四 魔王を志すとは勿体ない。
表向きはにこやかに応対しつつ、腹の中は煮えくり返っていた。
予定時間は三十分だったが、十五分三十秒で面接を切り上げる。
三十秒は部下の失策に免じての、おまけのようなものである。
「失礼しまーす」
と、最後まで語尾が延びっぱなしだった彼女は、やりきった表情で退室した。
扉が閉まってから、私は面接票の結果記入欄にコメントを走り書きする。
(空気が読めない。能力も並以下。適性なし。不可)
我ながら厳しい評価だったが、決して悪意はない。
後で思い出す時に便利なので、少々きつい表現になるだけのことである。
次の候補者の面談票と履歴書をセットすると、一分間ほど休憩する。
小さく息を吐いてから、私は大きな声で言った。
「それでは、次の方どうぞ」
次の受験者が扉をノックした。
「失礼致します」
自然に私の背筋が伸びる。
――なんだ、今のすっきりと伸び上るような声は?
扉を開いて室内に入ってきたのは、魔道士協会の公式制服を格式通りにきっちりと着こなした、若い女性だった。
「ゲルトフェン・イームズと申します。魔道士協会からの推薦により伺いました。本日は宜しくお願い致します」
彼女は、私を正面に据えて、涼やかな視線で見つめながら、明るい笑顔を浮かべて、そう挨拶した。
「――お座りください」
私の声が少しだけ詰まる。
「それでは失礼致します」
彼女はマニュアル通りの挨拶と動作で座ったが、動きに無理がない。
着席すると、手にしていたメモを即座に開いて机の上に置き、背筋を延ばしてこちらを見る。
私は息を整えると、形式通りに面接を始めた。
「それでは最初に自己紹介を、簡潔にお願いします」
「はい。私は現在、魔道士協会公認の教育機関であるリューズ魔法学院に籍を置きまして、
澱みもなくすらすらと語られる自己紹介の内容に、私は驚愕した。
バイオメトリクス遷移は、古来より続く魔道術式体系にパラダイムシフトを引き起こしかねないほどに脚光を浴びている、最先端の
その中でもリューズ魔法学院と言えば、昨年度の
私は段取りを無視して、最大の疑問点を尋ねることにした。
「貴方はどうして、我が社の魔王育成プログラムに応募されたのですか? 貴方の研究分野であれば、
「そう教授からも言われました。君であればどこの団体であっても喜んで推薦するのに、魔王を志すとは勿体ない、と」
もっともな意見である。
魔王育成プログラムはいわば実践の場であって、学術的な思索よりも現場での即応力が求められる。
学術分野での競争についていけなくなったのであれば話は分かるが、本人の弁を信じれば将来を嘱望されていたということになる。
そして、私の目から見ても彼女の実力は、相当に高いと察せられた。
「では、どうしてでしょうか? 私が言うのも変ですが、学者が現場に出て汗水たらして肉体作業をするようなものでしょう?」
「不遜な言葉に聞こえてしまうかもしれませんが――」
彼女は私のほうを見つめて、少しだけ困ったような顔をしながら話を続けた。
「私は学術研究の場で思索を続けるうちに、現在の研究が実際の魔道士が置かれている現場の出来事から遊離した、理論のための理論、論理のための論理を追究しているように思えてならなくなりました。魔道士機関説――と言ったらよいのでしょうか。魔道士の存在を、外部からの刺激に対して内部から決まった反応を返す箱として簡略化してしまうことに、危機感を覚え始めたのです」
それは、バイオメトリクスに対する批判として、ごく最近になって分野外の少数の者が言い始めている問題点である。
最先端の現場に身を置きつつ、同時にそのことを感得するというのは並大抵の問題意識の高さではない。
「ですから、より実態に近いところに身を置いて、現実を見据えてみたくなったのです」
そう言うのは簡単だが、実行するためにはかなりの覚悟が必要である。
魔王育成プログラムは、今までの類似プログラムとは異なり、次世代のリーダーたりうる新しい魔王を生み出すために、我が社が社運をかけて取り組んでいる一大プロジェクトである。
候補者は五名程度。
プログラムは二年間の予定で、知力、体力、リーダーシップ、危機管理能力などの側面から、候補者の適性を測り、評価してゆく。
能力の特異性や、ジョブおよびクラスの新規性はもちろん、多彩な部下達を引き付ける魔王力も必要だ。
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