第30話 祐と都子。

「はぁぁぁぁぁー……」


 疲労感から思わず座り込む。

 さっきまで『物の怪』と対峙していた時には気にならなかったけど、もの凄く汗をかいていた。

 額を流れる汗を手の甲で拭う。


 あれだけ激しく動いていたのだから、当然かもしれない。

 それに日常生活ではほぼ体験しないような命の危機レベルの出来事だ。

 今更ながら心臓がバクバクと高鳴ってきている。

 本当に倒せて良かった……。


「祐っ! お疲れ様! 倒せたねっ」

「あぁ……ホント、なんとかって感じだったけどさ」

「そんな事無いよっ! えへへ、凄くかっこよかったよ?」

「うっ……。そういうのどう反応していいのかわかんないんだよな」


 真っ直ぐで眩しいくらいに素直に感情を伝えてくれる。それが都子なんだと思う。

 対して俺は気恥ずかしくって、頬をポリポリと指で掻く。


「おほん。それで……一体、今は俺たち、どういう状態なんだ?」


 今の自分の姿を客観的に見てみると……ボロボロの制服と片手に短刀を持った男子高校生だ。

 下手をしなくても通報されるのが今の俺の姿である。


「あぁー……。うんとねぇ?」



 都子の話をまとめると、心身ともにボロボロになった俺は都子に憑依され、妖力で身体を治し身体能力の底上げをした状態らしい。


「なるほど?」


 妖力によるドーピングみたいな感じなんだろうか?

 防戦一方だったのが嘘みたいに『物の怪』と戦えたのは、人間離れした身体能力があったからだろう。

 最後の切り込みとか、あれは我ながら人間技じゃないと思ったほどだ。

 しかし、そんなにホイホイと憑依なんて出来るものなんだろうか?


「それはね、祐が私を受け入れてくれたから……信じてくれたからだよ?」

「うっ……そういうことをストレートに言われるとムズムズするな……」

「ふふっ」


 姿も顔の表情も見えないけど今の都子はいつもの人懐っこい笑顔ではなく、もっと暖かで穏やかな笑顔を浮かべている気がした。


「都子、お前はいつまで俺に憑依した状態なんだ?」


 つい、照れくさくてぶっきらぼうにそんな事を聞いてしまう。

 ――そしてすぐに後悔することになる。


「あ、うん……ちょっと待ってね」


 自分の中から、何か暖かなモノが抜けていく感覚と共に、光が舞う。

 その光が目の前に集まっていく。

 そして――白いキツネが形作られた。


「え……? 都子、その姿は?」

「あはは……。もうね? 人化できるほど力が残って無いんだぁ」


 その一言に俺は脳を直接、殴りつけたような衝撃を受け一瞬呼吸が止まりそうになった。

 俺の目の前に存在している白いキツネは、存在感が気薄で半透明に見える。


「……どういう事だよ、それ」

「うーん、何て言えばいいのかな? とりあえず、存在を維持するギリギリの力が残ってるかどうかって感じかな?」

「それって!?」


 あんまりな都子の言葉に絶句する。そんな俺を見ながら白いキツネは柔らかく微笑んだような気がした。


「祐が助かったんだから、私は満足だよっ!」

「お前っ……。そういう台詞ってさ、男が言うもんじゃねぇか……?」

「ふふ、こういう事に男とか女は関係ないって私は思うよ。大切な人を守れた……それは素敵なことだと思うから」


 言葉に乗って届いた暖かさに胸がキュッと締め付けられる。

 どうして、自分の存在が薄れているのにそんな穏やかでいられるのだろうか? 俺には想像が出来ない。


「ちょっとの間、お別れだね……。大丈夫、きっとすぐに会えるからっ!」

「おいっ! 都子!? 何を言って――」

「……祐、大好きだよっ」


 見た目は白いキツネだけど、人間の状態の都子の笑顔が見えた気がした。

 言葉が空に溶けるように、都子は光と共に俺の前から消えていく。


「――っ! 都子っー!」


 名前を叫んだ声も茜色に染まる空へと虚しく溶けていく。

 ガラにも無く、俺は一人公園の真ん中でうずくまり、しばらくの間、嗚咽をもらし続けた。

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