第四話

 例えば、蜥蜴男の『ブラック・アドミラル』君(仮名、年齢不詳だが発見時の推定年齢は五才)は、園で五年間生活している。

 彼は、飼い主が途中で飽きて世話を放棄したため、衰弱死する寸前で園に身元を確保された。

「人並みの生活は諦めています。どうせ捨てられた身ですから」

 と、ブラック・アドミラル君は、自立支援のための職業訓練プログラムの一環で小さな箪笥を作りながら、私に語った。

 以前の生活については思い出したくないらしい。

 彼の口からその様子が語られたことはなかった。

 野生動物――正確には「野生の魔物」――であれば、厳しい自然の中での生存競争により生来の特殊能力に磨きがかかって、単体でも十分生きてゆけるようになる。

 魔物というからには、それぐらいの生命力を最初から備えているものであって、公的資金や施設の援助は本来必要ない。

 ところが、幼少時に飼育されていた魔物の場合は、特殊能力の行使を飼い主が抑制してしまうために、成体になった時には能力がすっかり失われていることが多かった。

 家の中で始終炎を吐かれても困る、という飼い主の事情は分かる。

 しかし、生きるために必要な力を奪った事実も忘れないで欲しい。

 それが理解できていれば、安易に置き去りには出来ないはずだからだ。

 その点では、変に可愛がられて育てられるよりも、放置されていた魔物のほうが野生復帰が容易である。

 園に保護された魔物の中にも、野生状態より過酷な環境で育てられたことにより、施設を出てからは「難攻不落の迷宮に巣食う魔王」として、世間に勇名を轟かした者もいる。

 ブラック・アドミラル君の場合は不幸なケースに該当する。

 最初のうち面倒を見られたがために、野生であれば備わっているはずの、掌と足裏の粘着力を使っての自在な上下左右移動や、体内で生成した毒物の噴射という能力が、保護された時には衰えていた。

 しかし、彼の場合はそれを、細かい作業を正確に行うための道具の固定と、両手に加えて長い舌も駆使した効率的な作業という能力に変え、家具職人として生計を立てることができそうだった。

 彼の手により、全面に細かい細工を施した美しい箪笥が生み出される。

 そして、彼の精緻な作品の愛好家は少なくない。

 私も試作品を一つ貰ったことがあるが、部屋に置いておくとその周辺が華やかな雰囲気になった。

 生計を立てるどころか、彼はきっと大成するに違いない。

 決して本人には言わないが、不幸中の幸いである。

 迷宮の暗闇の中で蠢いている人生よりも、家具職人としての人生のほうが遥かに豊穣に思えるからだ。

 これが、同じ爬虫類でも蛇男になると如何ともしがたい。


 また、奇矯な性癖を持つ貴族が没落したりすると、途端に園は大騒ぎになる。

 大抵、そういう一族は居城内に膨大な稀少動物を飼育している場合が多いからだ。

 先月没落した貴族は、邸宅内に動物園を備えており、そこであちらこちらから集めた稀少動物を飼育していた。

 いや、飼育していたというのは誤りで、ただ放し飼いにしていたというほうが正しい。

 世話が出来る者を雇用していなかったからだ。

 貴族の夜逃げに気がついた近隣住民が、役人を伴ってその邸宅の門を開け放った時、中から凄まじい獣臭が溢れ出したという。

 動物園は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 ここではその詳細を表現することを避ける。

 それほど凄かった、と理解して頂きたい。

 近隣の商店に借財が貯まっていたため、それでも商店の主たちは金目のものを探し出そうと、吐気を堪えながら動物園内を物色した。

 しかし、結局生きて見つかったのは、耳のところに髭のようなものが生えた小さな黒い猫系の動物だけだった。

「まあ、それでも何かの足しになるかもしれない」

 と、その動物を持ち帰った商店主は翌朝失踪し、今に至るまでその足跡すら明らかになっていない。

 そのため、動物は園に持ち込まれることになったのだが、その時に受け入れを担当していた飼育員は、その動物を一目見るなり仰天した。

 彼は過去の文献で、

「空から飛来した岩に載っていた」

 という、その動物のことを読んだことがあったからだ。

 名を『クァール』という。

 魔物どころか、この世界の生き物ですらない。

 急ぎ、園の地下にある危険動物の頑丈な檻に収容されたクァールは、一ヶ月近く何も食べていないのだが、今も平然とした顔をしている。

 園に保護される時点で、かなり食べ溜めて満腹になっていたらしい

 こうなるともう、没落貴族が本当に夜逃げしたかどうかも定かではないが、誰もそのことを口にする者はいなかった。

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