第7話

 「そんなこと、あるわけないじゃないですか!」

 思わず怒鳴った私を、編集長は冷静な目で見つめた。

 「だって彼女は犯人じゃないんですよ!? 誤認逮捕ならまだしも、自首なんて・・・!」

 そう、ありえない。理由すら必要ない。

 わざわざ自分から犯罪者、それも殺人鬼だと詐称するなんて。

 「だから超めんどくさい事件だっつってんだろ。それに、最初から何かがおかしいことは確かだろ?」

 「それにしても・・・本当に自首なんですか?」

 私の問いに、何か含みのある笑みで返答する編集長。

 「ああ、そうだ。国報の言うことが真実ならな」

 「それって・・・!」

 国が仕掛けた冤罪だというなら、国報の報道が意図的に捻じ曲げられていたとしても不思議ではない。つまり、実際は強制的に身柄を確保していたとしても、自首という都合のいい形で世に公表することもできる。

 彼女の真実を知る人間など、私を除いていないのだから。

 「つまり、自首した、という嘘を流していると・・・」

 私と同じことを考えていたのか、スラーさんが呟くように言った。

 それに対し、気に入らない様子で鼻をならす編集長。

 「そんなところだろうとは思う。少なくとも真実が捻じ曲げられて報道されてるのは確かだ。そして、容疑者の身柄がすでに確保されていることも」

 「もう世間に容疑者の顔が割れてるからね。拘置所にいるはずの殺人犯が街中で発見されたら、大問題になるのは確かだもの。」

 むふぅ、事態は一刻を争うということか。早くしなきゃ本当にプリムが刑務所に入れられてしまう。

 私はホットミルクを一気に飲み干した。熱い液体が身体の芯を叩き起こす。

 彼女の運命は私次第なのだと、再確認する。

 眠気なんかに構ってる暇はない。


 「んで、本腰を入れて調査をしていく前に、一つ聞いておかなきゃならねえことがある」

 編集長の視線を受け、私は首を傾げた。

 「なんですか?」

 「聞く、というよりは尋ねる・・・むしろ頼むに近いことなんだが」

 「回りくどいですね、早く言ってくださいよ」

 一度うつむいて呼吸を整えた後、編集長は改めて口を開いた。


 「一度だけ、一度だけでいい。俺たちのために命を張ってくれないか?」


 ええええええええ、理解できない理解できないっ!


 「・・・きゅーん?」

 「・・・なんだ、その返事?」

 頭が呼吸器をうまく操作できず、意図しない声が漏れた。恥ずかし。

 至極真剣だった編集長の表情が、少し崩れる。

 「はっ、いや、今のなしです! 改めまして!えっと、なんだろ・・・」

 「・・・おいおい、しっかりしてくれ」

 「唐突に命の任意同行を迫られちゃ落ち着けませんって!」


 へなっと、脱力し椅子にへたり込む編集長。どうやらあっちはあっちで、口に出すのは緊張する内容だったらしい。あたりまえか。

 「え、どうゆーことですか?ていうか、今さっき命の危機に瀕してたんですけど、え?これ以上の危険の中に飛び込めと?」

 「アーフィが来たのはさっきじゃなくて、昨日のことなんだけどね?」

 「そんなのどうでもいいんです!スラーさんは黙っててください!」

 おおっと、とおどけた様子でヘラヘラ笑う彼女に軽くパニックを感じつつ、私は編集長に目線を向けた。深い青の瞳は呆れで埋もれつつある・・・悪いことしたっけ?


 「んで、どーすんだよ」

 「どうするって・・・何をするかも聞かないで頷くわけにはいかないですよ」

 「煮え切らねえ奴だな」

 「命は大切ですよ、むやみに振りまわせるもんじゃないですもん」


 そーだなと呟くと、編集長は深く椅子に座り直した。

 何となく不安になって、私は肩にかけられた毛布の端を、そっと握った。


 「簡単に言うと、敵地に飛び込むって感じだな。秘密の巣窟へ」

 「はあ・・・え?」


 ちょっ、普通に納得しそうになったけど、要するに敵ってさあ、

 「相手は国ですよ!こっちが犯罪者になる気ですか!」

 「ちげえよ、そっちじゃない。国が敵に回ってるのは確かだ。さらに正確に言えば、敵側に位置しているのは。だけど、俺らが叩こうとしてるのはあくまで、今回の事件に限った黒幕だ。プロジェクトリーダーとでも言うかな。」

 「それじゃ、根本的な解決にはならないんじゃ?」

 「ああ、そうだな。大方、下請けの奴らを尻尾切りにして、国の奴らはのうのうと生き延びるはずだ」

 そこで、編集長は一度言葉を止めた。椅子から身を乗り出し、こちらをさらに強く見つめてくる。

 「もちろん俺らはすべての不祥事を暴くつもりではあるさ。でも、お前の目的は被疑者を救うこと、それに限るんだろ?余計な要件に依頼者を危険に巻き込むのは許されることじゃない。それもお前みたいな娘を、な」

