第24話 君、掘らん

 触手とは、何も女体に絡み付いたり体内に入ったりぬるぬるして嫌悪感を掻き立てたりするばかりが能ではない。魔法少女との戦いにおいてそういう使い方をしたシーンも確かにあったが、全体で見れば女体に絡み付いたり体内に入ったりぬるぬるしたりした時間は短くて、むしろ触手は優秀な武器・防具・道具としての役割を存分に果たしていた。

 魔法少女と触手の組み合わせからすれば、それは読者の望んでいた使われ方ではないだろうと、黒猫は不満を口にしたが。

 魔法少女の戦いにはそもそも、読者などいないのだ。ともかく。

 要は、触手は便利だなあ、という話である。穴を掘れと指図され、累は迷わず触手に頼った。一体触手がどんな風に穴を掘るのか、そもそも穴を掘る機能を備えているのか、累自身にも見当さえつかなかった自分への無茶振りだが、結果はご覧の通りである。

「立派ねえ、これは。こんなご時世でなければ、穴掘り屋として大成したでしょうに。ねえ、累?」

 地中にできた高さ三メートル、四方五メートルの空間。十畳のワンルームより少し広いぐらいの、およそ直方体の地下室。コンクリート打ちっ放しならぬ地面掘りっ放しの人工洞窟に、累と黒猫はいた。

 全て、触手が一人で……一匹で? 累自身だとするなら一人か、やり遂げた成果である。いや、触手以外の累はそれこそ指一本だって土に触れていないから、やはり触手一匹……指や腕の延長だと定義して一本? の成果と言うべきか。触手はぶわと膨れると、人間の大人一人ぐらいなら一口に飲み込めるぐらいに大口を開けて、がつがつと地下へと掘り進んだ。

 いや、掘る、というよりは呑み込む、だったか。



 触手は地面を食い破った。土やら岩やらを口に入れた側からどろどろの液体へと消化しながら、何の抵抗もなく潜っていった。

 うっかり、消化という能力を持ち合わせていたことに気づかされたのは、とりあえず今は良いとして。

 これってお約束のイベントができる夢の能力じゃないの? と黒猫が何かしらの閃きにときめいていたのも置いておいて。

 触手にしてみれば、空中を飛ぶのも、地中を潜るのも、きっと水中を泳ぐのも、全部同じことのようだった。

 累は程良いところで、一度触手を回収した。すると、触手の通った後は触手自身の粘液と、触手が都度消化していたどろどろの液体でともかくどろどろだったので、数分、乾くのを待ってから侵入した。

 もっとも、何も考えず真っ垂直に掘ってしまったから、累は触手を地上に噛み付かせて残し、ロープのようにして自分を垂らして穴を降りた。黒猫はちょこんと、彼の頭に座っている。深さが分からないとはいえ、百メートルも二百メートルも掘り進んではいないはずだから、別に飛び降りても死にはしないだろうが、底の見えぬ真っ暗闇の中に身を投げるのは、高所から落下するのとはまた違った恐怖を累に抱かせるのだった。

 百メートルも二百メートルも掘り進んではいないはず、にせよ。

 直径一メートルほどの縦穴の底から見上げる空は、否応なく不安を掻き立てられるぐらいに小さかった。日本にあって気軽に立ち寄れる地下深くと言えば、某図書館で地下八階、およそ三十メートル。某地下鉄では四十メートル。日本からでは気楽に立ち寄れないが、カッパドギアにある地下都市は百メートル近くまで続いているという。鉱山になれば数百は当たり前、日本の某研究施設は貫禄の地下千メートルに至る。

 では、この即席の穴底は何メートルの地下にあるだろうか。自分を物差しにしてみればおおよそ数えることも可能だろうが、特に意味もないと判断して、累はそれをせず、空から視線を外した。

「塞がないとね、あの穴」

 黒猫はまだ空を見上げて、遮光カーテンを買わないとね、というようなノリで、累に注文を付けるのだった。

 


 既に深く穴を掘った累に、地下室を造ることなど造作もなかった。

 下に進むか横に進むかの違いである。真っ直ぐ進むか折り返すかの違いである。触手の粘液は掘り進んだ後の壁に染み込み、ちょっとやそっとでは崩れない強度に土を固める役割を果たしていた。原理は不明だが、黒猫が言うには、そういう魔法なのだろうとのことだった。累が必要だと思った工程を、触手の側で勝手に魔法で再現しているのだろう、と。

 本当に、何から何までこなせるやつだ。

 かくして地下室は完成した。穴底から横に向かって穿たれた直方体。室、と呼べるほど立派なものではなく、コンクリート打ちっ放しならぬ地面掘りっ放しのこの空間は、正確に表現するなら地下洞ちかどうとでも名付けるべき、限りなく自然的な建造物だった。

「地下洞。素晴らしいわ。穴掘り屋はネーミングセンスもさすがのものね」

「なあ、黒猫。こんなご時世でなければ、俺は穴掘り屋なんてことにはなっていないだろう。そもそも」

「井戸掘り、石油掘り、遺跡発掘。地面に対しての侵攻力って、そう考えると夢があるのね。地属性が地味だなんて、そんな悪評どこ吹く風よ」

 あなたは地属性のスターだわ! 累のぼやきは無視して、黒猫は力強く語った。地属性に何か悲しい思い出でもあるのだろうか。黒猫はそこまで話しはしなかったし、累も意図して無視したけれど。

「ともかく、これで拠点ができた。雨風のしのげる我が家よ。そういうわけで、これからの話をしなくちゃね」

 黒猫はやはり唐突だ。唐突に、彼女は過去の話を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君、魔法少女の救いとならん senbetsu @senbetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