第2話 僕の職場と店主様

 中型バイクを飛ばす事およそ20分。大学から然程遠くない場所で、僕はヘルメットから頭を引き抜いた。


(そろそろバイクだとあっついな。ヘルメットって、本当にめんどい)


 心の中で愚痴りつつ、バイクをガレージに駐める。他人様のガレージだが、何故か2台止められるだけの広さがあるのだ。ガレージの所有者もさして気にしないタチだから、遠慮なく止めさせてもらっている。防犯上、路駐は嫌だしね。

 ガレージの戸締まりをきっちりとして——これを怠ったらガレージに駐める意味がないし、持ち主に半殺しにされかねない——、隣の建物に足を踏み入れる。


 宣伝する気があるのかすら怪しい質素な佇まい。何の変哲もない、どこにでもあるような店舗の入り口には、『バームウィプフェル書店』と書かれた看板。いつもの事ながら、何でわざわざドイツ語にしたんだか。普通に梢書店で良いだろうに。しかもカタカナとは中途半端な。


「どもー」

「ああ、来たね。授業お疲れ様」

 声をかけつつ中に入ると、薄暗がりの奥から返事が返ってくる。そちらに目を向けつつ、一応ツッコミを入れておく。

「そっちは授業なかったん?」

「おや、君がそれを聞くのかい? 私が文系で、単位もかなり資格で消していると知っている君が」


 私は時間に余裕があるんだよ、と平然と仰る彼女。しかもこれ、事実なんだから空恐ろしい。全く、これだけ暇になれる程の資格を取ってる大学1年生って何だろうね。


「あーはいはい。僕と違って優秀ですよ、貴女はね」

「貴女だなんて、随分他人行儀な呼び方じゃないか。いつものように呼べば良いのに」


 くすっと笑うその笑みに、一瞬見惚れてしまう自分が憎い。この人のこれは意図的なものだと分かっているのに、それでもそのハンサムな笑みに惹かれてしまうのだ。しかも狙ってやってんだから、全く質の悪い。


「はいはい。それで? 眞琴まことさん。今日はお客さん来そう?」

 けどそれを素直に認めるのも癪だから、僕はそれだけ言って足を進める。ようやく暗い店内に目が慣れた、というのもあるけどね。


 見渡す限りの、本、本、本。僕の身長よりちょっと低いくらいの本棚にぎっしりと分厚い本が置いてある。フツーの本屋にあるようなフツーのフィクションなんてない。どれも専門書の如く分厚かったり横文字だったりして、僕は手を出す気すら起きない。


「んー、どうだろうね? 1人2人、そろそろくる気がするけど」

 さらりと僕の後ろで発せられた返答に、再びツッコミを入れる。

「勘ですかい」

「勘だよ。滅多に外れない、私の勘だ」

「自信満々なお答えで……」

 溜息混じりに返して、僕は足を速めた。この人のペースに巻き込まれると疲れるから、さっさと取りかかるのが身の為だ。それをこの2ヶ月で学ばせてもらった。



 1番奥の棚に辿り着いた僕は本の1つに手を伸ばし、背表紙を撫でる。埃を取るような仕草だけど、これにはちゃんと意味がある。


 触れた本が、常人には見えない灯りを灯す。そのまま浮き上がった本を開くと、文字が独りでに溢れ出した。



「おや、今日も正解だね。本当に君は眼が良い」

「お褒めのお言葉を賜り何よりでして、とね」


 戯けた物言いで返して、文字に魔力を篭める。文字が光り、吸い付くように壁に配列された。


「えー、『オープン・ザ・セサミ』ー」

「……また何ともいい加減な」


 テキトーなかけ声をかける僕に、呆れ声の眞琴さん。良いじゃない、なんだって良いんだしさ。


「ちゃーんと出来てんだから文句言わない。ほら、『知識屋』の解錠だよ、店主様」


 僕の言葉に呼応するように、壁が溶けて消える。その先にあるのは、これまでよりも遥かに数の多い本の森。そして、この本達は僕がさっき触れたものと同じく、普通じゃない。


「売り物管理は大事なんだけど。涼平がこうもあっさりと開けてしまうと不安になるよ」

 しゃあしゃあと抜かす——この『開ける方法』を用意しているのは眞琴さんだ——のをスルーして、僕は奥へと足を踏み入れた。


 ここにある本は、『表』の本と違って限られた人しか手に出来ない。『表』の本は欲しがった人には大抵売る。そもそもああいう知識を欲しがる時点で『資格』があるんだ、というのが彼女の言だ。うん、それは納得出来る。だって読みたくないもん、あんな分厚い洋書。


