二つ目の鉢:お祭りの用意 1

 あれから何日が経ったのだろう。そもそもこの街に昼夜の概念というものはないのかもしれない。いつだって外は青空で、明るい。

 それじゃあ眠らないかといえば、そういうわけでもない。ソルさんはたまにカウンターで昼寝をしているみたいだし、僕とルナさんも常に動き回っているのでもないし。というか……暇だ。

「お客さんは来ないんですか?」

 かつて聞いたことがある。花を咲かせるという僕の仕事はソルさん曰く『時期が来るまで』ないらしく、それ以外に僕らがすることといえば咲いている花を眺めたり、日向ぼっこをしたり。

「来ないよ」

 気怠げに頬杖をつく店主の回答は実に簡潔だった。ならどうして花屋、と僕が二の句を継げずにいると、例によって補足してくれたのはルナさん。

「この街で“花屋”と呼ばれているから花屋なのであって、うちの花を買えるひとなんていないんだわ。ここの花は枯れたりしないし」

 水を遣ったり世話した記憶も確かにない。つくづく不思議な場所だなぁと思う。僕自身、ずっと起きていてもそこまで眠くならないし、何も食べなくたって飢えを感じないことにも気付いた。……そうそう、でもおやつとして、僕は砂糖一欠片をよく舐めている。ソルさんが瓶入りの角砂糖をくれたんだ。

 それで話を戻すと、僕はとにかく時間が有り余っていて。こういうのを開店休業状態っていうのかな。まぁ街の中は何回散歩しても飽きないからいいけどね。


 そんなある日。ついにソルさんが、僕に仕事が入ったことを告げた。

「今度はいくらか暖かいと思うよ」

 愉快そうに言って立ち上がる。前回、報告らしい報告もしなかったのに。僕は鏡の前で、近寄って来たソルさんを見上げた。

「君は出来ることをすればいい。良いね?」

 若干の戸惑いを感じながらうなずく。ソルさんって本当に何者なんだろう。全然見知らぬひとという気は、初対面の時からしなかった。

「気を付けて行ってらっしゃい、なんだわ!」

 銀粉を振りまいてルナさんが飛ぶ。気分が高揚すると宙返りしたくなるのだろうか。

 鏡に向き直り、肩に手を置かれる。

「鈴の音が――」

「帰る合図、ですね」

「その通り」

 真剣な目をした、癖毛の少年がいる。あ、と思った時には押し出されていて。

「それではピエリス――アド・マイオーラ」

 今回もこの格好で行くのかな。上着が欲しい、かも――。



「起っきろー!!」

 いきなり耳に飛び込んできたのは大きな声と大きな音。目に入ったのはガンガンとフライパンをお玉で叩いている、栗色の髪を二つに結った女の子。歳は僕と同じくらいかな。

「起っきろ起きろ、起っきっろー!!」

 ガンガンガン。

 僕は両耳を押さえながら、とりあえず寒くないことに安堵する。これくらいなら我慢できる。それに、明るい野原だというのも嬉しい。

 首をすくめて女の子の方に近づいてみる。剥き出しのふくらはぎを撫でる草がくすぐったい。

「あのっ」

「わたしが起こしてあげてるんだぞー! ひとりでお祭り行っちゃうぞぉー!」

 ……聞こえてないみたいだ。僕は目一杯に息を吸い込んで、

「あのっ!!」

 叫んだ。するとガンガンという金属音が止んで、女の子がびっくりしたようにこちらを見る。思ったより大声が出て焦る僕だったが、とにかく怪しい者ではないのだと慌てて頭を下げた。

「こっこんにちは。僕、ピエリスっていいます」

「あいやぁ、びっくりした〜。あっ、わたしはスキュリナィ。よろしく!」

 にぱっ、と笑った彼女は前歯が少し出ていて、それが可愛いなと思った。

 それにしても彼女は何をしていたんだろう? 萌葱色のエプロンをつけているから、料理中……には見えないものね。

「きみ、暇?」

 色々考えていたら、あっちから声をかけられた。

「え?」

「良かったら手伝ってくれない?」

 お玉が示した先には、こんもりとした土の山。と思いきや、木の扉と小さな窓、それに煙の出ていない煙突がついている。家?

「ええと……」

「わたしの友達を起こすのを手伝って欲しいんだ」

 どうやら次の仕事が決まったようだ。

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