第29話 妖狐と祐。

「あがっ……。あぁあぁ……」

「祐っ! しっかりしてぇっ!」


 都子の悲鳴めいた声が耳に響く。

 それにしても寒い……。ゾッとするくらいに寒いし、吐き気がする。

 腕に抱えている都子の体温が唯一の温かさだ。


 ボヤける視界の端で真っ黒い何かが向かって来るのが見える。

 ――とにかく、都子を庇わなきゃ。思考のまとまらない中でそう思った。

 都子を抱えてうずくまる。


 背中に衝撃が走る。

 何度も何度も、何度も。

 その度に身体から何かが抜けていく感覚と、押しつぶされそうな重圧が意識を遠くへ飛ばそうとする。


「祐っ! ゆ、う……うぅ」

「だい、じょう、ぶだ、よ……」


 口を動かすだけでものことでも億劫で仕方がない。

 でも――。


「みや、こ……ごめん、な……いろいろ、ほんと、ごめんな」

「祐……。私はいいの、最近ちょっぴり辛かったけど。でも、いいの」


 抱え込んだ都子が先程より暖かくなったように感じる。

 ジワッと骨の芯まで温かくなるような……。


「だから、祐。少しだけ頑張って」



 温かさが身体中に波紋のように広がる。それと同時に腕の中にいたはずの都子が溶けるように消えた。 


「――えっ?」


 突然の消失に思わず声が漏れる。そんな時、頭の中に声が響いた。


「祐、大丈夫だよ。私はここにいるから」

「都子……? これはどういう……」

「詳しい説明は後で、だよっ! とにかく今は目の前のアイツを倒さないと」


 目の前のアイツ、というキーワードでフッと気付く。


「あれ? 身体の痛みがなくなってる……」

「今の祐は私に残った力で活性化してる感じだからねっ!」

「お、おぉ……」


 都子が言っている事の半分も理解出来ていなかったけど、都子の力を借り受けているって言う解釈であっていると思う。

 恐る恐る顔を上げてみると、こちらの様子を窺って明らかに警戒している『物の怪』がいた。 


 コイツが様子見してくれて助かった。

 ゆっくりと立ち上がり、身体の様子を動かしながら確かめる。

 違和感は感じない。と言うか、すこぶる身体が軽く感じることに違和感を感じる。


 今までこちらを静観していた『物の怪』が動く。

 一足飛びの突進。焦ることなく、バックステップの要領で距離をとる。


 やはりというか、着地する前にモヤを伸ばし攻撃をしてきた。

 さっきまでと同じように短刀でモヤを弾き飛ばす。


「あ、祐。その短刀は使う時に力を込めると、切れ味が良くなったりするんだよ」

「えぇっ!? 力を込めるって言われてもなぁ……」


 都子と会話をしつつ、横薙ぎに迫ってきたモヤを飛び越えてやり過ごす。


「うーん……。こう、グググッて力を込める感じなんだけどなぁ」

「……感覚的過ぎて良く分からん」


 一本ではダメだと思ったのか、『物の怪』は二本のモヤを鞭のように左右上下からとばし始めた。

 避けたり短刀でいなしたりしながら、俺は都子の言っていた「力を込める」という事を考えていた。


 都子が言っている『力』というのは『妖力』の事だろう。

 俺は『物の怪』ではないので『妖力』を持っているとは思えない。

 でも、身体の傷が治っている事なんかを考えると、都子の妖力が俺の身体の中にあるのかもしれない。

 だとすれば、それを短刀に込めることが出来れば……。


「あぁっ! むちゃくちゃな攻撃しやがって! 戦いながらなんて考え事できねぇよっ!」


 『物の怪』の攻撃に叫びながら、途中から逆手に持ち替えていた短刀を下から上に振るう。

 スッと滑らかに刃が通る、今までに無い感触が短刀から伝わる。同時にモヤが断ち切れ空気に霧散していく。


「おっ?」

「そうそうっ! そんな感じだよっ!」


 短刀に切られた触手のようなモヤはブルッと波打つと直線的な動きで真っ直ぐ突っ込んでくる。

 半歩ほど身体を横にずらし、順手に持ち替えた短刀をモヤに合わせて横薙ぎに振るう。


 さっきよりも深く切り込めた感触を感じ、防御から攻撃に転じるために俺は足を一歩前へ踏み出した。



 確実にダメージを与えられているとは思うものの、決定打に欠けた状況が続いている。

 今はまだまだ身体が軽いので優位に立てているけど、俺のスタミナが切れたらマズいだろう。

 流石に俺が都子みたいな炎を出せるとは思わないし……。


 結局、触手のようなモヤではなく『物の怪』本体をぶった切らないと状況は動かせないんだと思う。

 身体は回復したものの、さっきまで一方的にやられた恐怖心は残っていて、『物の怪』に突撃する事を心のどこかで躊躇している。


 でも……。

 ここで倒せなかったら、冬花やクラスのやつらが襲われる可能性だってある。

 倒せる可能性がある俺がやらないで、誰か周りの奴が傷ついたら……。不吉な想像が背筋を凍らせる。

 都子だって、俺を庇いながら戦ったせいでボロボロに傷ついた。


 今ここでアイツを倒さないと、俺は俺を許せないと思う。

 都子に暴言を吐いてからウジウジと過ごす日々は最低な気分だった。あんな気分は味わいたくも、味合わせたくもない。そんな存在にはもうなりたくない。 


 今、なんだ。


「ふぅ……」


 深く息を吐き、覚悟を決める。

 後はただ流れを読んで、それに身を任せる。


 ピクリと真っ黒いモヤが動いた瞬間、左右からワンテンポずらした鞭状の攻撃が飛んでくる。

 その攻撃に合わせて走り出し、一本目を下から斬り上げ、身体をずらし二本目の攻撃をかわしざまに短刀で振り下げる。


 そのまま、『物の怪』本体に突撃しようとした時、首筋辺りをチリチリとした感覚が襲う。

 気が付いたときには手にした短刀を横に薙ぐ体制をとっていた。

 今までなかった三本目の触手のようなモヤが地中から俺に向かってきたのはその直後であった。


 その不意打ちを斬り裂き『物の怪』本体へと肉薄する。



「てやぁぁぁぁっ!」


 突っ込んでいく勢いを殺さずに、短刀を横薙ぎに振るう。 

 横薙ぎに短刀を振るった腕の動きに合わせてくるりと一回転し、そのまま『物の怪』を蹴り飛ばす。


 ――あの日、初めて都子と出会った時。

 都子はこの後、炎を飛ばしていたけど俺には出せない。だから――。


 まだ空中にいる『物の怪』に向け、飛び掛る。


「炎が出せないんなら……短刀でなんとかするだけだっ!」


 先程よりも踏み込んで十字に『物の怪』を斬る。

 都子の妖狐としての力を分けてもらってなかったらこんな人間離れした事は出来なかっただろう。


「っ! 祐、あの濃い部分が大本だから、アレを斬って!」


 都子の声を聞き『物の怪』をみる。

 禍々しいほど真っ黒いモヤがドンドンと空中に霧散していく中でユラユラと揺れているドス黒いモヤ。

 アレを斬れ都子は言ってるんだろう。


「わかった」


 真っ直ぐに上段に構えた短刀を振り下ろす。

 大した手ごたえもなく、短刀はドス黒いモヤを二つに切り裂く。切り裂かれたモヤは他のモヤと同じように霧散して消えた。


「……終わったのか」


 俺は気が抜けて、その場に座り込んだ。

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