二つ目の鉢:お祭りの用意 2

 スキュリナィという出っ歯が可愛い女の子の友達は(呼び捨てでいいと言われた)、グリレス、という名前の少女らしい。

「いっくら叫んでもダメなんだよねぇ」

 と嘆くスキュリナィの言う通り、僕も何度かグリレスの家に向かって大声をあげてみたけど、うんともすんとも反応がない。なんだか心配になってくる。

「大丈夫なの?」

「毎年こんな感じだから」

「……熟睡、だね」

 扉にはもちろん鍵がかかっているし、カーテンが閉められていて中は見えない。

「いつだったかドアを壊して入ったんだけどさ、そしたら修理を手伝わされて」

 あははと朗らかに笑う少女に、僕は顔を引きつらせる他ない。と同時に、やっぱり笑顔を見ればいいわけじゃないんだ、と仕事の内容を再認識。もちろん僕としてもグリレスを起こして、スキュリナィに喜んでもらいたいし。

 疲れた僕達は、野原に座って少し休憩。そよ風が気持ちいい。べこべこに歪んだフライパンが僕らの苦労を物語っている。

「ねえ、どうしてこんなに頑張って起こすのか聞いてもいいかな」

「それはねー、お祭りがあるからなんだよ」

「お祭り?」

 うん、とうなずいてニコニコしたままスキュリナィは“お祭り”について教えてくれた。

「みんなでねぇ、暖かくなったバンザーイ! ってお祝いするんだ」

「へえ……」

「まっ、暑くなっても寒くなっても、節目節目でお祝いするんだけど。でも寒さが明けた時のお祝いは、いちばん盛大にやるんだよ」

 おもしろいなぁ。僕も暖かい方が好きだ。

「まだお祭りまで時間はあるんだけど、ギリギリに起こすと大変だから」

「みたいだね」

 僕達は顔を見合せて、どちらからともなく笑った。

「さぁて、もういっちょ頑張りますか!」

「うん。あ、でもちょっと待って! 少し作戦を考えよう」

「作戦?」

 このまま無闇に騒いでも疲れちゃうだけだ。フライパンもそろそろ壊れそうだし。

 座り直したスキュリナィに見つめられるのを感じながら、僕は何かいい方法はないだろうかと思案する。

「スキュリナィ、今まではどうやってグリレスを起こしていたの?」

「ええっとね……」

 眉間に皺を寄せて、彼女は指折り挙げていく。

「ドアを壊したのが一回でしょ、煙突からラッパを吹いたのが二回くらい、それから家の前で木屑を焚いたのが一回に、ええと……」

「燻製にするつもり? ――」

 自分で言って、思い付く。

「それだ!」

 スキュリナィが目を真ん丸にして僕を見る。

「えっ、グリレスを燻製にしちゃうの?!」

「違う違う。ねぇ、グリレスってどのくらい眠っていた?」

「んー……五ヶ月くらい、だったかなぁ……」

 よし、うまくいくかもしれない。これは我ながら、なかなかいいアイディアだぞ。

 僕は立ち上がり、まだ怪訝そうな表情のスキュリナィに言った。

「パンケーキを焼こう!」と。


 早速僕達は材料と道具を用意して、グリレスの家の前で火を焚いた。

「大丈夫かなぁ」

 半信半疑といった様子のスキュリナィ。僕もちょっと不安になるけど、失敗したって問題はないさ。そしたらもう一回考え直せばいいんだし。

 新鮮なミルクと卵と粉、それからスキュリナィが持ってきてくれた何種類かのナッツ。

 ……このナッツを探すのにも一騒動があった。地下にしまっておいたはずの木の実、なんでもスキュリナィはそのしまった場所を忘れたらしいのだ。

「えへへ、あったよー」

 なんて言いながら両手いっぱいの木の実を持ってきた彼女は、顔からエプロンからすっかり泥だらけだった。もちろん洗ったし、着替えたけれどね。

 そんなこんなで、べこべこのフライパンでパンケーキを焼く。ふつふつと穴が空いてきたら、ひっくり返すのは僕の役目。

 いい匂いが辺りに満ちていく。それをグリレスの家に向けて扇ぐのがスキュリナィの役目だ。

 五ヶ月も何も食べずに眠っていたんだもの、それは誰だってお腹が空くでしょう?

「ああ〜、わたしもお腹が空いてきた」

「そうだね」

 僕も食べたい。けど僕より彼女の方が先に限界がきたらしくって。

「もぉー! 早く起きてよグリレスー! 焼きたてを食べたいじゃないかー!」

 すると、

「……うにゃ……」

 ずっと沈黙していた扉が、開いた。寝間着姿で目を擦る少女がひとり。この子が――

「グリレスっ、おはよー!」

 団扇を放り出し、スキュリナィが元気に手を振った。

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