第3話 店主さまの友人

「で、薫さん、いつ頃くるん?」

「勿論今日来るよ。お客さんが来る前に整理してもらわないと拙いだろ?」

 さらっと仰る眞琴さん。こんな人を友人に持った不運な薫さんに、心の中で手を合わせておく。


 薫さんは、眞琴さんの高校時代からの友人だ。大学は僕らと同じだけど、文学部な眞琴さんや経済学部な僕とは住む世界が違う。

 何と薫さん、医学部なのだ。こんな所でバイトさせられるようなご身分じゃない、と思うんだけどね。


「おーい、来たわよー」

「おや、噂をすればだね」


 にっこりと笑った眞琴さんが、入り口に足を向ける。何となくつられて付いていく——薫さんの為に『奥』は塞がないまま——と、件の薫さんが入ってくる所だった。


 さっぱりと切った黒髪も知的なクールレディ。薫さんを表現するならこれが1番だろう。顔立ちは普通なんだけど、大人っぽい。いかにも頭良さそうな空気醸し出してるし、達観している感じ。まあ、僕はおいそれとは手が出ないね。


 でかくて重たげなバックを肩に提げた薫さんは、眞琴さんを認めて口を開いた。女性にしては低めの声が、暗い店内に響く。


「ひと月。うん、予想通りだけど。……少しは自分で片付けなさいよ」

「あはは。面白いね、薫。私が整理整頓出来ない事を知ってて言う?」

「……威張る事じゃないでしょうに。私だって暇じゃないのよ?」

(ですよねー……)


 思わず目を逸らす僕。それを見咎めたらしく、薫さんの冷たい声が僕を呼ぶ。


「嘉瀨君? 貴方ここの店員でしょう。この女性として致命的な欠点を持つ眞琴を、貴方がカバーしなくて誰がカバーするのよ」

「おや、随分と古風な意見だね。女は家事をするのが仕事だって?」

「私がそんな主張をしても意味ないでしょうけど、そういう意見の男性の方が多いわね。そもそも、眞琴の整理出来なさは、性別問わず社会人として恥ずかしいレベルだから」

「うわざっくり」


 思わず合いの手を入れてしまった。それを聞きつけてこっちに向き直った薫さんに、愛想笑いを返す。


「えーと、すみません。実は僕も整理は苦手な方でして」

「……駄目人間2人で良くお店を運営出来るわね。世の中って不思議」


 ふう、と溜息をついて歩き出す薫さん。何だかんだ言ってもちゃんと片付けてくれるのだ。なんと人の良い。


「全く……片付けのバイトなんて聞いた事ないわよ。眞琴くらいだわ、こんな事を私に頼むの」

「そりゃあ薫に頼みたいのは勉強指導だろうね、普通の人は。でもほら、私勉強は出来る方だし?」

「はいはい。だったら代わりに試験受けてくれる? それなら何も言わないんだけど」

「それは勘弁して、本当に」


 即答する眞琴さん。僕も思わず頷いてしまった。医学部の試験受けるのは無理、まず無理。ものによっては8割近く落とす試験とか、怖すぎ。


 この店の本当のバイト店員、薫さん。彼女の仕事は『奥』の本の整理だ。整理整頓できない僕達に代わってやってくれる奇特な人。ついでにと『表』の本まで整理してくれるんだから、本当に人が良い。


 けれどこの人、ぶっちゃけかなりの天然さんだと思う。


「じゃあもう少し整理整頓が得意な人を雇いなさいよ。何で嘉瀨君だけなの?」

「少数精鋭がこの店のモットーでね。それに、整理整頓出来る人の方が少ないんだよ」

「はあ? ただ本を整理するだけでしょ、普通出来るわよ」

(……これだよ)


 こっそり溜息をつく。うすうす気付いちゃいたけど、 薫さん、 やっぱりうちの売り物の特殊性に気付いてない。


 当たり前のように魔術書に手を伸ばしてはてきぱきと整えていく——僕には魔法に見える——薫さんだけど、普通の人がこれをやったらまず死ねる。いや死にはしないかもだけど、魔力に当てられて頭ぱーん! ってなる、らしい。いや、実際に見た事無いから、眞琴さんの言葉を信じるならだけど。


 魔術書や魔導書ってのは、魔術をとことん探求した結果ちょっと頭いっちゃってるんじゃないのこの人、みたいな魔術師さん達が書くもの。そんなアブナイお歴々は、魔力の波動も特殊。意識的だろうと無意識だろうと魔力の波動を漏らしている人じゃないと、その影響をもろに受けてしまう。そらまー、頭ぱーん! ってなってもおかしくないよね。


 そうならない、つまりは魔力を持っている人なんてそうそういない。薫さんはレアなお人なのだ。

 しかもこの人、多分結構魔力ある。僕とそんなに差がないんじゃなかろうか。つまり、使おうと思えばかなり魔術使える。


 そんな人って、大体何かが視えたり聴こえたりする筈なんだけど。少なくとも、自分が「フツーじゃない」自覚くらいはあるものなんだけど。薫さんにはさっぱりきっぱり無い。勘付く気配すら無い。


 つまり、フツーじゃないレベルで薫さんは天然だってコト。


(あ、だから眞琴さんと仲良いのか。類は友を呼ぶ的な——)


「涼平?」

「何でもないです」


 しまった、心を読まれた。確かにちょっと気を抜いてもの考えてたね。……だからといって隙ありと言わんばかりに心を読む眞琴さんもどーかと思うけど。


「何2人で通じあってんの、ノロケ?」

「ぶっ!?」


 そこに薫さんのヘビーブロー。いや待って、それない、ないから。何故にさっきのどこか緊迫したやりとりをノロケと取れるよ。やっぱ天然で確定か。


「確かに私と涼平は特別な絆で繋がっているけど、ノロケではないよ。薫に頼むのは、薫がとても優秀で頼りになるからさ。友人に頼むのが1番安心だろ?」

(ええ特別な絆ですとも、魔女と魔術師見習いとして強制的に結ばされた契約はね。魔術的にがんじがらめにされたのは何も知らなかった若かりし頃の僕ですとも、ああ知らないって怖いなあ)


 全く、読まれないようにした心の中で言う事しか出来ないのが辛い。眞琴さんに面を向かって言えない僕はチキンである。


「……またそういう見え透いたお世辞を言って誤魔化そうとする……」

 呆れたように言う薫さんだけど、さっきまで浮かべてた厳しい表情は消えていた。地味に嬉しかったらしい。こういう所は素直に可愛い。


 とか言っている間に、『裏』の整理は終わった模様。こんなに早く整理し終わるとか、特殊技能じゃなかろうか。


「嘉瀨君や眞琴が下手なだけよ」

 僕の褒め言葉にはこの冷たいお言葉。友人の褒め言葉は素直に……ではないけれど受け取ってたのに、この扱いの差はどうなの。


 そして『表』もさくっと片付けた薫さんは、時計を横目に急ぎ足で帰って行った。他にもバイトがあるらしい。大変申し訳ない。

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