第2話 夢現 -2-

「ねぇデーテーって何?」

 貫太が改めて放った質問を琥太とケビンはスルーして玄関から廊下へと上がり込んでくる。勝手知ったる何とやら。既に両親への挨拶は済ませていることだろう。顔をニヤつかせて廊下を歩く二人を見ながら私は思う。

 つまり私には早くない、ということだろうか。そのデリカシーの無さに私は腹が立ち、この二匹の後頭部を思い切り鷲掴みにすると、そのまま全身全霊、あらん限りの力を込めて情熱的に接吻させてやり、そのまま三人を置いて居間ではなく自分の部屋に向かった。

 当然私は喋れないのであるが、無口なまま繰り出された攻撃だったために二人は憤り貫太はツボに入って笑いまくる奇妙なシーンが繰り広げられていた。

「お前の所為せいで俺まで攻撃されちまったじゃねーかクソ」

「んだと! 人を担いでおいて挙句そこまで人の所為にするとは人の風上にもおけんぞこのバカ」

「くっそー。今もいてぇわクソ石頭が」

「はんっ! 鍛え方が足りねーんだよ何のために髪生やしてんだよ軟弱」

「やんのかテメェ!」

「やってやるよ後で表出ろ表!」

「ねぇデーテーって何!」

「「子供にはまだ早い!」」

 そんな様子で未だに吠えあっている声を遠くで聞いて私は、またこの季節が来たんだな、なんていうセンチメンタルな思いを抱く。……訳がない。見た目だけでなく、その内面まで含めバカガキばっかりだ。嫌気が差す。


 琥太と初めて会ったのは互いに新生児の時だったそうだが、流石に記憶に無い。ある訳が無い。

 記憶がある初対面は幼稚園に入ったばかりの時分。当時互いに三歳だっただろうか。今でもはっきりと思い出せる。とかく大きな体格差。三歳児標準サイズの私と並べば、琥太は既に年長か小学生か、という圧倒的体躯。

 どうして三歳という幼い頃の記憶をはっきりと覚えているのか。簡単なことだ。同い年とは到底思えない巨体が、私のことを、「ぎゅー!」とか言いながら抱きしめてくるという強烈かつ忌々しい思い出なのだから。

 抱きしめられる、と言えば母や父や祖父母、そして曾祖父といった大人以外に抱きしめられることなど今まで体験した事もなかった訳で。本当に驚いた。

 が、私は負けなかった。泣かなかった。むしろ、きぃんっ、とその巨体の股間を思いっきり蹴り上げてやった。

 びーびーびーびー。ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん、と琥太の方が泣き喚いた。流石に怒られるか、まずいことをしたか、という気持ちにもなったし、父は琥太の祖父に対してえらく謝っていたが、琥太の祖父は恐縮している父に何か言って、その後私の頭を撫でながら、……何か言っていたはずなのだが、流石にそこは覚えていないし、まず当時の私は理解出来なかったと思う。

 一先ずは事なきを得た。まぁ、当然の事だ。こんな感じで琥太の妙ちきりんなところは本当に当時から今まで変わらない。三つ子の魂百まで。まさしくだ。

 ケビンだが、彼は幼少期から体の大きさが祟り結構乱暴な性格だったそうで、それを心配した両親が伝を頼り巡りに巡った結果、琥太と共に相撲を始めさせることになったのだそうだ。

 力の使い方を学ばせたり、ケビン以上に体が大きく性格も荒い元気やすばるに揉まれる経験をさせるのが良いだろう、という曽祖父の意見だったそうだ。

 それ以上の詳しい経緯いきさつはもうおぼろげなのだが、ドイツ人の両親としては相撲のあの格好だったり、乱暴な性格を心配しての相談なのに武道を学ばせることだったりという部分に対し多少、いや結構な心配を抱いたそうだが、実際の所ケビンはかなり丸くなって今に至っている。今でも両親はケビンが相撲を続けることに反対しているそうなのだが、

「ずっと全国三位圏内なら文句ないっしょ」

 そんなことを飄々ひょうひょうとした顔でケビンは言う。そしてそれは、本当のことではないらしい。


 元気やすばる、そして健太の三人も小学生の頃までは我が家へ上り込んでいたし、中学の時は昴以外の四人が毎年来ていたのだが、今では我が家にやってくるのは琥太とケビンの二人だけになってしまった。

 一時期は五人もの野郎共の面倒を見ていたのが、二人だけになってしまった。そのことを両親や父の弟子達--の中でも年長者の部類のみ--そして貫太は非常に残念がるが、私としてはありがたいというか、早く二人も来なくなれば良いのに、と決して口にはしないが思っている。汗や男臭さなんてもう父や貫太だけで十分だ。

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