第18話 妖狐と学校。

 今日のクラスは何だか騒がしい気がする。


「なぁ、総司? なんかあったのか? 普段と少しクラスの雰囲気が違う気がするんだけど……」


 側にいた総司に声を掛けとあっさりと答えが返ってきた。


「お前知らないのか? 転校生だよ、転校生! それも、見たやつの話では凄い美少女だったんだとよ!」

「へぇ……。こんな六月の途中なんて中途半端な時期に転校してくるんだな?」

「そんなのどうでもいいだろ! 美少女の転校生が来たって事実の方が重要なんだよ! しかもウチの担任と話してたみたいだから、このクラスに転校してくるんじゃないかって、みんなで言ってるんだよ」

「なるほどな、それで特に男子共がソワソワしてるわけか……」


 チラッと周りを見回すと女子も転校生の噂を話しているけど、男子の方は少し引くくらい高いテンションで話している感じがする。


「祐はそんなに興味がなさそうだな? これが持つものの余裕か……」

「うるせぇな、またそれかよ。いや、俺だって興味が無いわけじゃないぞ。美少女が拝めるのは素直に嬉しい」

「お? なんか、祐にしては珍しい反応だな。お前ってあんまりそういうこと言わないよな? 心境の変化でもあったか?」

「そうか? 俺は良くわからんけど……」


 そんな話をしていると、冬花がこちらに寄って来た。


「祐くん? 美少女が転校してくるからって鼻の下伸ばしてたらダメだよ?」


 咎めるような冬花の視線に、思わず声が出る。


「いやいや! 全然、鼻の下とか伸ばしてないからなっ!?」

「どうだろうね? ね、福島くん?」


 迫力のある笑顔に総司もたじろいだ様で、しどろもどろに冬花に同意した。


「あ、あぁ、そうだぞ、祐。鼻の下を伸ばしてたらいかんぞ」

「ほら、福島くんもこういってるんだから」


 フフンっと得意げに胸を張る冬花。そのあと、ボソッと呟いた。


「……しゃんとしてる祐くんは凄くカッコいいんだから、さ?」


 顔を赤らめるくらい恥ずかしいならそういうことを言わなければいいのに……。俺も思わず顔が赤くなる。


「お前達、公衆の面前でイチャコラすんなよな……」

「イチャコラしてねぇよ……」


 総司の言葉に冬花はさらに顔を赤くして自分の席へと逃げるように戻っていった。


「世の中的には十分イチャコラしてるレベルなんだけどなぁ……。祐、夜道は気をつけた方がいいぞ?」

「全然ありがたくない忠告をありがとうよ」


 なんとも釈然としないものを感じつつ、朝のホームルームが始まるまで総司と雑談をしていた。



「おーい、お前ら。ホームルーム始めんぞ! 席に着けー」


 担任の登場に着席はするものの、クラスの雰囲気はさらに浮ついたものとなっていく。


「ん? なんだ、お前らもう知ってるのか? 耳が早いな……。じゃあ勿体つけても仕方無いな。入って来い!」

「はいっ!」


 担任に呼ばれて、扉の向こうで返事をした転校生。

 ん? 聞いたことがあるような……。一瞬の疑問に対する答えがガラガラと扉を開けて姿を現した。


「――なっ!?」


 出かかった言葉をグッと飲み込む。ちらりと冬花を見ると、クリクリとした目を思いっきり開き、驚いた表情でその転校生を見つめていた。

 教卓の前まで歩みを進める転校生に担任が声を掛ける。


「黒板に名前を書いて、軽く自己紹介を頼む」

「はいっ!」


 黒板に綺麗な字で名前を書いていく転校生。そこに書かれた名前は――。


「山城都子ですっ! わからない事とか色々あると思いますけど、早くクラスに馴染めるように頑張りたいです。よろしくお願いします」


 そう言って、頭を下げる都子。ポニーテールに結んだ艶やかな黒髪がその動作に合わせて揺れる。

 頭を上げたあと、俺を見てニコッと微笑んだ。


「うわー、ホントに美少女だぁ……」

「山城さんかぁ……俺、このクラスで良かった……」

「山城さんは彼氏とかいるんですかっ!?」

「髪どんなお手入れしてるの? 凄い綺麗なんだけど!」

「どこから転校してきたんですかー?」


 クラス内はあっという間に質問攻めの声で溢れる。担任はポリポリと頭を掻きながら面倒臭そうに口を出す。


「あー、お前ら。そういう質問は休み時間にしてくれ。……それから、山城の席は一番後ろの空いてる席な」

「はーいっ」


 軽い足取りで担任に示された席へと移動する。その一挙一動にクラスの視線が集まっていた。

 その席は俺の斜め後ろの席で都子は俺の方に向かって来るわけで。


「ふふふっ」


 俺の横を通りすぎるときに都子は、ペロっと舌を出してまるでイタズラが成功した子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。その仕草はクラス中が見ていたわけで……。

 休み時間、俺は都子と共にクラスメイトに囲まれることになったのは、言うまでもないことである。



 一時間目と二時間目の休み時間。授業が終わるや否や、俺の席に向かって移動してくる人影。


「おい、祐っ! どういうことだ、さっきのは!?」


 ちっ、やはり来たか総司。


「なんだよ、大きな声を出して……」

「いやいや! お前、山城さんと知り合いなのか!?」


 そんな総司の声にクラス中が注目していることをヒシヒシと感じる――。


「祐? どうかしたの?」


 と、都子が声を掛けてきた。そりゃ、自分の話題なんだし会話に入ってくるのもわかるのだが……。


「祐、だと……? お前、ホントにどんな関係なんだよっ!」

「あーもう、うっとおしいな! 全く、落ち着けよなぁ。っているかお前、前に写メで――」

「ねーねー、笠間っち? 山城さんってこの前、一緒に歩いてた子だよね?」

「ん? あの時の美少女だったのかっ!?」

「総司……」


 驚愕の表情で都子を見る残念な総司と会話に混ざってきた最上。

 そういえば、コイツが騒いだこともあったな。その最上の後ろには冬花と松山がいた。


「あー、祐くんも知らなかったんだね……。都子ちゃんも黙ってたのかな?」

「うん、ビックリしたでしょ? サプライズだよっ!」


 冬花は、そんな都子の言葉にため息を付く。


「冬花と山城さんは知り合いなんだったわね。あ、私は松山茜。よろしくね、山城さん」

「あー! 茜っちに先を越された! ボクは最上千代だよ。よろしく、都子っち」


 最上は相変わらず馴れ馴れしい奴だ。それでも、都子は嬉しそうにしている。


「うんっ! よろしくね、松山さん。最上さんも」

「最上さんなんてむず痒くなっちゃうから、ボクのことは千代でいいよ」

「あ、私も茜でいいわよ」

「じゃあ千代、茜って呼ばせてもらうねっ!」


 早速、俺が普段一緒にいる奴らとは打ち解け始めたようだ。この間の急に雨が降った日、都子の一日のスケジュールを知ったからというのもあるが、都子には学校生活を楽しんでもらえたら良いなって思う。

 それに俺だって、美少女がクラスに増えるのは嬉しいし。ただ――男子たちの恨みがましい視線は少し遠慮して欲しい。気持ちはわからなくもないけど。

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