#22:琥珀工房

 身支度を整えたクロンは、中央区画にある繁華街に赴いた。

 繁華街には朝市が開かれていて、肉と魚の新鮮な匂いが漂ってくる。どこか懐かしい匂いだ。

(そういえば、昨日の晩から何も食べてないや……)

 腹の虫が治まらないクロンは、しばらく思案した後、なけなしの金を使って朝食を食べることに決めた。

 数ある屋台から選んだのは、最も安価で腹持ちのいい「挟み飯」だ。つややかな黄金こがね色に輝く小魚の佃煮を、平べったく円形に延ばし、カリカリに焼き上げた米餅で挟み込んである。それを口いっぱいに頬張ると、佃煮に含んだ香辛料が舌を刺激し、辛さの後にすうっとした、爽やかな感覚が突き抜けていくのだった。

 その味には覚えがあった。確か幼い頃、シラがうっかり朝食を作り忘れ、みんなで朝市へ行った時に食べたものだ。

(懐かしいな……。少しずつだけど、ここにいた時の事を思い出してきた。あの時はキナもまだ、乳飲み子だったっけ)

 などと感傷に耽っていると、約束の時間が迫ってきた。クロンは荷物を背負い直し、活気あふれる市場を通り抜けた。


 市場の裏手には閑静な区画があり、そこに古びた琥珀工房があった。

 そっと戸を押すと、優しい鐘がカラコロと音を立てて開いた。森を思わせる木の香りがクロンの緊張をほぐしてくれる。

「お邪魔します」

 店内には色とりどりの琥珀灯が吊り下げられていて、どれも眩しい程に部屋中を照らしている。

 棚にも、琥珀の力で動く携帯炉や手提げ灯、からくり人形なんかが所狭しと置かれていて、いずれも琥珀の動力で動くということを改めて知らされた。

「客か? 店はまだ開いておらんぞ」

 床板を軋ませて現れたのは、気難しそうな表情をした人間の老人だった。痛そうなぐらいにトゲトゲとした白い無精髭を顎に乗せ、身体からはヤニの匂いだか加齢臭だか分からない苦い臭いを放っている。

「あなたが、ここのご主人ですか?」

「見れば分かるだろう。わしはユゼと言う。そういうお前は誰だ?」

 クロンは役所で貰った地図をユゼに差し出し、軽くお辞儀をした。

「クロンって言います。今日からお仕事で来ました」

 ユゼは汚れた手袋をもどかしそうに外して地図をひったくると、眼鏡をかけて遠目に蜜蝋印を眺め、それからクロンへと視線を移した。

「弟子は取らんと言ったのだがな」

「ぼくは役所の指示に従って来ただけなんです」

「馬鹿言え」ユゼはクロンに地図を突き返した。「適性があったからだろうが。そうでなけりゃこの仕事には就けん」

 ユゼは役人に言われたのと適性結果は違う、と言いたいようだった。

「来い、犬っころ! まず基本知識のおさらいからだ」

「は、はい!」

 二人は奥にある作業部屋へと移動した。表の明るい店先と違い、暗く、冷たい感じのする部屋だ。機械を扱うというのに仰々しい音を立てる機械は一つもなく、むしろ静かに思える。

 ユゼは自分の作業机の隣にもう一つ椅子を置き、そこにクロンを座らせ、自分はいつもの椅子に腰掛けた。

「良いか、琥珀とは我々の生活を支える資源であり、万物の力を生み出す源だ。そのぐらいはお前でも知っておろう。では、何に使われているか言ってみろ」

「は、はい。……ええと、琥珀灯を灯すための燃料と、あらゆる機械を動かす機関の動力源になっています」

「そうだ。琥珀は力の源だが、実際に力を引き出すには回路が要る」

 クロンは、少しばかりこの講義に興味を持ち始めた。

「回路って、あの機械樹コルボルの……? 一体どうやって手に入れるんですか?」

「もちろん、伐り倒すに決まっておろうが」

 クロンはぽかんと口を開けた。

「あんな大きな木を!?」

「だが、そいつは木こりどもの役目だ。わしらは資材置き場から必要な回路を買い付けるだけで良い」

 そう説明しながら、ユゼはゴチャゴチャした机の上から樹皮と木の塊を幾らか引っ張り出してきた。クロンはそれらを一つずつ手に取り、まじまじと観察した。同じ模様の回路などひとつも無かった。

「樹皮と塊は、何か役割が違うんですか?」

「その通りだ。少しはマシな捉え方が出来るようだな。

 いずれも記録する力を備えておるが、それに加えて樹皮には感覚的な伝達をする機能、幹には琥珀の力を伝達する機能を併せ持つのだ」

 クロンは、首に付けた首飾りの板を撫でた。

「ここに埋められているものは樹皮だから、何かを感覚的に伝えているってことですか?」

「そうだ。お前の脈や鼓動、現在位置を取得しておる。記憶部分ではお前の出身地や年齢などの情報だ。……役所で言われただろう。外してはならんと」

 クロンは躊躇うようにゆっくりと頷いた。

「確かに、言われました」

「マテルの管轄外に行くと、中の樹皮が瞬時に腐り、琥珀を起爆させる。首から外した場合も同じだ」

 クロンは息を詰まらせた。

「何で、そんな機能を……」

「そんなもん、クストスを逃がさないために決まっておろうが!」ユゼは吐き捨てるように言った。「余計なことを尋ねる余裕があるなら、お前には資材置き場へ行ってもらうぞ、犬っころ!」

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