三 実名検索されるものと覚悟しておいたほうがよい。
だらだらと志望動機を説明し始めた受験者を放置して、私は履歴書に目を落とした。
面接中に、面接官が資料に視線を落としている場合は、真剣に話を聞いていないと思ったほうがよい。
本気の面接官は、決して受験者から視線を逸らさない。
表情の細かい変化や身振り手振りから情報を得ようと、虎視眈々と狙っているからだ。
また、手元の面接票になにやら書き込んでいるからといって、話の内容を記録していると思わないほうがよい。
大抵は似顔絵か、受験者にとってマイナスな記述をしていることが多いのだ。
履歴書にも外したくないポイントがいくつかある。
ますは、名前である。
これは名前の書き方に気をつけろという意味ではない。
面接を受ける前に少なくとも、自分の名前を検索キーにして、恥ずかしい黒歴史がネットにダダ漏れになっていないかどうかを確認しておく必要がある、という意味である。
ネットの実名検索は採用担当者にとって、いまや常識以前の初歩的な手段だ。
履歴書を出した以上、まずは実名検索されるものと覚悟したほうがよい。
その検索結果に、「昨日の面接官はすごい感じ悪かった」や「実は他社が本命なんだけど」などの香ばしい記述があった場合、貴方に未来はない。
急いで削除しても痕跡は残るから、後は面接官が検索しないことを祈るしかないだろう。
また、何も出てこないのも交友関係の希薄さが感じられて具合が悪いので、余裕がある方は友達に依頼してステマを講じておく、ぐらいの対策はやっておきたいものである。
次に、内容である。
履歴書は、
「なるべく詳細に書き込んだほうが、意欲の高さが感じられてプラスになる」
と考えている者は多い。
しかし、実際問題、細かく書き込まれて密集した文字なんか読みたい者は誰もいない。
面接官は大抵が中年で、老眼である。
綺麗な大きめの文字で、要点だけが簡潔に書いてあるほうがポイントは高いのだ。
そして、忘れてはならないのがツッコミポイントを準備しておくことである。
例えば、資格の欄だ。
よく、魔法検定三級のような、ちょっと勉強すれば誰でも取得できる資格が堂々と記入してあるのを目にする。
本人的には、
「こんな資格を持っています。勉強しました」
という点をアピールするために書き込んでいるのだろうが、実は逆効果だ。
特に人気企業や高度専門職を目指すのであれば、
「なんだ、その程度で履歴書に書き込むのか」
と判断されて、速攻で不合格になってしまう危険性すらある。
むしろ、同じような誰でも簡単に取れそうな資格を書くのであれば、私ならばこうする。
「セパタクロー初級」
一見して何だか分からない。
だからこそ、誰しもがツッコミを入れたくなる。
貴方はそのツッコミに対して、事前に準備した基本的な知識を開示するだけでよい。
それだけで、貴方は面接官の頭の中に『セパタクローの○○君』という強い印象を与えることが出来る。
一石二鳥の素晴らしい作戦だが、これにも弱点はある。
その記述を読んだ面接官が、とても乗り気な様子で、
「ところで、このセパタクロー初級というのは何ですか?」
と聞いてきた場合は、事前に準備してきた知識をひけらかしてもよい。
しかし――もし、面接官が、
「ほう、セパタクローね」
と言いながら眼鏡の向こう側にある目を密かに輝かせたとしたら、貴方は速攻で、
「いえ、実は友達に誘われてついでに取得した資格でして――」
と、即座に撤退したほうがよい。
間違いなくその面接官は、セパタクローの上級者である。
また、そこの面接に合格した場合、採用後の貴方の人生がセパタクロー一色になることは間違いない。
いわゆるセパタクロー採用である。
*
要点のつかみづらい話を続けている受験者の資格欄には、お約束の「第一種飛龍免許(中型限定)」に、「魔法検定二級」と「神聖文字試験五百点」の記載があった。
飛龍免許は中型まで持っていれば、一般飛龍の五人乗りまで問題なく操縦することが出来る。
大型免許は二十人乗りまで操縦可だが、今回の募集職種ではオーバースペックになるので、ここは問題ない。
最高で九百九十点の神聖文字試験が五百点というのは、カタコトであるが意思の疎通は不可能ではない、というレベルである。
転生門の開錠が可能な七百点台には足りないが、これも、
「単独で勝手に転生させるような真似はできない」
と考えれば問題ないし、部下に七百点以上の者がいればどのみち同じである。
問題は魔法検定二級で、これは論外である。
ちゃんと募集要項を読んでから応募したのか、と歯軋りしたくなった。
応募の条件欄にちゃんと、魔法検定準一級以上が必須と明記してある。
最近はこのような「受けてみたら何とかなるかもしれない」という安易な記念受験が多くて困る。
はっきり言って仕事の邪魔だし、事前に電話で確認してくれればちゃんとお断りしたはずだ。
とはいえ、履歴書チェックの段階で見つけられずに面接にまで呼んでしまったのは、私の部下のミスである。
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