第17話 妖狐と突然の雨。

 天気予報はあまりアテにならない。さっきまで晴れていた空は、どんよりと厚い雲に覆われている。そして――。


「凄い雨だな……」


 そう、バケツをひっくり返したかのような――という表現がピッタリな激しい雨が降っている。


「傘、持ってきてなんだよなぁ……。冬花は部活だし、他の奴らも部活」


 総司はというと、ホームルームが終わってすぐにダッシュで帰っていった。なんでも新作のゲームの発売日だそうでネット予約したものが届くらしい。

 しょうがないか……。いつまでも昇降口で立ちすくんでいてもどうしようもない。俺もダッシュで帰ろう。



「……ただいま」


 途中何回か信号につかまりつつ、ようやく玄関に辿り着く。

 走って帰ってきて、荒くなった息を落ち着かせる。


 改めて自分を状態を確認すると――。

 ブレザーやズボンはもちろん、カバンやローファーそしてパンツに至るまで全てがびしょ濡れになっていた。


「服が張り付いて気持ち悪っ……風邪ひく前にシャワー浴びるか」


 出来るだけ玄関で水気を落とし、俺は着替えを取りに自分の部屋へと向かう。

 とりあえず、制服のブレザーとズボンをハンガーに引っ掛け諸々の準備を終えて、シャワーを浴びに風呂場へと移動する。


「六月に入ったとはいえ、流石に寒くなってきたな……」


 ボヤキながら脱衣所の扉を開ける――。


「あれ? 祐?」

「ん? ――っ!?」


 扉を開けた先にいたのは、淡いピンク色のパンツを脱ごうと手を掛けていた都子。

 シミ一つない、綺麗な背中。こちらを向いていないのでお胸は見えなかったが、肉厚的なおしりとおオパンツはバッチリ見えてしまった。

 可愛いパンツ穿いてるんだなぁ……。って、あまり凝視しちゃダメだろっ!


「ご、ごめん!」


 慌てて俺は後ろを向く。健全な男子高校生には刺激が強すぎて、ちょっと鼻血出そう……。心臓もうるさいくらいにドキドキしている。


「……祐。一緒に入る?」

「はぁ? い、いやいや、入らないよっ! ってか、都子は恥ずかしくないのかっ!?」

「恥ずかしいけど……祐なら良いんだよ?」

「いやいやいやいや……」


 都子の言葉にもの凄く慌ててしまう。耳まで真っ赤になってそうだ。

 そんな俺の様子を観て都子がクスクスと笑った。


「ふふっ。祐なら否定すると思って、からかっちゃった。ゴメンね?」

「み、都子。お前なぁ……」

「さすがに結婚前に一緒にお風呂入るのはダメだと思うからねー」


 からかわれたとわかっていても、都子の性格がなせる業(わざ)なのか不快な気持ちに全くならない。

 断じて俺は美少女にからかわれて悦ぶドMではない。美少女に弱いのは男子の宿命なのだ。


「と、とりあえず。俺は部屋戻るから、出たら教えてくれ」


 バスタオルを引っ付かんで脱衣所から離脱し、足早に自室へ戻る。


 髪の水気を拭いていると、さっきの脱衣所での光景がフラッシュバックする。

 ――ゆで卵のようにツルッとしていて透明感のあった肌。シミ一つない背中から、しなやかな曲線を描いてくびれた腰。

 そして、綺麗なおしりと淡いピンク色のパンツ――っと、いかんいかん。

 ガシガシと強めに髪の水気を拭きながら、さっきの光景を頭から追い出そうとする。


 それにしても……この間は冬花のパンツを見てしまって、今日は都子のパンツを見てしまった。

 最近、パンツに縁があるのだろうか? 男子高校生としては、嬉しくないといえば嘘になる。

 そんな事を考えていると、また脳裏にさっきの都子のパンツやこの間の冬花のパンツがチラつく。


 あ~……なんか煩悩にまみれてきた感じがするな、と部屋でジタバタ悶えていたところ、都子から風呂が空いたと声を掛けられた。



「あ~煩悩よ去ってくれ……」


 普段より熱めのシャワーを頭から浴びながら、呟いた声は浴室に消えた。

 それじゃなくても同じ屋根の下で暮らしているんだ。邪(よこしま)な感情を抱いていると都子に申し訳ない。――それに俺も悶々としてしまう。


「はぁ……ダメだなぁ、強烈過ぎて忘れられん」


 つい数日前も、朝起きたら都子が俺の布団に潜り込んでいてビックリした。そして、冬花にもの凄く怒られた。

 あの時の冬花の視線は怖かったなぁ……。俺はドMじゃないので、悦(よろこ)んだりしない。


 思考が逸(そ)れたからなのか、少し落ち着いてきた気がする。別に、冬花の冷たい視線を思い出したからじゃない。


「そろそろ、上がるか……」


 キュッとシャワーを止めて、風呂場から出る。



 髪を乾かしてからリビングに顔を出すと、都子がこちらに気付いてコップを片手に近寄ってきた。


「はい、祐。麦茶だよー」

「おぉ、ありがと」


 都子が手渡してくれた麦茶をイッキに飲み干す。熱めのシャワーやその他諸々で火照った身体を冷やしてくれる。


「そういえば……都子も雨に降られたのか?」

「うん、夕飯の買い物に商店街に行ったら、帰りに降られちゃってさぁ」

「なるほど……。あぁー、買い物いつも行ってくれてるのか? ありがとな」

「大丈夫だよー。いつも家にいるから買い物行くのも楽しいし!」

「そっか、家にいて暇じゃない? 普段は買い物以外、何やってんの?」


 都子は少し考えてから答えた。


「そうだねー。洗濯とか掃除とかして……昼ご飯作って、昼ドラ観て……。んーっと少し休んで、夕ご飯の準備って感じかなぁ? あとお風呂掃除とか?」


 都子の普段の過ごし方を聞いて驚く。まるで主婦のようだな。

 というか、昼ドラなんて観てたのか。


「……凄いな。いつも本当にありがとう」

「ううん。家が綺麗になるのは気分いいし、作ったご飯を美味しそうに食べてくれるのも凄く嬉しいんだよっ!」


 素直に感謝を伝えると眩しい笑顔を返してくれた。そして、都子はスッと一歩近づいて上目遣いで囁いた。


「……それに、祐が喜んでくれるのが凄く、すっごーく嬉しいっ!」

「そ、そっか……」


 思わずどもってしまうくらい破壊力のある優しい眼差しと照れくさい台詞。


「き、今日の夕飯も楽しみだな……」

「うんっ! 楽しみにしててね? 今日は冬花と作る時の練習も兼ねてコロッケ作ってみるから」


 なんとか搾り出した俺の言葉に上機嫌で台所に向かう都子。俺はただただ、ぼんやりと眺めることしか出来なかった。

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