第16話 真夜中の妖狐。

 草木も眠る丑三つ時、禍々しい気配を感じ都子は目を覚ました。


「――っ! この感覚は『物の怪』……?」


 集中して気配を探ってみると、『物の怪』はこちらに向かって来ているようだ。


「……祐は『物の怪』を引き寄せやすい体質だし、この家に近づく前に倒さないと祐が危ないかも」


 これ以上、近づいてくる前に倒す事を決める都子。パジャマから普段着に手早く着替え、短刀を手に音を殺して自身に割り当てられた客室から飛び出す。

 思いのほか『物の怪』の進む速度が速かったのか、玄関を飛び出して三分も立たず禍々しいまでに真っ黒な影に遭遇する。

 月明かりと街灯しか灯りのない住宅街の道で夜の闇よりさらに深い闇と対峙する都子。


「これ以上、祐の側には近寄らせないっ!」


 手に持っていた短刀を抜き、『物の怪』と対峙する。抜いた刃が月明かりを反射して淡く輝く。

 その輝きに呼応するかのように、艶やかな黒髪が光り輝く白髪へと変化していく。髪色の変化と共に、都子が妖狐だという証拠であるキツネ耳とキツネ尻尾が発現する。


 高まった都子の妖力に本能的な危機感を覚えたのか、『物の怪』がブルッと震え、妖狐となった都子に突撃した。

 横へ一歩動く事で単調なその攻撃をかわしつつ、すれ違いざまに短刀を振るって一撃を加える。


「明日も祐の朝ご飯とお弁当を作りたいから、さっさと片付けさせてもらうねっ!」


 そう宣言すると、上下左右から妖力で強化された短刀の斬撃が『物の怪』を襲う。

 禍々しい闇は無数の斬撃を受けるたびにその大きさを小さくしていった。


「――狐火よ。燃やし尽くせっ!」


 都子の周囲に無数の青白い炎が出現し、『物の怪』に向かって飛んでいく。

 短刀で傷付けられた『物の怪』は為す術もなく燃やし尽くされ存在を消滅させた。


「……狐火の威力が上がった気がするなぁ」


 つい数週間前に祐を助ける為に使った時の事を思い出し、自分の妖力が上がっている事を認識する。


「強くなれば、祐をちゃんと守れる。……っと、周囲にはもう『物の怪』は居ないかな?」


 精神を集中して周囲を警戒する。 


「……ん、大丈夫そうだね」


 フウッとため息をつき、妖力の放出を押さえる都子。

 それに伴って、月光を反射して美しく輝く白髪は光の残滓を残しながら黒髪に戻り、キツネ耳とキツネ尻尾は消えていった。


「さっ、帰って早く寝ないと」


 都子は今、居候している家へと歩を進める。



 笠間家で使わさせてもらっている客間に戻ってからも目が冴えて眠れない……。


「うぅー……。前に冬花には怒られたけど、祐の側に居たいなぁ……」


 一度思うと溢れてくる自分の気持ちが抑えきれない。


「今日は一緒に寝たいよ……」


 自分の想いを口にして吹っ切れたようで、ソロソロと寝ていた布団を抜け出し、二階にある祐の部屋を目指した。


「――祐? 寝てるよね?」


 音を立てずに扉を開け、部屋の主が熟睡している事を確認する。


「ふふっ。寝顔は可愛いんだよね」


 ベッドで寝ている祐を起こさないように慎重にベッドに潜り込む。


「祐の匂いだぁ……。やっぱり落ち着くなぁ」


 ギュッと祐の右腕を抱え込んで深呼吸をした。


「うんん……」


 突然の刺激に無意識に身をよじる祐を愛おしげに見つめる都子。


「――祐。大好きだよ……チュッ」


 ボソッと耳元で囁いて、頬に軽く唇を当てる。


「おやすみ……」


 そう呟いて瞼を閉じてすぐに都子は眠りに落ちていった。



 ――そして翌朝。


「――っ! 都子ちゃん! 祐くんのベッドに潜り込むはダメって言ったでしょー!」


 祐を起こしにきた冬花にベッドで一緒に眠る姿を見つかり、また怒られる都子であった。

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