第7話 願い

 幾千年、あるいは幾万年の時を渡る旅人、すなわち転生者である僕は、どんなことでも知っていて、出来ないことなど何もない――なんてことは、勿論ない。何度生まれ変わっても、どの世界にも、不可思議なことが満ちている。


 今日、僕はそうした不可思議の中でも、とりわけ大きく、かつ異質なモノと遭遇した。アレ・・はいったい、何なのか。おそらく、この目の前の少女は、アレ・・の正体を知っているのではないのか。


 だとしたら、問わなければならない。問いただして、明らかにしなければならない。戦場には不似合いな美しい長衣をまとい、権威の錫杖を持った者たちが、いったい何者であるのかを。そしてまた、どの様にして彼らが、あの凄まじい力を得たのかを。


「あなたに、私の願いが叶えられる、というの?」


 ――けれども、その糸口である少女は、傷心きずごころの身の上だ。涙の跡もそのままに、彼女は僕に問い掛ける。


 ――正直、メンドクサイ。手間暇てまひまを掛けずに脳を捕食し、直接記憶を吸い出した方が、はるかに楽であるのは間違いない。けれどもその方法では、記憶の大部分を失ってしまう。――もしもうっかりと、一番肝心な部分が抜け落ちていたら、目も当てられない。


「……うん、叶えてあげるよ。……人の望むことは大体、出来る積もりだから。……だから、良く考えて、願い事を言うと良い。……でも、願いを叶えるより、僕の質問に答える方が先だ」


 詐欺としか思えない口上で、年端もいかぬ少女に語りかける。――いや、かどわかすと言った方が、正確かもしれない。


 僕の返事を聞いた少女の理知的なかんばせに、少しの困惑と、あからさまな怯えの表情が浮かぶ。――おかしいな、努めて優しい言葉で尋ねたハズなのだけれども。


 まあ、この反応も致し方ないだろう。今は人の形をしているとはいえ、中身が異形の――花蕾からいに蛸足を生やしたような――人外であることは、もうバレてしまっているのだから。


「――そんなことをして貰わなくても、質問には答えます」


 けれども少女の返事はあっけなく、そして意外だった。


「……良いのかい?……多分、本当に、大抵の願いは叶うよ?」

「――構いません。私が知っていることは、全てお話します。だから、あなたもどうか、教えて下さい。見てきたのでしょう?――トルキアの最期が、どんな様子だったのかを」


***** ***** ***** ***** *****


 少女の名前は、フェリシアと言った。ローレシアとゴンドワナ、二つの大国を繋ぐ馬車の道。その中継地点の一つとして栄えた、城塞の街トルキア。その統治者カーディーの家に生まれ、堅信礼を受けたばかりの末っ子だということだ。


 ゴンドワナの軍勢によって包囲を受ける最中さなか、彼女の両親は、地下水路から街の外へと、フェリシアを逃すことに成功した。――仮面を付け、鎧まで着せたのは、彼女が男に見えれば、道中の危険が少しでも減るのではないかとの配慮だったらしい。


 もっとも、当のフェリシアには、ただ逃げる積もりは無かった。包囲の外に出た彼女は、山の向こうにある同胞の街に一刻も早く急を報せ、あわよくば助力を求めようと、不慣れな山道を急いだ。その途中で、瘴気・・を吐く不気味な洞窟を発見。休憩がてら、中を確かめてみたところ――化け物ぼくに遭遇したということらしい。


 別段、じらす理由はない。トルキアの最期が知りたいとせがむ彼女に、自分が見てきた光景を告げる。涙をぬぐった彼女は、居住まいを正して気丈に話を聞きながらも、その表情が段々と青ざめていく様子は、隠し様が無かった。


「――そうですか。――ありがとう、ございます。――私は決して、今のお話を忘れません」

「……街が滅びても、その中にいる全ての人が、殺される……とも限らない。……気休めを言うつもりは無いけれど……。……まだ、生きている人も、大勢いるだろうね。……もっとも、死んだ人と、生き残った人と……。……どちらが幸せかは、分からないけれど」


「……さて、今度は、僕の質問に答えて欲しい。……あの、杖を持った男たちは、何者なんだい?」

「あなたの見た人物が、紫の長衣をまとう、白髪の老人であるならば――。おそらくは、魔導士ボードワン。星陥ほしおとしの名で知られる、ゴンドワナ随一の魔法使いです」


「……魔法というのは?」

「――えっ?魔法は、魔法です。――ええっと、ほら、たとえばこんな風に」


 そう言うと、彼女は壁に立て掛けていた盾を、手で触れずに動かして見せた。――テレキネシス、と言うのだったっけ、これ。


「……それじゃ、君もボードワンの様に……。……何もない所に、燃える星・・・・を呼び出すことが出来るのかい?」

「もし、そんなことが出来るなら――私は、トルキアから逃げたりしません」


「……しかし、それに近いことは、君にも可能な訳だ。……他には、魔法でどんなことが出来る?」

「遠くにある物を動かしたり、ロウソクに火をつけたり、熟練した術者になると、自分を遠くに動かしたり――どうして、そんなことを知りたがるのですか?」


「……ボードワンは、突然、何もない所に大岩を出現させた。……魔法は、これまでに無い物質を創造することが……つまり、無から有を創り出すことが、出来るのかい?」 

「それは――。私には、分かりません。けれども恐らく、ボードワンが使ったのは、大規模な転移テレポートと、念動発火パイロキネシスです。どこかにあった大岩を、戦場に満ちた莫大な魔力マナで、呼び寄せたのでしょう」


 彼女の発言は、非常に興味深かった。けれども同時に、僕が失望するには十分な内容だった。もしも魔法が、無から有を創造する、神の御業みわざであったならば。その偉業を模倣もほうして、逆に、たましいを無に帰する方法だって、見つかった知れない。


 ――けれども、蓋を開けて見ればこれだ。本当に、下らない。魔法・・がどれだけご大層な物かと思ったら、要するに、単なる転移装置と発火装置の、代替品でしか無かったなんて。


「……ありがとう。……知りたいことは、もう他にない。……雨季が来るまで、僕はこの洞窟で寝ているとするよ。……質問に、答えてくれた礼だ。……君は、見逃す。……どこへなりと、去ると良い」


 期待した分、何だかどっと疲れた。――もう、新しいねぐらを探す気力も失せた。


 形態変化を解き、膨らみかけた植物の華蕾に蛸足を生やした様な、元の不定形の身体に戻る。すると、全方位が万華鏡の様に重なって見える二十四の視界の、それも真ん中に、手を胸に当て、片膝を折りこうべを垂れて、あたかも祈りを捧げるが如き敬虔な姿勢を取った、少女の姿が映る。


 ――いったい、何をしているのだろう。一度は化け物・・・呼ばわりした相手に、今更いまさら何の積もりだろう?


「……そこを、どいて欲しい。……邪魔だ」

「いいえ、どきません。――お願いです。どうか、私に――いえ、私たちに、力をお貸し下さい」

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