくるだろう。そうしたら本当にお手上げだ。

 マレス、何をしている。早く来い。

 俺は右手で腰のコンバットナイフを抜くと船長の脇の下に突き刺した。

 腕の一本でも破壊できれば抜け出すことができるかも知れない。

 だが、その程度では義体を破壊する事はできなかった。金属製の関節に阻まれ、俺のナイフは半ばで止まる。こじり通そうにも、関節の構造が判らない。

 いかん。

 左右から幕が降りるように視界が暗くなっていく。酸素欠乏の典型的な症状だ。

 初めて、俺は自分の死を意識した。

 と、その時。

 俺は頭上に『トプンッ』という小さな水音を聞いた。

 揺らぐ視界の中、黒い人影が静かに船長の背後に近づいて来る。

――クレア姉さま、大丈夫。今なんとかします

 マレスは音もなく背後から近づくと、左手いっぱいに握った白い物体をべとりと船長の背中に貼り付けた。

 俺に目を合わせ、水中で人差し指を唇に当ててウィンクをしている姿が再び頭上へと離れていく。

「唖?」

 ほとんど同時に、『カチン』という小さな音が聞こえた。

 ドゥンッ

 衝撃波が走り、船長の身体諸共吹き飛ばされる。

 マレスが船長の背中に貼り付けたのはプラスティック爆弾だった。片手いっぱいの量だったら五百グラムのパッケージ一個まるごとだろう。

 練って粘らせたプラスティック爆弾は激烈な破壊を船長の身体にもたらした。

 背面から義体を粉砕され、船長の身体が二つになる。

 水中に細かい破片と鮮血が溢れ、声を放つ間もなく船長の瞳から光が消える。

 俺は衝撃波に吹き飛ばされ、船長の上半身と共に水底に叩きつけられた。

「ゴブッ」

 最後に残っていた空気が肺から押し出される。

 つと、マレスはこちらへと戻ってくると俺の頭を抱き寄せ、肺いっぱいに吸い込んでいた空気を口移しで吹き込んだ。

 暗かった視界がみるみる明るくなる。

 もう一度両脚を胸元に押し込み、俺は上半身だけになってしまった船長の身体を無理やりもぎ離した。

 砕かれた腹部から有象無象の体組織が水中に散らばっていく。

 マレスがその手を差し伸べ、俺の身体を水面にまで引き上げてくれる。

「ブハッ」

 俺は水面から顔を出すとようやく一息ついた。

 息をするたびに喉からヒュウヒュウと音がする。

――生きていますか、和彦

「大丈夫? 和彦さん」

 下ろしたフェンダーを使って既に船によじ登り始めているマレスが呑気に俺に言う。

「いや、死にかけた。助かった」

 手を伸ばすマレスに手を振り、俺は両手を掻いて、船ではなく岸辺に向かった。

 まだ酸素が足りない。視界の色調がおかしい。足がもつれる。

「連中は水中戦のプロだ。マレス、アケミは見つかったか?」

「いえ、まだです」

「クソ、潜りやがった。……マレスも岸に上がれ。海上では不利だ」

 俺は笑う膝に無理やり力を入れて身体を支えると、マレスに声をかけた。

「了解」

 アサルトライフルを背負ったマレスがバレットを抱えて船の上を走り、岸辺に飛び降りる。

 聞かれていることは折込済みだ。今更ストーキングする意味はない。

「静賢?」

 どこかからアケミの声がする。

「アケミ、ケンちゃんは死んだよ。諦めろ。今なら逮捕してやる」

「舐めるな! 今更生き意地汚く生き延びて何になる」

 どこだ。どこにいる。

「クレア、探知しろ。熱源、金属、モーション、なんでもいい」

――捕捉しました。あなたたちのいる場所から二時の方向、船の影に移動熱源体探知。接近してきます

 ようやく、眩んでいた視界の色調が元に戻ってきた。

 バレットをマレスから受け取り、腰だめに抱える。

「正確な方向をくれ」

 ――送ります

 透明なデータグラスに赤い人影が映る。

 これは実際に見ている映像ではない。クレアが上空から収集している情報をリアルタイムに再生している擬似映像だ。

 この距離なら絶対に当てられる。

 俺はトリガーに指をかけた。腕を通して伝わってくる、流体ジャイロのハム音が大きくなる。

「クレア、バレットのタクティカルリンクをデータグラスにオーバーレイ」

――了解

 データグラスに射撃予測線が現れる。短距離射撃ならこれで十分だ。スコープはいらない。

 赤い人影が水面を移動している。

 まだだ。もう少し引きつけてから……

「マレス、装弾変更。タングステンだ」

「了解」

 背後からアサルトライフルのマガジンを入れ替える音がする。

 船の影から赤い人影が現れた瞬間、俺はトリガーを引いた。

 ドゴーンッ

 赤い人影に向かって、衝撃波をその身に絡った十二.七ミリのライフル弾が白く輝きながら突進する。

 だが、発射した銃弾は何の手応えもなく赤い人影を貫通すると、そのまま海中に消えた。

 デコイ?

 瞬間、水音と共にアケミが背後から現れた。

「忘れた? 私たちが水中に潜んでいたとき、あんたたちにはうちらが見えなかったでしょ?」

 向き直る間もなく、アケミは素手のまま身を沈め、こちらに向かって駆け出した。

 見たところ、武器を持っている様子はない。

 格闘戦だけで俺たちに勝つつもりなのか?

