二 ホラ話でも構わないので準備しておいて頂きたい。

 真面目に採用面接をする場合であれば、

 ・基本事項のヒアリングで「十五分」

 ・周辺事情を詳しくヒアリングするために「十五分」

 ・他社への応募状況や志望度の高さを測るために「十五分」

 ・興味の方向を探るための質疑応答に「十五分」

 以上のフルセットで、最低でも一時間は必要になる。

 最初から一時間未満の面接――特に多い三十分の面接は、応募者多数の時に第一段階のスクリーニング目的で設定される、手順が簡略化されたショートバージョンであると考えてもらってよい。

 従って、三十分の予定で採用面接を受けたのであれば、最低でも予定時間の三十分は超えたいところであり、それが一時間に近付けば近付くほど「次回面接のお報せ」が届く確率は高くなる。

 もし、一時間を超過することがあれば、その時点で次回面接は確定だ。

 そして――もし、面接の途中で、

「ところで、この後、別な者とお会い頂きたいのですが、お時間はありますか」

 という丁寧な言葉が面接官から出たとしよう。

 貴方の内定は確定したものと考えてよい。

 極めて稀ではあるが、そのようなことがない訳ではない。

 私も過去に一回だけやったことがある。

 逆に、約束した時間すら超えなかったというのは、相手が面接時間を冷静に管理できるほどの余裕を持っていた、ということを意味している。

 それをいかにして忘れさせるかが、受験者の腕の見せ所なのだ。

 また、

「結果連絡は一週間以内に致します」

 と言われた場合でも、採用したいレベルに達していると判断された者には、その日のうちに合格の連絡が来る。

 三日も時間がかかっているというのは、不合格か、あるいは「とりあえず残留対象とするかどうか検討している最中」と覚悟したほうがよい。

 要するに、三日以上かかった貴方は「数次第の一人」にすぎないのだ。


 *


「まずは、貴方の志望動機から聞かせて頂きたいのですが」

 私は追い返す気満々であるから、むしろ少々背中を伸ばした姿勢でお決まりの台詞せりふを口にした。

「私はー、募集の資料を拝見してー、御社のー、将来性とー、社会にー、貢献するー、業務の内容にー、感銘を受けましてー、ここでならー、自分もー、成長できると思いましてー」

 受験者は間延びした調子で、家で何度も練習を繰り返してきたと思われる、いかにもなキーワードたっぷりの志望動機を口にした。

 この「御社の将来性」とか、「社会への貢献度」とか、「自分の成長」とか、普段はあまり真面目に考えたこともないような言葉を口走る場合には、事前の綿密な準備が必要である。

 それを決して忘れないで頂きたい。

「じゃあ、うちのどこに将来性があると貴方は考えたの」

「具体的にどの辺が社会に貢献していると、君は考えたのかな」

「これから自分のどのような点を成長させていきたいと考えているのかな」

 という質問が面接者から出ることは、想定してしかるべきである。

 だから、それに対する回答も事前に準備しておかなければならないのだ。

 もし、回答が、

「それは、御社のサービスには将来性があって、それが人々の生活に役に立っていることから、自分でもその一員として仕事をすることで、社会に役に立つ人間として成長していけると確信して――」

 などと、単純なキーワードの言い換えや繰り返しに終始しようものなら、言葉だけを頭に詰め込んで再生しているに過ぎないことが、すぐにバレる。

 せめて、

「先日、御社がプレス発表された『魔王育成プログラム』という新機軸を拝見しました。それが、他社の魔王との差別化に成功していて、新たな事業展開に結びつくものではないか、と私は感じました。私がこれまで培ってきた能力が、その新規事業の展開にあたって少しはお役に立つのではないか、と考えておりまして――」

 ぐらいのことは、ホラ話でも全然構わないので事前に準備しておいて頂きたいものである。

 また、自分の語彙が豊富でないことを貴方自身が自覚しているのであれば、そんないかにもなキーワードには頼らずに、最初から自分の言葉で話してもらったほうが、よっぽど好感度が高い。

 面接攻略本を山ほど読んで、勉強してくるのも実は逆効果だ。

 貴方の相手は、かなりの数の面接をこなしているプロである。

「なんだか最近、同じような内容の話を口にする者が多いな」

 と、面接攻略本の存在を相手に察知されようものなら、貴方の進行方向は問答無用で不合格ルートに分岐する。

 ・前例を踏襲するだけで、自分のオリジナリティが出せない。

 ・提供されたテンプレートの中でしか、世界が構築できない。

 ・丁寧なマニュアルがなくなると、途端に挙動不審になる。

 そんな緊急事態に弱い若者は、競争の激しいうちの業界には必要ない。

 魔王ならばなおさらだ。

 何が起きても動じない胆力。

 根拠のない自信であっても、部下が従わずにはいられない統率力。

 はったりと分かっていても、それを信じたくなる説得力。

 修羅場になれば、そんな力も必要になるのだ。

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