第3章 2

 確信を抱いたのはその日のお昼だった。朝の時点で違和感を覚えてはいたけれど。

「おはよ」

 わたしは毎朝、目についたクラスメイトには挨拶することにしていた。人によっては、仲のいい子同士じゃないと挨拶を交わさないなんて人もいるけど、わたしは違う。クラスメイトであるからには、教室に入れば必ず一回は顔を合わせるわけで、それなのに挨拶すらしないのはなんとなく気持ち悪いし、気まずい。そっちのほうが人間関係も円滑になるしね。普段はあんまり挨拶とかをしない子たちも、わたしが挨拶をすると、挨拶を返してくれたりすることもあった。

 でも、今日は違った。

 わたしが挨拶をしても、誰ひとりとして返してくれる人はいなかった。とはいえ、登校するときに会ったクラスメイトは三人だし、聞こえなかったのかな、くらいに思っていた。無視をされるようなことをした覚えはない。ただそれは、わたしの中にちょっとした違和感として残った。

 わたしはいつも、教室には三十分くらい早めに到着するようにしている。クラスの中では早いほうだ。朝のホームルームが始まる十分前くらいになると、それまでまばらに埋まっていた机も埋まりだす。みんなぞろぞろと教室にきては座席に座る。そのあいだも、わたしは誰からも話しかけられることはなく、ひとりで座っていた。

 たまにはこんなこともあると、そう思っていた。いや、思うことにした、と言ったほうが適切かもしれないけれど。誰からも相手にされていないなんて、認めるわけにはいかなかった。

 しかし、もしかしたら避けられているのかもしれないという疑念は、どうしても抱かざるを得なかった。そうして、そのちょっとした疑念はわたしの中でどんどん膨らんでいき、それは恐怖としてわたしの身を縮こまらせた。そんなはずはない、とはどこかで思いながらも、客観的に事実だけを見たときに、避けられている可能性は決して低いものではなかったから。

 なにか確定的な根拠はないけれど、逆に言えば、避けられていないという根拠もない。そういう宙ぶらりんの状況だからこそ、避けられているかもしれないという考えは、いっそう恐ろしく感じられた。見えないものへの恐怖。見えないからこその恐怖。それはわたしの思考を悪いほうへ悪いほうへといざなう。せめてもの救いは、避けられるようなことをした覚えがないことだ。みんながわたしを避ける動機がない。

 一時間目、休み時間、二時間目、休み時間、三時間目、休み時間、四時間目……。

 ひとりの時間が多くなっていくたびに、わたしの考えはどんどん強くなっていく。信じられない、避けられているなんてあるわけない、という心の中の希望は、ただがらんどうの大きな空洞の中でむなしく鳴るだけで、誰にも届かないし、何の意味も持たない気がした。

 昼休みに入ったけれど、それでも、状況は何ら変わらない。話しかけてくる人もいないし、自分から誰かに話しかけることもないので、ただひとりでお弁当のふたを開ける。

 まさか、いや、でも、そんな……、なんていう思考にもならない思いがグルグル頭の中を巡って、何が何だかわからないながらも、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。これが恐怖からくるものなのか、あるいは何かよくわからないものに緊張しているのか、自分でも全く判然としなくて、より一層混乱する。お弁当の卵焼きを口に運ぶ手がフルフルと震えた。

 誰かがみんなに指示して、わたしを無視しようと示し合わせているのだろうか。

 そう考えても、わたしはこれを「いじめ」だなんて思うことはなかった。それどころか、頭の片隅にすら浮かんでいなかった。なんかのドッキリだろう、わたしを驚かすための手の凝った仕掛けだろう、くらいに思っていた。

わたしはふと思いついて、箸をおいてトイレに駆け込む。スカートのポケットからスマホを出し、LINEを起動させる。

 LINEにはグループを作成して、数人あるいは数十人でメッセージをやりとりする機能がある。わたしたちはクラス単位でグループを作っている。もちろん、なかにはスマホを持っていない人もいるけれど、少数派だ。スマホを持っていればLINEはしている。つまり、クラスのほとんどがLINEグループに入っているということになる。

 昨日と一昨日は土日で学校がなかったわけだから、みんなが口裏を合わせるのは学校の外だ。学校のない日にクラスのほとんどみんなとコミュニケーションをとれるツール――LINEでわたしに対する何らかの言及があった、そうわたしは考えた。

 女子トイレの個室に入り、画面を見る。そのまま起動させたLINEを操作し、グループのトーク画面にする。

 わたしは目を疑う。

 画面には、友達がわたしをグループから退会させたという内容が記されていた。

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