第4話

 華やかで、煌びやかな商店街を歩くのは楽しいが、入ってくる情報がとても多いので同時にかなり疲れるものだ。

 あちこち見て回って、興味を引くものを見つける度に立ち止まってよく見たり、よく聞いたりした。そんなことをしてケンは歩いていたが、商店街もそろそろ終わりとなる所だった。

 商店街を抜けると先ほどまでの喧騒もどこへやら、途端に人が少なくなり閑散としだす。まるで急に別の場所に転送されたか、あるいは人智を超えた何かの術中にはまったかのような気分になる。先ほどまでとは打って変わった場所になったため、今までは感じなかった少しばかりの疲労感が表れた気がした。


 目的地のカフェまではもう少しだが、急ぐ必要はない。どこかで一旦少し休憩をしよう、そう思いながらケンは歩を進めていたが、進行方向から子ども達の楽しそうな声が聞こえてきた。一歩一歩と歩いて進む度に子ども達の騒ぐ声が大きくなる。

 無邪気な声の発生源たる子ども達は公園できゃあきゃあと遊んでいた。そうやって楽しそうに遊ぶ子ども達の声はカラフルで、聞いているだけでなぜかこちらまで楽しくなるような声だった。

 ちょうど公園の端の方の木陰にベンチがあるので、ケンはそこで少し休むことにした。カラフルな子ども達の声、小鳥がさえずる音、木がそよ風でサワサワと揺れる音、そんな環境音を聞きながらベンチに向かうと、ケンは腰掛けた。


 ケンの前では子ども達が鬼ごっこをしていて、鬼役の子どもは鬼ごっこ用のホログラムネットを持っていた。ホログラムネットは子どもが両手で握れるくらいの長さの本体からホログラムの網が空間に投影されているおもちゃで、かなり安価で入手できる。虫取り網を対人用に大きくしたような形状のホログラムだが、もちろんホログラムなので物理的な衝撃はなく、子ども達が怪我をすることはない。この時代においての鬼ごっことは、そのホログラムネットで対象を擬似的に捕獲する遊びというわけである。ちなみに体力に差があっても楽しめるように、ホログラムネットの大きさを調整したり、ホログラムネットの網の部分を射出したりすることもできるようになっている。

 鬼役のいかにもわんぱくそうな少年がショートヘアーで男の子ような女の子を追いかけている。その反対側では逃げ回ったがついさっき捕まった別の少年が息を切らして座り込んでいた。先に鬼に捕まってしまった子ども2人は待機場所から逃走役に声援を送っている。

 こうして子ども達の無邪気な声を聞きながらベンチでのんびりするのも悪くないな、ケンはそう思いつつ、今鬼ごっこをしている彼らと同じぐらいの幼少の時、自分はどんな遊びをしていただろうかと考えていた。






 幼少の頃のケンは物静かであまり誰かと一緒に走り回って遊んだりはしなかった。もっとも大人になった今でもケンはどちらかというと物静かなほうなので、幼少の頃からずっと物静かな人間だと言える。

 ケンは自分から遊びに参加することはほとんどなかった。耳が不自由だったためにうまくコミュニケーションを取ることが難しかったからだ。自分から遊びの輪に加わろうとしても、耳が聞こえないことを理由に参加させてもらえなかったこともあったし、ケンだけひとりのけ者にされ、ケンがそこに存在しないかのように扱われたこともあった。それはとてもつらいことだった。

 親切な子がケンを遊びに誘ってくれたこともあった。そうやってグループに入って遊ぶのは楽しかったが、音という情報がなかったので物足りなかったし、耳が聞こえないことがハンディキャップになり、うまく遊ぶことができないこともあった。自分だけが他の子と違うという劣等感を幼いながらに感じていたので、次第に遊びの誘いを自分から断るようになっていった。そうやって断っていくうちについに遊びに誘われることがなくなってしまったのだった。

 孤独なケンはひとりでもできるので絵を描いて時間を潰すことが多かった。スケッチブック代わりのタブレットを彼は常に持ち歩いていた。絵の才能はあったのですぐに上達していった。ただ、その絵を誰かに見せようとはしなかったため、ケンの絵のうまさを知っている人はあまりいないし、絵の天才だともてはやされることもなかった。

