#24:空に咲かせる花

 初日の勤務は早々と切り上げられた。

 工房の人手が増えるということは今までに無かったらしく、ユゼにとっても寝耳に水だったらしい。

 とは言え、役所で決定したことには絶対に従わなければならないので、ユゼは準備のためにとクロンを追い出した。

 ああ見えて、実は優しい人ではないだろうか、とクロンは思った。きちんと説明もしたし、ああ言ってはいるが、弟子を取ることにも満更ではないようだ。

 琥珀工房は、ルニの都の中でもユゼ老人の一軒しかなく、クロンがここへ来る時通った工場では、無人で稼働している上に簡単な機械しか生産出来ないのだと言う。

 ユゼが作るものは主に複雑な機構を持った機械や、オーダーメイドが殆どだ。例えば、飾り気のない単純な琥珀灯程度なら工場で統一規格のものを生産するだけだが、形状や装飾、機能が違うモノに関してはユゼが引き受けている。このことを知ったクロンは、実は大変な仕事に就いてしまったのではないか、と内心打ち震えた。

 だったら、他の仕事はどの程度のものなんだろう。市場で働く他の人を観察すれば、自分の立ち位置も解ってくるかもしれない――そう考えたクロンは、日没までの僅かな時間を市場で過ごすことに決めた。


 市場へ足を運ぶと、朝とは全く異なる店並びになっていた。食事処が多かった朝に比べ、今は雑貨や日用品、衣料品を取り扱う店が多く感じられる。

 きっと、交代制なのだろう。空いた時間で別の所から仕入れたり、生産を行っているのかもしれない。

 ……などと考えながら歩き回っていたクロンは、立て看板に「種屋」と書かれた露店の前で自然と足を止めた。

 種はヨリデ村でもなかなか仕入れて来ない品だ。看板に掲げて売るというのは珍しい。通りすがった買物客たちも、いつしかちょっとした人だかりとなって集まっていた。

 店主は、ちょうどミュカと同じぐらいの年頃の少女だった。短く切り揃えた金色の髪は、陽に輝いて一際目立っている。彼女は紙で作った扇を武器のように構え、実に愉しそうに抑揚を付けて声を張り上げた。

「さあさ、見てらっしゃい、寄ってらっしゃいな! 本日入荷の目玉商品! 空に咲かせる花は、この種屋でしか売ってないよー!」

 空に咲かせる? 一体どうやって?

 うっかりおもてに出てしまったのだろう、少女は食い入るように身を乗り出し、クロンに迫った。

「疑心暗鬼かい!? まあ、そうだろうねえ。

 でも、そこまで疑うのなら仕方ない! 今日はお披露目に一発、どどんと打ち上げてやろうじゃないか!」

「う、打ち上げる!?」

 と、疑問に思うのも束の間、少女は、小指の先ほどの小さな種を何やら頑丈そうな太い竹筒にパラパラと入れ、底から伸びる紐に火を点けた。

「皆々様! びっくり仰天して腰抜かすんじゃないよ!」

 少女は手早く耳栓をして、筒を真上に構えた。

 何やら尋常じゃない雰囲気に、クロンを含んだ初見の見物人たちは一斉に耳を塞ぎ、その場から数歩下がる。

 紐が焼き切れると同時に鋭い破裂音が大気を震わせ、市場中を騒がせた。役人達が何事かと駆け寄ってきたが、それよりも早く、竹筒から飛び出した「何か」が皆の注目をかっさらっていった。

 いったい何時の間に大きくなったのだろう。拳ほどの大きさをした蕾が三つ、がくを丸鋸のように回転させ、空中を漂っているではないか。

 少女は指を折り、三つ数えた。

 すると、蕾は弾けるように一斉に開き、虹色に煌めく透き通った花弁がゆらゆらと舞った。

 誰もがその美しさに大口を開け、花が完全に落ちて来るまで静かに見守った。役人ですら、例外ではなかった。

「……さてさて、間もなく夕暮れと相成りました。店じまいになる前にお一ついかがですかな?」

 ひと呼吸の後。見物客の大半が我先にと紙幣を片手に殺到した。

 買わずに黙って去って行くのは、やはりクストス達だった。

(富裕層狙いの商品か。面白い花だけど、ぼくにも縁がなさそうだな)

 今の見世物ですっかり当初の目的を見失ったクロンは、帰路に着くために市場を去った。

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