第9話
合コンの日がやってきた。
わたしは、何の期待感もなく、朝の身支度を済ませた。
定時で仕事を終え、わたしは先輩社員と一緒に地下鉄に乗り、繁華街へと出た。お店に着くと、もう他のメンバーは到着しており、わたしはすみませんと謝りながら、席に座った。
いつもの定位置である下座の席に座ることができず、なんだか居心地が悪かった。
率先してサラダをお皿に取りわけ、お酒のおかわりを注文した。うまく話をすることができないので、とにかく聞き手に回り、感心するように相槌を打った。隣に座った女の子とは、なんとか会話を繋ぎ、共通の話題を探し回った。
慣れとは恐ろしいものだ。
最初は苦痛だった会社の飲み会も、いまでは殆ど気にならなくなった。時が過ぎ去るのを積極的に待つということが、こんなにもうまくなったのだ。
一次会が終わり、わたしたちは企画者である先輩社員の行きつけのお店に移動することになった。
場所は、駅の反対側らしい。そのタイミングで、なんとか帰ることができたらいいのに。でも、きっとできないのだろう。
――わたしも、ちゃんと自覚はしていた。
こうやって、笑顔を振りまくのがいけないのだと。
もっと無愛想にいれば、この場をもっと白けさせれば、きっともう呼ばれることはないだろう。でも、それができない。わたしも、鈴木さんのようになれたら。
そう、鈴木さん。
鈴木さんだ!
わたしは、心の中で叫んだ。
こないだと、殆ど同じところ。駅前広場の、宝くじ売り場の横の隅のところに、立っていた。
見間違いではなかった。こないだ見たのは、やはり鈴木さんだったのだ。
そして、やはり五時間というあいだ、待ち続けていたのではないか。
確信があった。――なぜなら、こないだと同じ表情をしているから。
その瞬間、鈴木さんは歩き出した。しかも、かなりのスピードで。
「あっ」とわたしは、声を出していた。
「ん? どうしたの?」と先輩社員が言い終わる前に、わたしはもう駆け出していた。
振り向き、両手を合わせ、「すみません、ちょっと予定ができちゃいました!」と最大限の愛想を振りまき、わたしは再び鈴木さんの後ろ姿を追った。
気が動転しているのがわかった。
人にぶつかりながらも、鈴木さんの後ろ姿を見つめ続ける。合コンのメンバーには、変な人だと思われただろう。来週、先輩社員に怒られるかもしれない。
鈴木さんを追いかけながら、わたしはだんだんと冷静になった。
わたしは、一体、何をしているのだろうか。
追いかけて、その後、どうするのか。
待ち合わせをしていた人を知ったところで、鈴木さんとの距離が縮まるとは思えない。
いまわたしがやっていることは、ストーカーとなんら変わりない。
――それでも、なぜ待ち続けていたのか、知ることはできる。
知りたい。
もっと知りたいのだ。あれだけ周りを気にせずにいられる鈴木さんのことを。
わたしの足はとまることなく、ヒールの鳴らす音は、高い音を奏でて雑踏に溶け込んでいく。
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