第11話

 店内は薄暗い。

 カウンターには数名いて、テーブル席も手狭だが一つ用意されていた。大きなモニター画面があり、何かのプロモーションビデオらしき映像が流れている。奥にはダーツに興じている男性がいた。

「さっき扉を開けたお客様? どうぞ」

 わたしたちは入口に近いカウンター席へ座るように指示された。机の上は、何やら経営上の書類などが散らばっていた。「いま片付けるわね」と、ママらしき人が言い、カウンターに座っているお客さんが、その書類を片付けだした。「えりちゃんはいいのよ、飲んでて」とママはいう。このえりちゃんは、お店の従業員だろうか。

 厚化粧に枯れた声。ぴちぴちのピンクのワンピース。むきだしの太もも。

 わたしは、近くでオカマを見るのは初めてだった。

 鈴木さんは、店内を見渡していた。一人一人、丁寧に。そして、しばらくして、大きく息を吐いた。

「違った」と鈴木さんは言った。

「違った?」

「オカマバーって、興味ある?」

「い、いや。でも、初めての世界で、どきどきしていますけど」

「じゃあ、これ」と鈴木さんは財布から五千円札を抜き取り、わたしにその五千円札を握らせて、じゃあと言ってお店から出て行った。わたしは突然の出来事に、動くことができなかった。

「あれ、彼帰っちゃうの?」とママがわたしに声をかける。

 だめだ。ここはさすがに退散しなくては。

「すみませんでしたあ」とわたしは言い、その空間から逃げ出した。

 大きな声になってしまい、店内にわたしの声が響いていた。通路に出ると、エレベーターが閉まろうとしている。わたしは走り、ボタンを押した。エレベーターの扉が再び開き、乗り込み肩で息をする。

「あんまりですよ」

 わたしはそう言ったが、鈴木さんからの反応はなかった。

 鈴木さんはエレベーターから降り、足をとめ、時計を確認した。

「鈴木さん、わたしの話を聞いていますか」

 鈴木さんは、ようやくわたしの顔を見た。あの、待ち合わせをしていたときと同じ、悲しみの表情。

「ああ、すまなかったね」と、鈴木さんは絞り出すように言った。

「いったい、どうしたんですか?」とわたしが聞くと、鈴木さんはゆっくりと歩きだした。

「なんでも、ないよ」と鈴木さんは言い、ぼんやりとしている。

「これから、どこに行くんですか?」

 鈴木さんからは返事がない。

「ついていっても、いいですか」と言うと、鈴木さんは何か言おうとするが、結局、言葉にはしなかった。わたしは、その鈴木さんの二歩後を、見失わないようについていく。

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