第9話 孤独

 少女は祈りにも似た姿勢を維持したまま、不思議そうな顔をしている。自分が何を言われたのか、目の前の異形が何を言っているのか、良く理解できないと言った表情だ。利発そうな顔に、困惑の色が浮かぶ。――そして、話は振り出しに戻る。


「……そこを、どいてくれ」

「いいえ、どきません」


 梃子てこでも動きそうにないとは、この事だろう。まったくもって、頑固な娘だ。いや、それ以上に、年頃の娘が化け物を前にしてたじろぎもしないとは、呆れた度胸だ。――いや、平気という訳でもないのか。良く見れば、手足が小刻みに震えている。


「殺した後、骨と皮まで利用するなど……。あなたは人間を、家畜や動物と同じだとおっしゃるのですか?」

「……うん。……おそらく、人と、人以外の動物との間に、そこまで大きな違いは無いよ。……傷付けば、赤い血を流す。……飯を食べなければ、死ぬ。……ああ、勿論もちろん、細かな違いは沢山あるけどね?」


「それなら、あなたはどうして――。どうして、私を助けたのですか?」

「……助けた?……僕が、君を?」


「あなたの言っていることが、もし本当なら――。毒に侵されていた私を、あなたは助けてくれたのでしょう?」

「……ああ、そういえば、そんな事もあったっけ。……そうだね、確かに君はあの時、死ぬはずだった」


「なら、もう一度、どうか私を助けて下さい。――身勝手なお願いなのは、承知しています。けれど、私には、あなたの他に頼る人が居ないんです。――お願い、どうか、私を見捨てないで――」

「…………、………………」


 既に陽は落ちて、辺りは薄暗い。峰より吹く遥かな夜風が、乾いた大地のおもてぜる。――いつもなら、一つ大きく伸びをして、いつ果てるとも知れぬ微睡まどろみに、我と我が身を委ねる頃合いだろうか?


 見捨てないで、という言葉を最後に泣き崩れる彼女を見て、ようやく納得がいった。十四か十五か、年の頃は知らないが、彼女はまだ幼い。どれだけ芯のしっかりした娘でも、家を失い、街を焼かれたその日に、親兄弟の安否も分からない状況下で、一人で困難に立ち向かえるほど、強くは無いのだろう。――少しでも頼ることが出来そうな誰かが傍にいれば、依存したくなるのは当たり前だ。


 この広い世界に、自分だけが取り残されたかのような孤独と寂寥感せきりょうかんが、今の彼女を苛んでいるはずだ。年の割には大人びた態度や、中途半端な理屈っぽさが災いして、こんな当たり前の推理に辿り着くまでに、随分と時間が掛かったものだ。要するに、彼女は心細かったのだろう。人外と対面する恐怖に打ち勝つくらいに、寂しさと不安が募っていたのだろう。――後悔しても仕方のないことだけれど、怒鳴ったりして、悪いことをした。


 遠い昔、自分にも、そんな経験がある。初めて人の形を失って、たましいそれ自体には何の変わりも無いのに、何か大切な、決定的なもの失われた気がして――。その喪失感を紛らわせるために、もう二度と人間に関わらないと決めたのだっけ。清々する・・・・と強がりながら――。


 気付けば、再び人の形を取りながら、少女の方へ歩み寄っていた。どうやって声を掛けたものかと考えあぐねていると、しゃがみ込む僕と目が合って、ビクリと肩を震わせる姿が痛々しい。――そんなに、怯えなくても良いのに。


 こういう時、何て言えば良かったのだっけ。どうにも、慣れない言葉で感情の機微きびを表現するのは苦手だ。


 そっと、少女の頬に手を触れる。乾き切った指先に、幾筋もの、温かい涙の跡が伝わる。頭肩を包むようにして抱き寄せると、心のたがが緩んだのだろうか、固く閉ざされた唇から漏れる、かすかな嗚咽おえつ。――彼女は今、必死に悲しみと戦っているのだろう。


 ――さて、しかし、どうしようか。


 この洞窟の周囲には、本当に何もない。食料は愚か、水も薪も、およそ人間が人間らしく生活するために必要な物は、何一つ備えられていない。――けれども僕は、この洞窟とその周囲以外は、どこに何があるのかを全く知らない。


 彼女の背嚢はいのうには、何日分くらいの水と糧食が入っているのだろうか。女一人が鎧と一緒に背負える量だ、そう多いとは思えない。――なら、やはり早期に、どこか人間の街まで、彼女を送るべきだろう。結局、たかが小娘の言いなりになるのは何となくしゃくだが、こんな風に泣かれては仕方が無い。


「……今日は、もう遅い。……このねぐらには何もないけれど、入口は風が冷たいから、せめて、奥の方で眠ると良い。……明日、旅立とう」

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転生って正味罰ゲームだよね? 母里三位 @morisanmi

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