第6話

「ふわぁ・・・」

「欠伸すんな馬鹿」

「馬鹿じゃないですってばぁ・・・」

 お昼時の編集室。私と編集長、そして私を助けたついでに眠らせたお姉さんが、互いに顔を見せ合う形で座っている。

「仮にも依頼者で、被害者なんですよー、私は。そんな言い方ひどくないですかー?」

「こいつ一回締めていいか?なんかムカつくから」

「我慢してやりな。まだ薬の効果が切れきってないみたいだから」

 こっくりと頷き、同意する。まあその薬を使ったのはあなたなんですが。


 黒紫の翼を持つ彼女は、スラーと名乗った。スラー・ギア・フォーゼル。

 もちろんながら鳥族であり、推測通りこの新聞社の専属記者らしい。大人びて凛としているが、どこか付き合いやすい雰囲気もある不思議な人である。

 あと、すごい優しい。私が眠りに落ちた後、体をタオルで拭いたり、服を着替えさせたり、ベッドに運んでくれたりしたらしい。


 起きた時、なぜか同じベッドの中で寝てたけど。しかも裸で。



「もう充分寝ただろ、こいつ。半日以上睡眠とってまだ足りねえってなんだよ。成長期かよ」

「その通りですけどねー」

「その通りだろうね」

「うるせーうるせー。これ以上お前の回復待ってても仕方ねえから、話進めんぞ」

 むぐー。せっかちな編集長さんである。


「あの猫が来たのは昨日の夕暮れ、そうだよな?」

「はい。そうですけど・・・あれ?」

「なんだよ」

「スラーさん、ずっと見張ってたんじゃないんですか?この建物の外から。なら、侵入を未然に防ぐこともできたんじゃあ?」

 ああ、とスラーさんが口を開いた。

「私からは見えなかったんだよね、隠れてるあいつが。ああ見えても恐ろしいほどに優秀だから。今日はたまたまブチギレてくれたから助かったものの、本来なら抵抗した時点で即抹殺だったろうから」

「ひえぇ・・・」


 これ以上私に恐怖を与えないでほしい。勇気がへなへなになっていく。

 ・・・覚悟はしてたけど、厳しい状況だなあ。


「まあ、唯一の救いはリタが窓を不用意に開けなかったことかな。私とプレスタが見張りを交代したのが昼下がりだったんだけど、機動性じゃ私の方に分があるからね。午前中に窓からの侵入を許したら、絶対に間に合わなかっただろうし・・・もしかして、アンタ煙草吸う人なの?」

「はい?吸いませんけど・・・嫌いじゃないですね」

「だからか、なるほどね。それじゃ多分、あいつ半日くらい待ち伏せしてたんだと思うよ。そりゃ腹も立つわ」


 ・・・理解が追いつかない。

 とりあえず首をかしげ、わかりませんアピールを実行。


「普通あんたくらいの歳の少女だったら、煙草の匂いが充満した部屋には居たがらないでしょ。だから編集長がいなくなった後、確実に換気する。そう踏んで窓際に身を潜めて機を図ってたんでしょうけど」

「・・・私、編集長がいなくなった後、すぐ昼寝しましたね」

「・・・なんかあの猫が可哀想になってきたな」

 プレスタ編集長がボソッと呟いた。


 いけないいけない!ちょっと私も申し訳ないとか思っちゃったじゃんか!

 自分を殺しにきた相手に気を使ってどうする!

 ・・・本当、なんで申し訳ないなんて思ったんだろ。


 ってか、今の話をまとめると、いろいろとおかしいというか、引っかかる点がある。

「そもそも、敵は国だって言ってませんでしたか?でも、あの娘は国報編集部を名乗ってましたよ?」

「ああ、どっちも敵だぞ。しつこいのは国報だけど、お前には国が敵に回ったって言った方がわかりやすいだろ?実質的にはほぼ一緒だし」

「ま、まあ、のこのこと国報編集部に乗り込むつもりはなかったですけど・・・」

「国は俺たちやお前くらいなら平気で無視するだろうな。それくらい余裕がないと回りゃしねえから。でも、国報は自分たちの記事に過剰に誇りを持ってる。それこそ事実を捻じ曲げるほどな」

「そのために暗殺者雇うくらい、上層部は相当なイカれエリートどもだ。まあ大方、会社の名誉を失えば自分たちの存在価値もなくなってしまう、とでも思ってんだろ」

「・・・新聞は何のためにあるんですか」


 呆れるしかない事実に絶望を覚えた私のつぶやきに、編集長はニヤッと笑った。

「そりゃ、民衆に真実を伝えるためだろ?」


 言葉だけなら素晴らしく真人間なのだが。

 おそらく、いや明らかに、何か意味を含んだ言い方だった。

 しかも単純な皮肉ではなく、彼の本質を託したような、重い意味。


「あんたも、本当に餓鬼ね」

 本当にどうしようもない、というようにスラーさんがため息まじりに言った。

「そりゃそうだろ。この新聞社がある限り俺はクソガキだよ」

「ま、労働に見合った給料をくれるなら、なんでもいいんだけどさ」


 大人二人が盛り上がってるところ悪いと思うけど、疑問はもう一つあるのです。

「あの・・・さっき煙草で換気がっていう説明があったじゃないですか?」

「あ?理解できなかったか?」

「いや、そこは大丈夫なんですけど」

「なんだよ?」

 私は若干の緊張に喉を掴まれたまま、ゆっくりと訊いた。


「だとすると、あの娘は編集長の知り合いってことになりません?」


「ん、まあ結論から言うとそうだな」

「別に、結論からいわなくてもそうね」


 あれ、否定しない?


「あいつも俺もある意味有名人だし、それ以上にあいつとは何回か話す機会もあったからな」

「敵同士じゃないんですか?」

「おいおい、新聞社同士じゃそんなわかりやすい関係性なんかじゃないぞ。まあ国報と仲が良かったことはない。相手が変な動きをしなけりゃ互いに関わる気もねえ」

「それに、あの娘・・・アーフィも、ずっと国報専属ってわけじゃないし・・・いろいろあんのよ」

「そうなんです・・・か」


 なんか最後の方、はぐらかされた感が凄いけど、突っ込まない方がよさそうだなあ。

 私はコーヒーカップを持ち上げ、ホットミルクに口をつけた。

「んで、プレスタの調査はなんか成果あったわけ?」

「まあ、それなりにな」

「・・・!」


 それ大事!一番大事なやつ!

 とりあえず、私が寝てる間に調査に行ってくれたことにびっくりです。


「はっきり言う。超面倒くさい事件に巻き込まれてるみたいだ」

「とは・・・?」

「とは・・・?」

 思わず疑問をハモらせた私とスラーさん。

 編集長は真面目な表情になって、告げる。


「プリム・リグラ容疑者が自首したらしい。お前が無罪だと主張する少女が」

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