第3章 3

 それから寝るまでの間のことはあまり覚えていない。

 午後授業が何だったのか、帰りのホームルームで先生が何を話したのか、放課後はどうしたのか、どうやって学校から帰ったのか、晩御飯のメニューは何でどんな味だったか、何時に寝たのか、その他もろもろ。

 もちろん、うすらぼんやりと頭の片隅には存在しているような気がするけれど、それには靄がかかっているようで、まるで自分の記憶のようには思えなかった。

 翌朝、目を覚ましたわたしは、昨日とは違う意味で体を起こしたくなかった。ただ単に学校へ行くのが億劫なのではない。何の変哲もない日常に嫌気がさしているわけでもない。わたしの知らないところでクラスメイトがやり取りをして、みんながわたしを避けている。学校に行きたくない、行きたいはずなんかない。どんな顔をして登校すればいいの、ハブにされているのに。

 ハブはハブでも、中心という意味のハブならよかったのに。というか少なくとも、先週まではクラスの中でも中心にいられていたはずだ。それが土日を挟ん昨日、みんなにハブかれていた。この土日にしたことと言えば、土曜に彼とデートをしたくらいのものだ。やましことは何もしていない。

 しかし、それでもわたしは立ち上がった。負けていられない。頑張れ、わたし。

 話せばわかる、そう思った。過去の総理大臣には、話せばわかると言ったら射殺されてしまった人もいるらしいけれど、みんながみんなそういう人なわけじゃない。少なくともわたしのクラスメイトは、いい人ばかりだ。たしかに、気に入らない人もいるし、男子なんかはガキだななんて思ったりもするけれど、それはあくまでわたしの主観であって、その人の本質ではない。自分で言うのもなんだけれど、わたしは周囲を冷静に見ることができる人間だ。わたしから見て、話が通じないような人はクラスにいないと思う。

 わたしは自分の頬を両手でぴしゃりと叩く。切り替えていこう。

 今日はいつもより早く家を出た。お弁当はいらないと親に伝え、駅の近くのコンビニでおにぎりを買う。

 学校についたのはいつもより二十分ほど早かった。さすがにこの時間に到着していれば教室にも一番乗りだ。みんながわたしを避けているのだとしたら、みんなが教室にいる中には自ら入りづらい。でも、先に教室についていたら、もうわたしは教室から出られなくなる。どうしても逃げたくなるだろうから、逃げられない状況に自分を持っていけばいい。大丈夫、わたしはきっと強い子だ、そう自分に言い聞かせる。

 わたしは机に顔を伏せる。寝てしまおう、と思った。そうすれば、みんなにどう思われていて、自分がどんな顔をすればいいのか、考えなくて済む。

 しかし、そう思ってもなかなか眠れるものじゃない。いや、こんな状況で眠れるはずなんてない。わたしは机に伏して目を閉じたまま、寝ているふりに徹した。

 わたしが動いたのは昼休みだった。いつも一緒に食事をとっている子たちに近づく。位置的に彼女らの背後から近づく形になってしまうけれど、わたしにとってはそっちのほうがいいかもしれない。あと五メートルというところまで近づくと、その気配に気づいたのか最初は二人が振り返り、それから全員がわたしを振り向く。わたしはそれに対して、少し怖気づいたが、もう後戻りはできないと気を引き締める。

 いつもは言葉なんかすらすら出てくるのに、今日に限って口の中でもごもご言ってるだけで、声として表現できない。

「あ、あのさ……」

 やっとそこまでひねり出したところで、この集団のまとめ役である女の子が立ち上がる。

「いいよ。ちょっと外に出よう」

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