第六章 決意と共に待ち人は来た

1 追憶の参


 戦況は悪化の一途を辿った。


 隣国の兵の数も、装備も、我が国のそれを上回っていた。我らが怠慢していたわけではなく、隣国には出資者がいたのだ。戦争で金を儲けたい商人、新しい魔法の力を試したい魔法使いの組合、我が国を滅ぼすことで別の戦線で優位に立ちたい大国。

 そういう時代だった。仕方が無いといえば仕方が無かったのかもしれない。だが当事者である私たちにとっては、それこそ生きるか死ぬかの大問題だ。


 彼も戦に向かった。国のために己の身命を賭す、などと言い残して。私のために、あの約束のために手柄を挙げようと思っていたのかもしれない。


 救いの手か悪魔の誘いか、とにかく意外なところから援助がもたらされたのはそんな時だった。隣国に協力していた魔法使いの組合が、今度は私たちに手助けを申し出たのだ。それなりの金を払ってくれれば、強力な魔法を教えると……なんとも効率的な金儲けだ。


 みな思うところはあったが、手段を選べる状況ではなかった。契約が成立し、魔法使いたちが我が国に持ち込んだのは、見たことも無い召喚魔方陣だった。


 召喚魔法の制限を取り払った新型の魔方陣で、異世界から強大な存在を呼び出して従わせる……そんな話だったが、私は言いようの無い不安を感じた。

 ライゴウに勝つため、何かの役に立つかと魔法を学んだことがある。独学のため知識は極端に偏っていたが、だからこそ特定の分野については妙に詳しかった。


 この召喚式には、召喚する対象を指定するための式が欠けている。多分、これでは何が出てくるか分からない。もしかして魔法使いたちにも何が出てくるのか分からないのではないか……この状況を利用し、何か大掛かりな実験でもするつもりなのでは?


 危険だ。しかし追い詰められていることも事実だ。父上に進言するべきかどうか悩みに悩み――ライゴウが戦場で行方不明になったとの報が届けられたのはそんな時だった。


 私は恐怖した。戦慄した。彼に会いたい、探しに行きたい、自分の手で調べたい、様々な思いが頭の中を支配し、駆け巡り、しかし状況がそれを許してくれなかった。


 侵略されているのだ。追い詰められているのだ。亡国の危機なのだ。危険だとか不完全だとか、そんなことを気にしている場合ではなかったのだ。

 ライゴウ=ガシュマールという青年を自分がどれほど愛しているかを、思っていたよりも自分がずっと弱い人間だったことを、私は思い知った。どうしてこんなに簡単なことに考えが及ばなかったのだろう。もはや一刻の猶予も無いのだ!


 その危険性を頭のどこかで認識しながら、私は独断で召喚魔法を発動させた。


 急がなければ。急がなければ。このままでは彼を失ってしまうかもしれない。彼が帰る場所が、私と共に背負うと言ってくれたこの国が亡くなってしまうかもしれない。






 そして私は、人でないモノになった。

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