#23:再会

 半ば追い出されるような形で工房を出たクロンは、ユゼ老人に指示された資材を受け取るために荷車を引き、西の街外れにある資材置き場に向かった。そこでは、許可を得て森へ出ている木こりたちが、数等分した機械樹をせっせと丸太の山の上に積み上げている。

 クロンは、その中の一人――恐らく責任者と思われる人間に発注書を手渡した。ずんぐりとして、優しい目をした中年の男である。

「めんずらすーこともあーんだな。ユゼ爺さんが弟子とんなんてよ」

 男の言葉遣いは妙に訛っていた。

「ああ、おらぁ、地方の村から来たもんでさあ、こっちゃの言葉さ、まだ慣れんでなあ」

「は、はあ……」

 クロンは適当に相槌を打った。言葉を解読するので精一杯だった。

 男は三人のクストスの若い連中を呼び、荷車に指定の丸太を持ってくるよう指示した。

 間もなくすると丸太が運び込まれ、あっと言う間に必要な分が台車に積まれた。幸い、クロンでも運べるような量だ。

「代金さあ、受け取ってるかんねぇ。気ぃ付けて帰れなぁ」

「はい。ありがとうございました」

 がらがらと音を立てて荷車を引いて行く途中、視線を感じたので軽く振り返ると、男はまだそこにいて、部下のクストス達と一緒に、いつまでも笑顔で手を振っていた。

(逆に、気味悪いと言うか……)

 少し気になったので、クロンは適当な所に荷車を置き、近くの茂みに隠れて男の様子を伺うことにした。

 クロンが見えなくなったと判断した男は、あの優しそうな顔をきっぱりと止めて険しい表情になった。

「ほら、さぼんなや! とっとと動かにゃあ日ぃ暮れっぞ!」

 男は、鬼の形相で部下たちに鞭を振るいだした。

 やっぱり、とクロンは心の中で呟き、静かに長いため息を吐き出した。

 あの男は、お得意先であるユゼに頭が上がらないのだろう。木材として最も価値のある回路や樹皮を買っていくのは琥珀技師しかいないのだから。

 それに、ユゼ老人は偏屈だ。上手く媚を売っていかねば商売にならない。回路をただの木材として売るわけにはいかないのだ。

(やっぱり、村以外の人間は好きになれないや)

 まだやって来て二日目だと言うのに、ゼッキやガブル爺さん、ヨリデ村のみんなが恋しくなる。

 それに、リーエもだ。彼女は今頃、この街のどこかで仕事をしているのだろうか。

 ……などと考えていると。

「クロン!」

 弾かれたように、クロンは肩を震わせた。

 振り返ると、今にも泣き出しそうな顔をした幼馴染みがそこにいた。

「リーエ!? 良かったあ! 無事だったんだ!」

 二人は引き合うように手を取り合い、手を繋いだままくるくると飛び跳ねた。

「クロンってば、いつまでも寝てたもんだから心配しちゃったじゃない!」

「何言ってるんだ。キミの方こそ、役人に捕まったって聞いたからどれだけ心配したことか」

 すると、リーエは途端に暗い表情になり、ピタリと飛び跳ねるのを止めた。

 不安に思ったクロンは、眉根を寄せてリーエに問いかけた。

「……ねえ、一体何があったの?」

 リーエは慌てて手を振って否定した。

「ううん。別にどうってことないけど……その、事情訊かれたりとか、色々なことがあって、頭が整理し切れなかっただけ」

 その時初めて、リーエの首にもあの首飾りが着けられていることに気付いた。当然ではあるが、クロンはユゼの言葉を思い出し、心が傷んだ。首飾りは二度と外せないのだ。

「ごめんよ、リーエ。キミを巻き込んじゃって」

「何で、あなたが謝るのよ?」

「だって、元はと言えば、ぼくが決めたことにキミが付いてきたんじゃないか」

 リーエはクロンの額を指で小突いた。

「ばか。あたしが決めたことなんだから、そんなこと気にしなくていいのよ!」

 クロンは額を押さえながら、申し訳なさげにはにかんだ。

「ところでリーエ、キミはどこに住むことになったの? あの地下?」

 矢継ぎ早に尋ねると、リーエは急に落ち着かない素振りを見せた。

「えっと……ごめんなさい。実は今、そんなに時間がなくて、詳しく話している余裕がないの」

 どうやら彼女も仕事の最中らしい。邪魔をしたら、先程の木こりのように鞭で叩かれるかもしれない。

「分かった。なら、時間が出来たら朝市で会おうよ。そこでなら毎朝会えそうだから」

「うん。……じゃあ、また。元気でね、クロン」

「う、うん。リーエこそ気をつけて!」

 ――元気でね。

 まるでずっと会えなくなるかのような、遠くに行ってしまうかのような言葉に、クロンはより不安になった。

 それでも――。

 ルニの都から出られない限り、リーエはここにいるだろう。あの、首に付けたペンダントがある限り、リーエはここにいられるんだ――。

 あまりいい期待の仕方ではないが、今はその、忌ま忌ましい爆弾に賭けて祈るしかなかった。

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