エピローグ 妖狐がやって来た。

 都子が消えてから二日が経った。いわゆる月曜日。週の始まりである。

 あの日、俺は制服やら何やら、色々とボロボロの状態で俺は家に帰ってきた。


 正直な話、どう家に帰ってきたのか覚えていない。

 あの日、光と共に都子が消えた。まるで幻だったかのように。

 ただ……机の上に置いてある短刀が都子が存在していた証明である。


 両親は明後日に帰ってくるらしい。母さんからそうメールが入っていた。

 『都子ちゃんと早く仲直りしなさい』

 その一文が俺の心にチクりと痛みを感じさせる。


 大体、この状況をどう説明すればいいのだろうか?

 あの日の次の日。俺の様子を見に来た冬花にはすこぶる心配されたし、家に居ない都子の事を聞かれた。


 何も答えない俺に痺れを切らした冬花は、ご飯を作って帰っていった。

 詮索されないことのありがたさを身に沁みて実感した瞬間だった。


「祐くん、おはよう! 今日からまた学校があるんだからね? いつまでもボーッとしてちゃダメだよ?」

「わかってるよ。……わざわざ、ありがとな」


 俺の言葉に冬花は目を白黒させていた。


「さ、学校いこ?」

「そうだな」


 冬花に促され、リビングの椅子から立ち上がる。

 こんなに腰が重いのも生まれて初めてかもしれない。



 家を出て、冬花と二人で通学路を歩く。

 数分歩いた住宅街の道。相変わらず人通りが少ない。


「――ここで初めて出会ったんだよな」

「ん? 祐くん、何か言った?」

「いんや、何でもない」


 初めて都子に会った場所。

 光を反射して銀色にも見える綺麗な白い髪。

 人形のように整った顔。

 燃えるような真紅の瞳。

 神秘的で神々しい雰囲気。

 そして、それらと結びつかないくらい人懐っこい笑顔。


 ほんの少し前の事なのに、随分と懐かしい。

 そんな感傷に浸っていた俺を冬花の声が現実に引き戻す。


「祐くん……あれって」

「ん? なんだよ? ――っ!?」


 艶やかで瑞々しい黒髪をポニーテールに結び、赤茶色の瞳にパッチリした大きな目。

 そんな美少女がこちらを見つめ佇んでいた。


「……都子?」


 思わず漏れた言葉は空へと溶けていく。

 俺と彼女の視線が絡まる。

 その瞬間――。


「祐っ!」


 花が咲いたかのような無垢な笑顔を浮かべ駆け寄ってくる。

 二人の距離がゼロになる。


「……おかえり」

「うんっ……ただいま!」


 飛び込んできた都子をなんとか受け止める。

 そんな俺たちを冬花がオドオドと見ていた。


「え? えっ!?」

「冬花も、ただいまっ」


 俺にひとしきり抱きついた都子は次に冬花の腕に抱きつく。

 ニコニコ顔の都子の勢いに圧され冬花はしどろもどろだ。


「え? う、うん、おかえり?」


 それはそうだろう。事情を知らないんだから突然「ただいま」などと言われても混乱するだろう。

 美少女二人のスキンシップを横目に見ながら、俺はこうして三人で学校へ向かえる事実に心が驚くほど軽くなっていたのを感じた。


「二人とも、そろそろ行かないとギリギリになるぞ?」


 二人に声を掛け、俺は歩を進める。


「あー待ってよっ!」

「ちょ、ちょっと、祐くんに都子ちゃん! どういうことなの!?」


 ちょっと前までは冬花と二人で歩いていた通学路。

 都子が来てからは三人になった。


 非日常的な出会いが気付いたら日常になっている。

 これから先も多分、非日常的なことが起こったりするんだろう。


 ゴールデンウィークが終わった次の日。婚約者候補を名乗る妖狐が押しかけてきた。

 あの日から俺の日常は大きく動き始めた気がする。


 お互いの距離感が掴めなかったり、ギクシャクしたこともあった。……ギクシャクの原因は俺にあるんだけど。

 それでも今は笑っていられる。


 だからこそ、今この瞬間を――目の前にある日常を楽しみたいって願っている。


 


 


 ――妖狐が嫁入りにやって来た。

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妖狐が嫁入りにやって来た。 秋之瀬まこと @makoto-akinose

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