第23話 友人の不在。

 土日を挟んで休み明けの学校。

 最近ほぼ習慣になっている都子との朝練で、シャキッと目が覚めて調子が良いのか前ほど月曜が憂鬱に感じなくなってきた。


「おはよう」


 扉の側で駄弁っているクラスメイトに声を掛けながら教室に入るが、いつもなら教室に入ってすぐに声を掛けてくる総司がいなかった。


「あれ? 総司はまだ来てないのか? 珍しい事もあるもんだな……」

「本当だね。いつもなら真っ先に祐くんに声かけてくれるもんね、福島くん」

「寝坊かな?」


 冬花と都子の不思議に思ったようで、首をかしげている。

 俺もいつも声を掛けてくる友人の不在に座りの悪さを感じつつ、自分の席へと向かう。


「あ! 笠間っちと都子っち、おはよー!」

「おはよー」

「おう、おはよう。なぁ、最上。総司はまだ来てないのか?」

「うん、そうみたいだねぇ。福島っちにしては珍しいよね」

「そうだな。あいつ、なんだかんだでうちらの中じゃ早く学校にくるもんな」


 総司というお調子者仲間がいないからか、普段より少しばかりテンションが低い最上。

 

「まぁ、寝坊でもしたんじゃないかぁって、ボクは思ってるけどね!」



 結局、総司は担任がクラスに入ってきてホームルームを始めるまでにやって来るやって来ることはなかった。

 そして――。


「あー福島だが、今日は欠席だ。金曜日に怪我をしたそうで、入院中だ」


 そんな担任の一言にクラスがざわめく。


「静かにしろ。一応、命に関わるようなことは無いそうだ。お前たちも気をつけろよ」


 入院と聞いてヒヤッとしたが、命に関わるようなことがないとわかり安堵しつつも、金曜日のゲーセンでの総司を思い出しやりきれない気分になる。



 クラスの雰囲気は、帰りのホームルームが終わってもどこか浮ついてみえた。

 なんだかんだで総司は、クラスでお調子者男子代表みたいなムードメーカーだ。その総司が入院したとなればクラスの雰囲気にも影響がでる。

 そんなクラスの雰囲気に馴染めず、俺は帰り支度を終え席を立つ。


「あ、祐。もう帰る?」

「あぁ、学校いてもやることないしなぁ。都子も帰るだろ?」

「うーん……。うん、帰るっ」


 少し逡巡してから、都子はニコッと笑って答えた。

 チラチラと冬花の方に視線を向けていたが、どうかしたのだろうか?


「じゃあ、帰るか」

「うんっ!」


 今日、冬花たちは各々部活で一緒に帰れないので二人で教室を出た。

 

 昇降口に向かって都子と二人で歩いていると、担任が向こうから歩いてくる。

 そうだ、聞きたいことがあったんだった。


「先生っ!」

「ん? 笠間か。どうかしたか?」


 俺の呼び掛けにその場で立ち止まりこちらを向く。

 小走りで近くまで行き、俺は口を開く。


「総司……いえ、福島のことで聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」

「ものによるな。なんだ?」

「入院ってことでしたけど、お見舞いは行っても大丈夫そうですか?」

「あぁ……そうだなぁ」


 チラッと都子の方を見つつ、少し考える担任。

 なんだろう? 女子には見せられない状態なのか?


「俺は大丈夫だと思っているが、もう少し経ってからの方が良いんじゃないか?」

「もう少し、ですか?」

「昨日、目が覚めたばかりだそうだ。早くても明日くらいにしておけ」

「はぁ、なるほど……わかりました」

「おう。聞きたい事はそんなところか? それじゃ、俺は用事があるからもう行くぞ? 二人とも気をつけて帰れよ」

「はい、ありがとうございます」


 担任に一礼して、今度こそ昇降口を目指す。

 俺と担任の話に口を挟まずに聞いていた都子が口を開く。


「明日、福島君のお見舞い行くの?」

「そうだな……なるべく早く無事な姿を見ておきたいな。話に聞いただけだと、やっぱり安心出来ないっていうかさ」

「やっぱ、そうだよね。それに……今日の祐は落ち着き無かったもんね」


 都子はそう言って、悪戯っぽい笑顔を浮かべて俺の顔を覗きこむ。


「う……。確かにいつも絡んでくるやつがいなくて変な感じしてたけど、そんなにわかりやすかったか?」

「うーん、どうだろうね?」


 そう言いながら近い距離で顔を覗きこまれて、気恥ずかしくなる。都子との距離に、思わずそっぽを向きながら照れ隠しにポリポリと頬をかく。

 っていうか、学校の廊下でこの距離は色々と誤解を生みそうだ。


「み、都子っ。ちょっと近いよ……」

「祐は照れ屋さんだよねっ。耳が真っ赤だよ?」


 都子みたいな美少女に至近距離で見つめられて照れない男子とかいるんだろうか?

 そう思うけど、口には出せない。そんなこと言葉にしたら本気で恥ずかしくなる。


「い、いや……これは、な?」

「んー?」

「……慣れてないんだよ、こういうの」


 顔まで赤くなっているんじゃないかと思うくらい顔が熱い。

 そんな俺を見て、はにかみながらスッと距離をとる都子。それでも普通に距離が近いんだけど。

 最近、俺の照れてる反応を楽しんでないかな? なんて思ってしまう。


「うんうん、少しは普段の祐に戻ったねっ」

「えっ?」

「冬花もチラチラ、祐のこと見てたし……心配してたんじゃないかな? 今日の祐はホント普段と違かったから」


 反応を楽しむための行動じゃなかったのか。心配してくれたのに申し訳ないな……。



 その後しばらく無言で歩く状況が続いたが、学校を出て少し経った頃。俺は今日ずっと考えていたことをぽつりと言葉にする。


「……それにしても、何があったんだろうな?」

「うーん……祐は金曜日の放課後、福島君と遊んでたんだよね?」

「うん。だから怪我をしたのは俺と別れたあとなんだろうけど……。だから尚更、さっきまで一緒に遊んでた奴が怪我で入院したとか実感がわかなくてさ」

「そっか……。でも、福島君が怪我をしたことは祐の責任じゃないんだよ?」

「それはそうだけどさ……。あの日、あいつをゲーセンに誘ったのは俺だし。もし誘わなければ、って考えちゃうとさ……」

「……私は福島君と知り合ってから、そんなに長くはないけどね? 祐がそのことで悩むのは福島君、嫌がると思うよ。だから……あんまり思い悩まないでね?」

「ありがと、都子。話せて少しスッとしたよ」

「えへへっ。少しでも祐の力になれたなら良かったっ」


 見ているこっちまで気分が良くなるような笑顔を浮かべる都子。

 俺の話を真剣な眼差しで聞いてくれて答えてくれる。

 それが純粋に嬉しいし、都子が見せてくれた笑顔との相乗効果なのか、心の中のモヤモヤが少し軽くなった気がした。


「――ん?」

「どうかしたのか、都子?」

「……ううん、気のせいだと思う」


 一瞬、眉をひそめて難しそうな顔をした都子だったが、すぐに表情を緩めた。

 どうかしたのだろうか?


 都子の表情の変化が気にはなったものの――。


「そっか」


 と、俺は改めて聞くことはしなかった。

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