 人工聴覚を付けてからケンはめっきり絵を描かなくなった。暇を潰せる方法が絵だけではなくなったからだ。しかし、彼はまだ絵を上手に描ける自信があった。ずっとずっと繰り返してきたことは多少やらなくなっても体が覚えている。そういうものであることを彼は理解していた。また暇ができたら絵を描こうか、ケンはそう思った。

 ケンは絵だけでなくトランプやチェスのようなボードゲームも好きだった。絵を描くのに飽きてきたら、タブレットにインストールされたテーブルゲームのアプリケーションを起動してよくテーブルゲームに没頭したのだった。オフラインでAI相手に練習をして、時々オンラインで対戦した。頭のよかったケンはどのテーブルゲームでも子どもとは思えない強さを発揮した。






 そのようにぼんやりと昔を回想している時だった。

「今のは触ったのが網じゃないからセーフだもんっ!」

「くそう!…食らえ!ネット発射ぁッ!」

 鬼役の少年がホログラムネットを発射した。が、発射されたネットは相手には当たらずケンに向かっていく。

「うおっ!!!」

 突然の出来事に驚いてケンはネットから身を守るように思わず身構えた。そしてホログラムのネットがケンを覆ったが彼の体をすり抜けて消えた。少し呆然とするケンの元に子ども達が集まる。

「あっ、あの…!ごめんなさい!」

 親の教育がいいのか鬼役の少年がすぐに謝った。

「あぁ、びっくりしたけど大丈夫だよ。わざわざありがとう」

 少年はホッとしたような表情を浮かべてこう続けた。

「怖い人じゃなくてよかったぁ…。あ、そうだ。ねぇお兄さん、暇だったらボクたちと一緒に遊んでほしいんだけど」

 その予想もしなかった申し入れにケンは戸惑った。

「えっと……いいの?」

 …と子ども達に確認する。

「たくさんで遊んだほうが楽しいもん」

「大人にだって負けないからな!」

 他の子ども達もうんうんとうなずいていた。

 そうしてケンは子ども達の遊びに少し付き合うことになった。


 ジャンケンをした結果、ボーイッシュな女の子が鬼をすることとなった。

 女の子を中心にケンと他の子ども達が距離を取る。

「じゃあ行くよー」

 ケンにとって初めての音のある鬼ごっこが始まった。女の子がケンの方に向かってくる。どうやらまずケンを捕まえたいらしい。

「やぁーーーっ!!」

 女の子がホログラムネットを振り回す。ブンブンと振り回されるネットは思いのほか避けるのが難しかったがすぐに捕まっては面白くないので全力は出さないもののケンは逃げた。

「むぅーーー…」

 鬼役の女の子と滑り台のある遊具を挟んで対峙する。右から来るか、左から来るか、そんな駆け引きがちょっぴり楽しかった。

「えいやーーー!」

 女の子が時計回りに走ってくるのを見てケンも時計回りに走る。追いつけないとわかったら今度は反対向きに走る。それに応じてケンも反対向きに走る。そうやって遊具の周りをグルグルとしていた時、ケンはうっかり足を滑らせてこけてしまった。

「もーらいっ!」

 立ち上がる前に女の子が追いついてホログラムネットをケンに向かって振り下ろす。ケンは見事に捕獲されてしまった。


 次はケンが鬼となった。30秒数えてその間に子ども達が離れて行くのを確認する。そして0と言ったのと同時に軽く走り出した。

 子どもたちは案外すばしっこくなかなか捕まえることはできなかった。ネットの長さが最短でネット射出禁止の縛りもあったので子ども達を捕まえるのはとても大変だった。あんまり捕まえられないので子ども達におちょくられることもあったが、もちろんケンは怒ったりはしなかった。

 少し汗をかくほど走り回って過ごした子ども達との楽しい時間は短く、すぐに終わった。


「お兄ちゃんまた遊んでねっ!じゃあバイバーイ!」

「うん、バイバイ」

 子ども達が帰った後、公園に残されたケンは柔らかい表情をしていた。みんなで一緒に遊ぶ楽しさを大人になってから再び確認することになった。自分も子どもだった頃に耳が使えていたらどんなに楽しかっただろうか。ケンは自分の幼少期を残念に思ったが、今これだけ楽しい思いをすることができているので昔のことはどうでもいいかとも思える余裕ができていた。


 子ども達がくれたカラフルな一時いっときの余韻に浸りながらケンは目的地であるカフェへと向かうのだった。

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聴覚拡張 浦賀玄米 @genmai

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