第22話 日常と非日常の手招き。

 買い物の帰り道、都子と公園で『物の怪』と遭遇してから数日が経った今日は待ちに待った金曜日。


「おーい、総司。今日は俺も暇だしゲーセン行くか?」


 明日、明後日は学校もないし、今日は総司をゲーセンに誘ってみた。


「祐からゲーセン誘ってくるとか珍しいこともあるもんだなっ!」

「そんなに俺から誘うのおかしいか……?」


 総司は俺から誘ったことを凄く驚いていた。


「いやお前、いつも俺から誘ってたじゃんか。それにいつもボコボコにされてるのに自分から誘うとか……。はっ! まさか祐……お前、Mなのか……?」

「ちっげーよっ! どうすればそういう発想になるんだよ……」


 ちょっと誘ったことを後悔し始め、ついつい肩を落としてしまう。


「まぁまぁ、元気出せよ」

「お前が原因だろっ!」


 哀れんだような目をしながら肩に手を置いてくる総司。ウザいことこの上ない。


「あんまりうるさいと俺は直帰するぞっ!」

「悪かった! 俺が悪かったから! 行こうぜー、なっ?」


 肩を組んでくるのがまたウザい……。


「わかった、わかった……。じゃあ放課後な?」

「おうっ!」



 放課後になり、総司を連れ立ってゲーセンにやって来た。

 いつもの挌ゲーを何回か連コして、いつものように総司にボコボコにされる。


「今日もかぁ……」

「はっはっは! 俺は家でも鍛錬を忘れていないからなっ!」

「うーん、俺もコンシューマ版買おうかな……」


 俺の言葉に総司は少し驚いた表情を見せる。

 男が目を大きくして驚いても全く可愛くない。こういう仕草は美少女がやるに限ると思うんだ。


「お? やる気だな、祐。今度中古で見つけたら教えるよ」

「買うかはその時にならないとわからないけどな?」

「オッケーオッケー」


 本当にわかっているのか微妙な感じの軽い返事に若干、不安がある。

 そんなことを思いながら、ブラックの缶コーヒーを飲んでいると総司から声が掛かる。 


「おい、祐。あれ、久々にやろうぜ」


 総司の差す指の先にあったのは大きなテーブル型のゲーム。


「ん? あぁ、エアホッケーか。いいぞ」


 お互いに袖まくりをしながら台に歩いていく。


「負けた方がジュース一本おごりってことで良いか?」

「おう、望むところだ。格ゲーでの借りは返させて貰う……!」


 エアホッケーの台の向こう側で総司がニヤりと笑う。


「おうおう、気合入ってるな。その気合が空回らないといいな、祐」

「そんな煽りは効かねぇよ」


 こうして、ゲームが始まる――。


 パックを打つ度に小気味いい音が響く。

 格ゲーも確かに面白いと思うんだけど、俺には身体を動かす遊びの方が性に合っていると、薄っすらと額に汗を掻きながら思う。


「――っしゃあ!」


 思わずガッツポーズが出る。対して、総司はボリボリと頭を掻きながら悔しがっていた。


「くっそ……。次だ次っ! まだまだこれからだぜっ!」


 額の汗を腕で拭いながら、総司が打ち出すパックの動きに合わせて移動する。

 上手くタイミングがかみ合って、なかなか鋭いショットが打てた。


「うっし、連続ポイント!」

「だーっ! くそぉ……」


 そのあとも終始優勢で押し切ることが出来た。



「ふふふっ、俺の勝ちだな! ジュース、ゴチになります」

「くそぉ……。はぁ、しょうがねぇなぁ……」


 総司の買ってきた炭酸飲料を飲みながら、一息つく。やっぱり身体を動かすのは気持ち良いな。

 隣で同じく買ってきた飲み物を飲んでいた総司が首をかしげながら俺に話し掛けてくる。


「なんか、祐さ。昔よりも身体の切れが良くなってないか?」

「ん? そうかな? 最近また朝、素振りを再開して感覚は少しずつ取り戻してるとは思うけど……」

「いやいや! 中学ん時にやったときは、もっと接戦だったろっ!?」

「そうだったか?」


 そうだったかも知れないな。原因を考えるとすれば……毎日やってる都子との朝練くらいか?

 妖狐の不思議パワーみたいなのが俺に影響を与えてるとか?

 そんなことは多分ないだろうけど、念のため都子に聞いてみよう。



 ゲーセンの前で総司と別れ、俺は真っ直ぐに家へと歩みを進める。

 今日は格ゲーではボコボコに負けたけど、エアホッケーでは完封勝利が出来てなかなか気分が良い。足取りも軽い。


「ただいまー」


 玄関で靴を脱ぎながら、家の中に声を掛ける。


「おかえりなさい、祐っ!」


 リビングからパタパタと都子が出迎えてくれた。

 たまにこうやって迎えてくれるんだけど、なんだか妙に照れくさい。


「あぁ、ただいま。都子」

「もうすぐ夕ご飯できるからねっ!」

「おーじゃあ早く着替えてくるよ」

「うんっ!」


 そんなやり取りをしつつ、自分の部屋に向かった。



 ◇ ◇ ◇



「さて、っと……俺も帰りますかね」


 祐と別れて、総司も自分の家に向けて歩き出す。


「それにしても、祐のやつ……。最近、段々と前よりも付き合いが良くなったっていうか、変わってきたよなぁ」


 友人の変化の原因に当たりをつけながら、総司は楽しげに歩く。


「人を変えるきっかけは人との出会いだ。なんてどこかで聞いた台詞だけど……祐にしろ志和にしろ、山城さんが来てから随分変わったよなぁ――」


 友人とその幼馴染、二人の関係を見ているのは面白かったが、それと同時にもどかしい距離感が気になっていたのも事実。

 その距離感が――主に幼馴染の方が急に詰め始めた。それは多分、恋のライバルの登場によるものだろう。


 冬花の恋のライバル、都子がどういう経緯で祐に思いを寄せているのか、その理由は総司にはわからなかったが友人に向けている好意に一点の曇りもないのはわかった。


「志和も強敵に焦ってるんだろうな」


 一時期から、祐の昼飯がコンビニのパンから弁当に変わった。

 聞いた話や雰囲気から考えるに十中八九、あの弁当は都子の手作りなのであろう。


「まったく、ホントあいつはラノベかエロゲの主人公かよ」


 友人の境遇を羨ましがりつつ、この先で友人がどの相手を選ぶのか興味が尽きない総司だった。



「っと、近道で帰りますかね」


 少しでも早く帰ろうと細い路地へと進む総司。

 その後ろから迫ってくる黒い影に、衝撃と痛みを受けて薄れゆく意識の中で、最後まで気付けなかったのであった。

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