第10話
五分ほど歩いただろうか。繁華街の路地を入った、人通りがすくなくなった雑居ビルまでたどり着いたところで、鈴木さんを見失った。雑居ビルを見上げると、沢山のネオンが瞬いている。
ここ、だろうか。
確信はないが、エレベーターのところまで足を進める。
五階で、エレベーターはとまっている。五階には、ドイツ語で書かれたお店があった。わたしが一度も入ったことがないタイプのお店であることは、間違いがなさそうだった。
何度か深呼吸をした。
さすがに、このお店に突撃するほどわたしの勇気はないな。
そう思ってその場を立ち去ろうとした瞬間、エレベーターが動き出した。
四階、三階、二階と降りてくる。わたしの身体は動かない。隠れようと考える余裕もなく、エレベーターは一階まで降りてきて、そしてその扉が開いた。
目が合う。言葉は出ない。
驚いたのはわたしだけではなかった。
いつもの落ち着いている鈴木さんは、ここにはいない。
「奇遇、ですね」とわたしはなんとか言葉を紡いだ。
「ああ」と鈴木さんは言い、下を向いたままそわそわしていた。
そのまま、沈黙が続く。すると、鈴木さんがそれを破るようにこちらを見つめてきた。
「何か、ここに用があったの?」
心臓が痛くなる。出会ってしまったときの言い訳を、全然考えていなかった。言葉が出てこない。
しばらくしてから、「気になるお店を、探してまして」と言ったが、それを鈴木さんはちゃんと聞いたのだろうか、「ちょっと、付き合ってくれるかい?」とわたしの言葉を無視して、そう言った。
意外な言葉に、わたしは目を丸くするしかなかった。
「は、はい」といつもと違い歯切れの悪い声になる。
わたしは鈴木さんと一緒に五階までエレベーターで上った。
そして、お店の前に立つ。茶色い扉。中は見えない。
鈴木さんは、このお店に入らずに引き返してきたのだろうか。
「このお店、初めてなんですか?」とわたしは聞いた。
「ああ」と、小さな声で鈴木さんは答える。
「何のお店ですか?」
わたしの質問にすぐには答えない。
「わからない」と言い、鈴木さんはその扉のドアを開いた。
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