第6話 少女と化生

 ――聞いていない。


 この世界に、あんな規格外の破壊を撒き散らす手段が存在するなんて、そんな話は聞いたことが無い。――いや、この世界だけじゃなくて、どの世界でも、あんな奇妙な破壊を見たのは初めてだ。


 まあ、そもそもぼっちだったから誰かから何か話を聞くなんてことは有り得ないんだけれど、それにしても、長い転生の記憶を辿たどっても、あんな光景を見たのは初めてだ。


 あの力は、いったい何だろうか?――あんな不可思議な兵器は、見たことがない。何もない中空に、突然巨大な燃える岩が出現した。まるで、杖を持った者たちが、それを招来したかの様に思えた。


 ――魔術・・という言葉が、ふと頭を過る。そう、あの杖を掲げた者たちを、長衣を着て陣営の真ん中に占位していた者たちを、僕は確かに魔術師・・・だと思った。


 けれども、そんな馬鹿な。無から有を招来する。そんな大それた行為は、もっとずっと文明が進んだ世界ですら、不可能だった。――けれども、もしそれが、この世界では可能なのだとしたら?


 人間同士が戦うのは、何も珍しいことじゃない。石器時代の昔から、当たり前の出来事だ。都市一つ、あるいは国家一つを滅ぼす兵器や発明だって、腐るほど存在した。


 しかし、それらはいずれも、その仕組みや構造が論理的に説明が出来るものばかりだった。世界のあらゆる物理法則を無視し、条理を捻じ曲げて破壊を撒き散らす様なモノの存在を、僕は見たことも、聞いたこともない。


「……これは、確かめざるを……得ないな」


 誰に語りかけるともなく、独りごちる。そうだ、僕は確かめなければならない。あの巨大な力の源が、何であるのかを。そして、知らなければならない。無から有を招来する、そんな神の御業とも称するべき偉業が、本当に、過ぎれば朽ちる土塊つちくれである人の手によって、成し遂げられたのかを。


 目立つ変化へんげは行わず、人間の姿のまま、再び洞窟に戻る。行きは半時も要さなかった道のりを、半日程かけて苦労して戻ると、洞窟の入口には、意識を取り戻したのだろう、あの少女が立っていた。


「――ッ!!――――ッ!!」


 まだ遠くに居るうちに、こちらの姿を認めた少女は、破れた鎧と盾もそのままに、何かを叫びながら、それはそれは真剣な面持ちで駆け寄って来る。


「無事だったのですねッ!?――良かった。本当に、良かっ、た……?」


 兜を脱ぎ、丁寧に編み込まれた空色の髪を惜しげもなく夕日に晒して、精一杯の笑顔を浮かべる少女。その声色は、生き別れになった兄弟か、でなければ恋人にでも掛けるかのように、親し気だった。――少なくとも、途中までは。


「……ただいま」

「――あなた、いや、お前……は……ッ!!」


 ひとまず挨拶を返すと、少女の表情が凍り付く。それまでの親し気な様子はなりをひそめ、少女の双眸そうぼうが大きく見開かれると――やがて、光るものまであふれだす。


「……僕だと、分かったみたいだね。……けれども、何故?……今の姿は、君達人間と、寸分もたがわない……はずだけれど?」


 問い掛けには答えず、少女はただ涙を流す。あふれ出る悲しみをぬぐおうともせずに、照らす夕日の輝きを閉じ込めた小さなしずくが、袖ならぬ破鎧を濡らすに任せている。――その破れ目からは、大きな傷跡がのぞいていた。


 血と埃で薄汚れてはいるが、こうして太陽の下で眺めてみると、どうして中々美しい少女だ。絶世の美女――と呼ぶには少々色香が足りないが、容姿だけなら千人に一人、いや、万人に一人の部類に入るだろう。


 そんな少女が、夕日に照らされてはらはらと涙を流す様子は、まさに物語の一場面だ。もし、時を止めることが出来るなら、今この瞬間は、これまで味わってきた数多あまたの人生の中でも、もっとも美しい一瞬に違いない。


 ――そんな見当違いの感想を抱いて少女の様子を眺めていると、やがて、どうにか我を取り戻したらしい彼女は、さも可笑おかしいといった風情ふぜいで唇に指を当て微笑ほほえむ。それは、心からの微笑びしょう。ただし、悲しい自嘲じちょうの笑み。


「――そうよね、トルキアは囲まれていたのだもの。誰も、逃げられるハズがない」


 力なくつぶやい少女は、やがてそっと目を逸らし、再び彼方の地平を見詰め、立ち昇る煙をじっと目に焼き付ける。少女の視線の先には、たしか、あの街があった。立派な城壁を持ち、朱色の門に守られ――大勢の兵士に囲まれ、滅ぼされたばかりの街が。――この子は、あの街から来たのだろうか?


「……君は、あの街の出身なの?」

「ええ。――あなたも、トルキアを知っているのね?」


「……いや、今日知ったばかりだよ。……ここで待っていても、多分、街の人は誰も来ないよ?」

「知ってるわ、そんなこと。言われなくても、分かってる。――分かっているけれど、でも……、でも……ッ!」


「……僕には、何も分からないよ。……君たちが、何と戦っているのかも、何故戦っているのかも、全然分からないね。……知っていることを、話して欲しい。……それはきっと、僕にとって、この先必要な情報だ」

「……、…………」


「……沈黙も、また一つの回答こたえ。……けれども、それは僕の望む回答こたえじゃない」

「――ごめんなさい。今は、誰とも話したくないの」


「……君に、拒否権は無い。……と、言いたい所だけれど……。喋らなければ、殺す――と、脅したとしても。……今の君には、効果が無さそうだね?」

「…………、………………」


「……苦しいなら……。……楽に、してあげようか?」

「………………、……………………」


「……死者をいたむ気持ちには、敬意を払うよ。……けれども、死ねば、それで終わりとは限らない。……苦しみは、死んだ後も続く、……かも知れない。……もし君が、死ぬことで苦しみから逃れようと、考えているのなら……。……それは、多分間違っている。……きっと、また別の苦しみの糸口に、なるだけだろうね……?」

「――あなたは、何が言いたいの?」


「……君と、取引をしよう。……どんな願いでも良い。一つだけ、僕は君の願いを叶えてあげる。……だから君は、知っている限りのことを、僕に教えて欲しい」

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