#27:噂

 クロンが新しい仕事を始めて二日目の昼だった。

 今日も買い付けにやって来たクロンは、前と様子の違う資材置き場に眉を寄せた。

 作業をするクストスは誰一人としておらず、彼らもどうしていいか分からないようだった。 

「あのう……?」

 クロンが尋ねると、木こり達は怯えた表情を見せたが、クロンの耳が尖っているのを確認すると、胸を撫で下ろした。

「なんだ、驚かすなよ。先日のひよっ子じゃねえか。役人が戻って来たのかと思ったぜ」

「何かあったんですか?」

 木こりの男は使い物にならない古株の上に腰掛けた。

「あんたが前に話をしてた男――アズハムっていう職場長なんだがな、昨日、俺らの仲間二人を連れたっきり、森から帰って来ねえんだ」

「森に? でも、首飾りがないと外へ行けないんじゃ?」

「アズハムがお守りを持ってる。そいつがあれば、クストスを外に出せるんだ」

「でな。今、役人が探しに行ってるよ」別の男が続けて言った。「距離はそう遠くないし、一日掛かるようなことはもちろん有り得ない。例の昼の獣に喰われたか、首飾りと離れて自爆に巻き込まれたかのどっちかじゃないかって俺達は予想してるんだが」

 いずれにしても穏やかな話ではない。森で一晩を明かすことはほぼ、死を意味する。

「まったく、森に行けないんじゃ何も出来やしないな」

「もう、昼とか夜とか関係ないんだろうな。いつかこの街も酷いことになるんじゃないか?」

 以前と比べて、昼の犠牲者が増えている、とクロンは感じた。

 昼に現れるあの獣をアラネアと呼んでいいのかは未だに疑問が残る。何せ、夜にわざわざ禁忌を侵してまでアラネアと対峙しに行く必要なんてなく、日が暮れたら家に居れば安全、というのが数世代にも及ぶ不変の習慣だったために、目撃者がいないのだ。

 稀に勇敢な者がわざわざ退治に向かうこともあったが、生きて帰ったという報告は未だにない。故に、姿を見た者は誰一人としていなかった。

 唯一の手掛かりは、殺された者の遺体だ。そのほとんどは頭を失った状態で発見されている。酷い場合は何も残されていない。

 切り口は刃物などではない。強引に引き千切られた、というのが正しいように思われる。

 いずれにせよ、夜に森を歩くのは自殺行為に違いなかった。

 では、なぜ昼に現れるのが「獣」であると分かっているのか。それには、クロンのように奇跡的に生き残った目撃者が居なければ、話が成り立たないはずだ。

「狩人がいるんだよ」男は囁き声でクロンの疑問に答えた。「仮面を付けた子供だ。人並み外れた身体能力で、獣をたった一撃で仕留めるらしい」

 クロンは内心頷き、確信した。

 以前襲われた時に、槍を投げて獣を仕留めた、あの子供のことに間違いない。

 男は話を続けた。

「そうして生きて帰った連中がいるんだ。そいつが言うには、獣が出る直前に深い霧も出たんだそうだ」

「森の霧なんて良くある事なんじゃねえのか?」別の男が言った。

「いや、歩けなくなるくらい濃い霧なんだ。とにかく、霧を見たら根渡りで逃げるのがいいだろうな」

「やれやれ、職を変えたいぜ。森になんか行きたくもねえ。その為なら何度だって鞭に耐えるさ」

 クロンは唸った。クストスなら間違いなくここを出たいと思う筈なのに。

 だが、無理もない。昼の獣は今のところ、得体が知れないのだ。

 噂を語った男は、ごつごつした大きな手でクロンの肩を叩いた。

「まあ、とにかくだ。資材が欲しいなら売ってやるが、もしかしたら今後、しばらく仕入れが出来なくなるかもしれないぜ。一応、じいさんに伝えておきな」

「あ、はい。ご親切にありがとうごさいます」

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