第11話 おむかいさん

 こんな夢を見た。


 腰まで冷たい水に浸かったまま、真っ暗な洞窟の中を歩き続けている。水といっても、泥水らしく、歩くたびに両足にまとわりついてくる。洞窟に光はなく、ちょうど夜中に目を覚ましたぐらいの視界で進まなければならなかった。洞窟の大きさは自分の身長より頭ひとつ分高い天井と、歩くたびに倒れないように広げる両腕が、かすかに壁面にあたるぐらいの広さ。水は冷たいのに、空気はぬるい。既に息があがっていて、学生の頃に無理矢理走らされたマラソンの後のように、喉の奥が酸っぱくなっている。

 移動するたびに、踏み出した足の下が地中に深く食い込む深遠で、地下水脈に飲み込まれて永遠に地上に出れなくなるのでは?という恐怖に襲われた。だから、進むたびに、前に出した足で、底があるか、あるいは抜けないか確かめてから進んでいる。

 道は一方通行のように思えた。どうしてここに迷い込んで、どうしてこうやって進まなくてはいけないのかわからない。とにかく前に進むことしか出来ないのだけを理解して、息をあげながら泥水ら掻き分け進む。

 せめて、薄く光る幻想的なキノコとか、天井に罠を張る土ボタルの幼虫でもいれば、気分も変わるのかもしれない。ここには何も無い。きっと、洞窟の入り口からずっと離れていて、洞に棲む動物や植物すら入り込めないほどなのだ。そう考えると、この泥水の中に危険な生物が潜んでいる気がしなくなって、幾分か気持ちが晴れるが、同時に、それはここから出られる可能性が低いということも示している。

 疲れているのに、何故か洞窟の壁面を触る気になれない。天井も確認したくなかった。自分の身長の頭一個分、その先に天井があるというのは、音の反射でなんとなく感じ取っているだけである。

 洞窟は奇妙なほどに真っ直ぐで、だけど洞窟の壁面は人工を思わせない、でこぼこした輪郭であるのが、薄っすら確認できた。


 息を整えるために立ち止まると、進む先がぼんやり明るいことに気づいた。出口か、もしくは、天井が抜けて地上の光が僅かに差し込んでいるのか。あれだけぼんやりしているということは、ここは地上からどんだけ深いのだろうか。

 ふらつきながらそこまで進む。

 ああ、水の際が見えた。光が差し込んでいる部分は、少し傾斜がついていて、そこだけ水面から顔を出した土が見えた。少なくとも、そこでは座って休むことができる。足で泥水の底を慎重に確かめながら近付いていく。ゆっくり進んでいる最中に、私の向かい側から誰かがこちらに向かってきているのに気がついた。

 私が気づくと同時に、相手も私に気づいたようで、しばし暗闇の中、お互いの存在を感じながら立ち止まる。しばらくして、私たちは乾いた土を求めて、また前進しはじめた。あのぐらいのスペースなら、大人2人分は、座って壁にもたれるぐらいの余裕はあるだろう。

 まだ暗くて相手の顔は見えない。光が差し込んでいる乾いた土の傾斜はとても緩やかなのに、膝を上げるのにも苦労するほど、両足が萎えていた。身を曲げて、意地になって足を前に進ませていく。やがて光が差し込んでいる場所まで来たのか、下を向いてばかりだった地面に、私の影が落ちているのに気がついた。相手もようやく登りきったようで、ハアハア荒い息をしている。


 ふと顔をあげた。

 そこには、青白い顔で泥まみれの私が立っていた。

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