 すかさずマレスが発砲開始。

 バララララッ……

 俺の周囲を通り越し、重いタングステンカーバイドの銃弾が空間を切り裂いていく。

 細身になったアケミは横転を繰り返しながら銃撃を器用に避けると、弾幕の隙間を縫いながら再びこちらに駆け出した。見る間に肉薄してくる。

 バレットを投げ捨て、腿のホルスターに手を伸ばす。

 だが、アケミの方が速かった。

 気づけば目の前にアケミの顔がある。

「恨みはないんだけどさ、まずは隊長さんを倒さないとね」

 ウィンクしながらアケミの身体が突然沈む。

 アケミはそのまま前後開脚すると、するりと俺の股の間を潜り抜けた。

 あっというまに背後を取られた。

 首にアケミの細い腕が絡みつく。

 アケミはグルリと回り、俺の身体を盾にしてマレスに向き直った。

「どう? これでも撃てる?」

 アケミはマレスの戦闘能力を知らない。マレスの精密射撃ならアケミを撃つのは簡単だ。

「どうってことはないわ」

 マレスは平然と言い放つと、俺の肩から覗くアケミの顔面にタングステンカーバイド弾を撃ち込んだ。

 ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ

 背後で金属が破壊される音がする。

 大気を切り裂く衝撃波が俺の頭を揺さぶる。通り過ぎる真空に頬が切れる。

 首を掴まれていてかえって良かった。そうでもなければ脳震盪を起こしそうだ。

「止まってくれたお陰で撃ちやすくなったわ。ありがと」

「チッ」

 絡んでいた腕の力が抜ける。

 機を逃さず俺は振り向くと、左肘をアケミの顎に叩き込んだ。

 そのまま回転。胸元に向けてベレッタを発砲。

 咄嗟にアケミは胸元を両腕で防御すると、バク転して距離を取り直した。

 こいつも腕の装甲が厚い。

 放った二発のサーモバリック弾はアケミの目の前で虚しく爆発、上腕部の装甲を削ぐだけに留まる。

「ご自慢のサーモバリック弾もサイボーグには無力ね」

 顔面を五.五六ミリのタングステンカーバイド弾に削られ、頭部の一部を失ったアケミが不気味に笑う。

「マレス、こいつら脳の位置が違う。胸元を狙え」

「了解」

「霧崎さん、あなたとは後で遊んであげる。でも今はデートしたい気分なのよ」

 アサルトライフルを構えるマレスに声を掛けると、アケミは再び片目で俺を睨みつけた。

 バク転を繰り返して距離を取り直したかと思う間もなく、猛然とダッシュを始める。

 左右に動くアケミに照準が追いつかない。

 あっというまに距離を詰められると、アケミは

「ヒュウッ」

 と気を込めた渾身の掌底を俺の胸元に叩き込んだ。

 ハートブロー。心臓破壊を狙った必殺の一撃だ。

 咄嗟に後ろに向かって飛ぶ。が、僅かに遅かった。

「ガハッ」

 転がった末、思わず膝を突く。

 一瞬、目の前が暗くなる。

「我らが中華拳法の精華は重心移動の高速化よ。義体ならばその破壊力は想像を絶するわ」

 打撃力は体重と加速度の自乗に比例する。加速度を重視するのは合理的だ。

 再びバク転と横転を繰り返し、マレスの銃弾を避けながらアケミが哄笑を放つ。

 しかし言葉とは裏腹に、アケミの放った一撃の威力は弱かった。

 ブラックアウトこそしたが、それも一瞬だ。

 視界の色調がおかしい。しかし、身体は動く。

 バララララッ……

 再び頭上をマレスの放つ銃弾が通り過ぎていく。

 俺はマレスの射線を避けながら起き上がると、側面からアケミの身体に飛びついた。

 飛びつき腕拉ぎ十字固め。

 右腕を取り、首に脚を巻きつけながら空中でアケミの肘を固める。

「ならば、現代の格闘戦の精華は関節破壊だな」

 今度は水中とは違う。

 右手でアケミの腕を拉ぎながら左手に握ったベレッタをアケミの右脇の下に捩じ込み、すかさず発砲。

 放たれたサーモバリック弾は次々に爆発するとアケミの肩を脇の下から完全に粉砕した。

「な、なんで」

 右腕を失ったアケミが後ろに飛びずさりながらゆらりと立ち上がる。

「足場だよ。砂地では十分な震脚ができないようだな」

 もげたアケミの右腕を背後に放りながら膝を突き、今度は左腕にサーモバリック弾を叩き込む。

 次々と白い閃光が瞬き、先の銃撃で脆くなっていたアケミの左腕が完全に粉砕される。

 両腕を失ったアケミはもはや無力だった。

「無力化したぞ。投降しろ」

 俺の背後でマレスがアサルトライフルを構え直す音がする。

「投降は、しない」

 アケミが歯ぎしりする。

 次の瞬間、小さな爆発音を立ててアケミの上半身が弾け飛んだ。

 腰から下だけになってしまった義体がドサリと砂地に倒れこむ。

「……馬鹿が」

 俺はホルスターにベレッタを戻した。

「マレス、大佐を探そう」

「はい」

 無表情なまま、マレスがスリングに釣られたアサルトライフルを背中に背負う。

 俺たちはアケミの亡骸をそこに放置すると斜面を登り始めた。

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