第24話 夕暮れの遭遇。

 次の日の放課後、俺は都子と二人で病院へと向かう。他の奴らは今日も部活だ。

 あいつらの分までしっかりと無事を確認してこないとな。


 受付で部屋を聞き、個室だということに驚いた。目的の病室に辿り着き、扉をノックすると中から声が聞こえた。

 病室に入ると上半身を起こした総司と目が合う。


「おー、祐に山城さん。見舞いなんかに来てもらって悪いな」

「身体起こしてて大丈夫なのか? どんな具合だ?」

「まぁ身体起こしてるくらいならな……。そうだな、右腕が使えないから飯食うのが大変ってくらいだ。あと、何かダルいんだわ……」

「怪我して体力なくなってるんだろうな……」


 総司は包帯がグルグルと巻かれて首から布で吊っている右腕を少し動かしながら答える。 

 少しくたびれた表情と声をしているものの、思っていた以上に普通でホッとした。


「……聞こうか迷ってたんだけどさ。総司、お前どうしてそんな怪我したんだ?」


 もっと総司が弱っていたら聞かないで帰るつもりでいた。


「……あぁ。俺にも良くわからないんだよ……」

「ん? どういうことだ?」

「後ろからドンって衝撃を受けたのは覚えてるんだけど……そのあとで目を覚ましたら病室だったんだ」

「え!? じゃあ、総司は誰かに襲われたってことか!?」

「まぁ、そうなんだけどよ? どうも、最初以外に何かされた形跡もないみたいだし、財布を盗られたりしてないしで、犯行の動機がわからないって警察の人も首を捻ってたんだよな」

「そう、なのか……」


 確かに、なんとも不可解だ。世の中、良く分からない奴も一定数いるし、警察が早々に捕まえてくれる事を期待したい。

 言葉に詰まってしまい、無言になったとき。それまで黙っていた都子が、明るい調子で話しを振ってくる。


「あっ、そうだ! 祐、冬花たちから手紙頼まれてたよね? 福島君に伝えなくてもいいの?」

「あぁ、そうだったな。――これこれ。ほい」


 都子の言葉に頷きながら、カバンの中を漁る。クラス全員のものではなく、いつものメンバーからのちょっとしてた手紙を預かっていたのである。

 ちなみに発案者は、意外なことに最上だった。


「ありがとさん。……なんかさ、こういうの照れるよな」


 受け取った手紙をひとしきり眺めて総司がポツりと呟く。

 手紙をその場で読むかと思ったけど、ベッド脇の台にゆっくりと置いた。


「あれ? 今、読まないの?」


 キョトンとした顔をする都子。そんな都子に対して困ったような顔をしながら総司が頭を掻く。


「……いや、都子。たぶん、総司は俺らが居るところで読むのが恥ずかしいんだと思うぞ?」

「あぁーなるほどっ!」


 俺の言葉を聞いて納得したようで、都子は目を丸くして総司を見る。

 総司はその視線から逃れるように身をよじりながら、俺に文句を言ってくる。


「おい、祐。俺の気持ちがわかってるんなら、せめて俺の居ないところで説明してくれよ」

「たまにはいつもの仕返しでいじるのも悪くない、って思ってな?」


 総司の文句に軽口を返す。こういうやり取りをしているといつも通りの感じがしてホッとする。


「はぁ……まさか祐にいじられるとはなぁ。退院してから覚えとけよな」


 ニヤっと笑った総司だったが――。


「いっ! ……鎮痛剤切れてきたか。祐、悪いんだけどナースコール、押してくれ」

「……あぁ、わかった!」


 急に顔を歪めた総司にどうしたのかと驚いたが、すぐにベッドのナースコールを押す。

 すぐに看護士のお姉さんが来てくれた。


 作業の邪魔にならないように俺と都子はベッドから離れる。


「せっかく見舞いに来てくれたのに悪いな……」

「いや……こっちこそ無理させちゃったみたいで悪い。また来るよ。今度はみんなでさ」

「おう。とはいえ、週末には退院できるみたいだから、みんなの予定が合う前に退院してるかもな」


 総司は少し疲れたように笑った。


「ん、そうか」

「まぁ、退院したらまたゲーセン行こうぜ。寝てばっかで、結構フラストレーション溜まってるんだよな」

「了解了解。……とりあえず、お大事にな」

「福島君、お大事にね」

「おぉ、ありがとうさん」


 これ以上、長居するのも悪いので俺と都子は総司の病室を出た。 



「はぁ……。思ったよりも元気そうで安心した。まだ痛みとかはあるみたいだから素直には喜べないけどさ」


 病院を後にして、都子と二人で歩く帰り道。安堵からつい大きなため息が出てしまった。何と無く恥ずかしくて、ごまかそうとつい早口で喋ってしまう。


「……はやく退院して、みんなで遊びに行きたいね」


 夕陽が影を長くする帰り道、都子はいつもより口数が少ない気がする。


「都子? どうかしたのか?」

「ううん。なんでもないよ」


 ふるふる首を横に振り、穏やかな笑顔を作る。――そう、作っているように感じた。


「そうか? 何かあったら言えよな?」

「うん、ありがとっ!」


 都子の表情に一抹の疑問を感じつつ、家路を急ぐことにする。


「さっさと帰るか。今日は――」


 独り言にも似た言葉を紡ごうとした時、男の叫び声が聞こえた。



 都子と顔を見合わせて、叫び声の聴こえた方へ走り出す。

 ちょっと前にもこんな事があったような気がする。あれは、商店街からの帰り道だったか……。

 比較的細い道に入った時、都子が声を上げる。


「っ! 祐、あそこっ!」

 

 都子の指差した先には、倒れている男が三人。そして、黒い影が屋根の向こう側へ飛び去っていくのが見えた。

 倒れている三人組に近づくと、顔が確認できた。が、そこにいたのは――。


「あれ? 祐、この三人見た事あるよね?」

「あ、あぁ。前に都子と冬花に絡んできた奴らだな」


 ついでに言えば、俺は総司とゲーセンに行った時にも見かけた。


「どうする? 起きるまでここで待つ?」

「……いや。前の女の人よりも重症じゃないか? 泡吹いてるし……とりあえず、救急車を呼ぶよ」


 ポケットからスマホを取り出して、小刻みに震える指で数字をタッチする。

 しどろもどろになりつつ、電話の向こう側にいる人に聞かれた事に答え電話を終えた。


 スマホをポケットにしまいながら、さっき見た黒い影について聞いてみる。 


「ふぅ……。なぁ、都子? さっき飛び去っていったのって『物の怪』か? 人と同じくらいのサイズだった気がするんだけど」


 俺と同じくらいかそれより少し大きかったと思う。しかし、今まで遭遇した『物の怪』は中型犬くらいのサイズだった。

 もし、あの大きさの『物の怪』が居るんだとしたら……。


 都子が逡巡したのち口を開いたその時、後ろから声が掛かった。


「笠間、山城。おまえら、ここで何をしている?」

「先生?」


 後ろを振り返ると、そこには担任が立っていた。

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