 けどこの『裏』の本は、手っ取り早く力を手に入れられる為、欲する人が多い。だからこそ、こうやって隠す。


 眞琴さん渾身の魔術で作られたセキュリティ。開ける鍵は魔導書——魔力を篭めると魔術の発動する書——のみ。それを毎回普通の本に紛れ込ませては僕に探させるのだ。魔力を感じる特訓、らしい。どうも僕で遊ぶゲームの一環にしか見えないんだけどね。


「てか、この澱み具合酷くない? いつから手入れしてないっけ」

 見回せば、何だか本がごちゃついていて、それに付随して魔力が乱れている。かなり放置されているように見えてそう訊くと、さらっと答えが返ってきた。

「ん、前にかおるが来て以来?」

「わお、1ヶ月放置ってどーなの。その間にも結構お客さん来たじゃないか」

 流石に本気のツッコミを入れるも、眞琴さんは動じない。

「それは君にも言えるけど? 店員なんだから、君が整理したって良いんだよ」

「……あー。同類ですよね、僕達」

 あからさまに目を逸らす。何とゆーか、正規店員2人が揃いも揃って整理ヘタって拙いよねやっぱし。


(……それにしても、店員、か。この単語に慣れてる自分が怖い)


 改めて眞琴さんを見返す。背の高い彼女は、僕と大して視線が変わらない。顔を向ければそのまま目が合うので、何? とばかりに首を傾げられる。この辺りは普通の反応なのに、この人普通じゃないんだよなあ。ま、僕もだけど。



 ——ここは『知識屋』。どんな知識も取り扱います、これがうちのキャッチフレーズだ。



 ただこの店、何ともえらそーな事に客を選ぶ。『知識を得る資格』のある客にしか、『裏』の書物は——特に魔術書や魔導書は、売らない。どんだけ金を積まれようが脅されようが、駄目なものは駄目。そーいうスタイルだ。


 その見極めをするのが眞琴さん。この店の店主様。

 で、『表』の店員係と『裏』の新規お客さんの取り次ぎをするのがこの僕。


 ……そう。何とも驚く事に、この店は眞琴さんと僕の共同運営という事になっている。良いのそれで。大学生2人の営業する店って何。



 が、大学生だけで運営していようと、眞琴さんが身分の高そうな大金持ちの客に居丈高に「売らない」と言おうと、何の問題も無い。なぜなら——彼女は魔女で、僕は魔術師見習いだから。



 僕は眼が良い。といっても視力云々の話じゃなくて、昔からあらぬものがよく見えた。

 小さい頃はそれが視えない筈のモノって分からず、いちいち反応しては幻覚少年とかってからかわれてきたけど、幻覚じゃなくて本当に存在するモノだったとゆーわけ。

 フツーは視えないって分かってからは隠してたんだけど、僕みたいなイレギュラーが同じ大学にいるとは思わなかったよ。それも、僕より更に凄い人がねえ。


 僕より凄い人こと眞琴さんは、入学して間もないひと月前、僕の異能を見出してスカウトをかけてきた。


 ちなみに、スカウトは人気の無い場所で。誰もいない夜道で目の前に立ちはだかり、いきなり「君、視える人だろ。一緒に知識屋やらない?」だ。ひとまず逃げようとした僕は間違ってない。ま、直ぐに捕まったんだけどね。


 ……そう。この眞琴さん、僕と違ってがちの異能者だ。魔女の呼び名からも分かると思うけど、魔術の取り扱いならどんと来いなお人である。

 その場から1歩も動かないまま、回れ右して走り出した僕の足を引っかけ盛大にすっ転んだ所を見えない網で縛り上げて店まで拉致るのなんてお手の物だった。まるきり犯罪だ、訴えたい。

 で、知識屋についてひとしきり説明され、そのまま魔術師見習い兼店員とされた。強制的に。選択権無しに。


 気付いたら契約書に署名してました、これ何の詐欺だろうね。


 そして最低限の魔力の使い方と魔導書の扱いと基本魔術を叩き込まれた僕は、こうして彼女の下で魔術の勉強をさせられつつ働いているわけ。

 完っ全に上下関係が確立してる上に基本雑用だけど、給料は良い。どうせバイト辞めて空いていた身、まあいいかと働いている。僕は長いものには巻かれる主義なのさ。

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