 「・・・」


 なんか気に入らない言い方だ。今まで無駄に馴れ馴れしかった編集長が、ここにきて壁を作ってきているみたいで。所詮、私は部外者なんだと、そう告げられているみたいで。


 「その上で俺たちはお前を保護しなきゃならない。お前というか、お前の持ってる真実を」

 「なのに私を危険にさらすんですか?」

 「ああ、そうなるな」

 道理に合わないことを平然と言ってのける。私がじとっと睨むと、編集長はあくまで涼しげに言い放つ

 「考えてみろ、今の俺たちの味方は俺たちだけだぜ? 他の誰かにお前を預けることすらできやしねえ。俺とスラーが敵陣に乗り込んでお前だけここに残していくなんて、かえって危険なだけだ。俺たちについてきてもらう方が安全だってことだよ」

 「む〜」

 「それに、お前にやってもらわなきゃいけないことだってあるし」

 「なんですか、そのやってもらうことって」

 「それはその時になってから指示する。お前の場合はその方が成功する確率が上がりそうだから」


 適当にはぐらかす目の前の男に、苛立ちとかすかな諦めを感じる。いっつもこうである。何かを聞くと、上辺だけ答えてあとは煙に巻く。

 ちょっと年が上なくらいで気取らないでほしいもんだ、まったく。


 「いいです、やりますよ」

 私の言葉に一瞬空気が固まり、そして遅れて内容を理解したのか、編集長がほっと息を吐いた。

 「やってくれるか、本当だな?」

 「本当ですって。っていうか、遠回しに命の危険をほのめかしてるくせに、協力のお願いもくそもないじゃないですか。脅迫ですよ、脅迫!」

 「よーし、言質を取っちまえばこっちのもんだ」

 「あ、この鬼畜!やっぱなし!今のなし!」


 くすっ、とスラーさんが笑い声を漏らす。

 「こら! そこ笑わない! っていうかさっきかずっと笑ってるじゃないですか! 人の命がかかってるっていうのに!」

 「いや、だってさ。最初からわかってたもん、リタが協力してくれるだろうってのはね」

 「へ、なんでですか」

 「あんたの今日の第一声、『プリムはどうなりましたか?』だったじゃない。自分が殺されそうになった次の日に言える言葉じゃないわ」

 ん、まあそうだったけども。彼女が助かってたなら私の命も狙われる必要がないわけだし。

 脳内で言い訳していると、スラーさんが続けて言葉を放つ。

 「それに断る理由がない。そうでしょ?」

 ん、なんかひっかかる言い方である。

 「そんなことないですって! 国を敵に回して死にたくはないですよ!」

 「それ以前に、私たちに殺されるって可能性は考えなかったの?」

 「えぇっ・・・」

 そんなバイオレンスな!ひどい!


 「『国がお前を狙ってる、今日は俺が守ってやるよ』なんて言われてホイホイ泊まるようじゃ、危機管理能力、というか常識があるとは言いづらいでしょ。その上で、素性を知らない私たちなんかに協力しようとしてる。普通なら、睡眠薬を使って無理やり眠らせるような輩を信用できる?」

 ヘラヘラとしたままのスラーさんに捲し立てられる。

 「だって・・・いい人そうなんですもん。二人とも」

 「商売人ってのは大抵そう見えるもんよ」

 「目を見ればわかります!」

 「光っているのはいつだって灯りよ、まぶたを開けとけば勝手に輝く」

 私の弁明をことごとく否定していく。

 言葉を失い、不安感で揺れる意識の中から必死に言うべきことを引っ張り出す。


 「・・・だって、私が信じてるんですもん。愛想笑いもしないろくでなしの編集長が、皮肉ばっかりの新聞記者が、私を騙そうとしてるとは思えないんです。だから、私は信じますよ。彼女を救ってくれるって。私も彼女を救うために全力を尽くします」


 そんな長々とした私の言葉に、スラーさんは何かを考え込むように黙り込んでしまった。その紫の瞳

でこちらを見つめながら。


 「おめでたいやつだな、お前は」

 長い空白の後、編集長が口を開いた。

 「俺らが優しくしてんのはお前が重要参考人だからだ。だからこの事件に関してだけは協力する。その後のことは知らねえよ、赤の他人だ」

 「・・・望むところです」

 「それと、俺たちの目的は記事を書くことだ。お前の友人を救うのはそのついで、おまけでしかない。過剰に期待されても困るぜ」

 「・・・はい」


 真剣、を通り越して緊迫した空気の中、編集長がふっと笑った。

 「それを理解した上で、それでも今回は俺たちを信じてくれるか?」

 「もちろんです!」

 「了解。俺たちもお前を信じてるんだ、お前の証言を」

 椅子に座ったままニヤリと口角を上げた。


 「信じろなんて、今更言わねえ。自分自身のために敵地に殴り込む、そのために背中を預け合う準備はできたか?」


 蜂起、それを感じさせる宣言に、思わず体が震えた。


 「い・・・イエッサー!」

 「ぶふ・・・ふぁはは!」


 スラーさんがこらえきれず、という感じで噴き出す。

 「もー! なんなんですか!」

 「いや、この恒例の軍隊ノリに、ついに支持者が出るとは・・・でかい事件のとき毎回やるんだもん、この編集長は」

 「またバカにして!」

 「してないしてない。いやー、やっぱりリタはいい奴だね。お姉さんは大好きだぜ!」

 ワシャワシャと右手で髪を撫でつけられる。私が癖毛だから引っかかって痛いこと痛いこと。


 「よし、なら今日はお開きだ。リタリアは昨日の傷をできるだけ引きずらないよう眠っとけ。俺とスラーが交互に安全を確認する。明日の夜に突入を決行する。奴らに目にものを見せてやるぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る