27話 チェックメイト
手首が飛ぶ。激痛が走る。視界が真っ赤に染色する。
噴水のように噴き出す鮮血を冷静に眺めながら、御影は霞む意識を必死に奮い立てていた。
虎助とアインによる奇襲作成――それは見事に功奏し、御影の思惑通り、日向は時が止まったように停止していた。
日向自身、度重なるトリッキーな攻撃に翻弄されて、すっかり集中が削がれていたせいもあるのだろう。いつもの日向なら豪快に『雷帝』でも使って迎え撃っていただろうに、『アイギス』を使って守りに徹してしまった。それが御影の狙いだとも知らずに。
その結果、多量に噴出する血に意識を取られ、日向は戦意すら失くしかけている様子だった。
いくら日向が戦場慣れしているといっても、身内の――それもお気に入りの人間(自分でお気に入りというのも、自惚れが強いみたいでなんだが)が大量に出血している姿を見れば、動揺だってするだろう。人によっては狂乱する者も出ておかしくないくらいだ。
むしろ狂っているのは――
――僕の方、なんだろうけどね。
理解はしている。自覚もしている。どれだけ自分がおかしなことをしているのかというのは。
だが日向に勝つつもりなら、ここまでやらなけならない必要があったのだ。
それだけに日向は強い。強過ぎて足元にも及ばないくらいに。
そんな最強に敵う方法なんて、ごくごく限られている。
その限られた中で見出したのが、奇策の数々だった。
だれより宝条学園の中で最弱だった御影には、これくらいしかやり方が見つからなかったのだ。
最弱が最強に挑むだ。まともなやり方で敵うはずがない。がむしゃらに正攻法で突っ込んだところで、瞬殺されるのは目に見えている。愚の骨頂だと一笑に付せられるのは自然の理。
だったら、自然から外れた手を打てばいい。
相手の土俵に上がらず、枠の外から攻め立てる。
それが御影の――策士としてのスタイルだった。
しかしながらここまでとなると、正直言って異常でしかないだろう。
勝利をもぎ取るためとは言え、自分の手首を落とすだなんて、どう考えても狂っている。
常軌を逸している。
人としての臨海線を超えてしまっている。
それでも。
たとえ人から外れてしまっても。
それで、日向に勝てるだけの強さを得られるのなら――。
そしてその悲願は、もうじき叶えられようとしている。
本当は御影個人で達成するつもりだったのだが、かけがけのない仲間達との出会いによって、今となってはD組の指針ともなっている願い。
D組に入った当初は、クラスメイト達から疎まれていたせいもあって、眼中にすらなかったけれど。
みんなと過ごしている内に、彼ら彼女らも御影と同じようなコンプレックスを抱いているのだと知って。
チームプレイだって、立派な戦略なのだと知って。
いつしか、みんなと同じ夢を望むようになって――
こうして、御影はみんなの思いを譲り受けて戦っている。
自分の身を文字通り削りながら、御影は日向と相対している。
そして――――
「アイぃぃぃぃぃぃぃぃンっ!!」
前のめりになりつつ、御影は喉が割けんばかりに声を張り上げる。
そこでようやく、日向がハッと我を取り戻す。
だか、遅い。
この時にはすでに、アインは。
日向のすぐそばまで、肉薄していたのだから。
虎助達の奇襲に気を取られていたように、今度は御影の尋常ならざる行動に茫然自失としていたところに、アインが瓦礫の陰から飛び出していたのだ。
しかし、日向は未だ『アイギス』を解いていない。
足場がある以上、『アイギス』によってすべての攻めが無効化される。アインの『鬼』の力とて例外ではない。
だったら――
三階もぶち抜いてやればいい。
アインが拳を打つモーションに入る。
一瞬御影を見て、不安げに瞳を揺らしながら。
その様子に、御影は思わず苦笑する。
察するに、このまま御影ごと廊下を崩して日向を落下させるのに躊躇いを覚えているのだろう。先ほど虎助を崩壊に巻き込んだ時と同じように。
この作戦を伝えた時、真っ先に懸念していたのこれであった。
果たしてアインは、最後まで役目をまっとうできるか。
換言すれば、御影と虎助を傷つけることに躊躇し、途中で作戦を放棄したりはしないか。
根は優しい子だ。本人は他人なんかに興味はないといった風を装っているけれど、それは過去のトラウマから心を守る自己防衛でしかない。
だからこそ、屋上で作戦会議を開き、虎助に続き、三階も御影も同じように廊下をぶち抜けと伝えた際、非常に瞠若していたのだ。
一度は虎助の説得もあって承諾したアインではあったが、まさか御影までも同じ真似を要求するだなんて予想だにしなかったのだろう。ただでさえ手首を失って危険な状態だと言うのに、追い打ちをかけるような真似ができるかと反駁すら受けたぐらいだ。
だが、そこは強引に押しきった。アインの心情を慮れば、それがどれだけ度し難いかは容易に想像はつくが、これは御影の作戦を完遂するために最重要な案件でもあるのだから。
そんな御影の熱意が伝わったのか、最終的にアインは折れた。一度は彼女の前で飛び降り自殺を演出してみせたこともあって、何を言っても無駄だと思われたのかもしれない。納得というより、諦観による妥協に近いものがあった。
なんにせよ、鍵を握っているのはアインだ。
アインの行動次第で、作戦が実るか水泡に帰すが変わる。
そして、今――
意識が薄れそうになるのを奥歯を噛みしめることで必死に堪え、眼前のアインを見据える。
日向はアインの存在に気づきつつも、驚愕が過ぎて引くことすら叶わない様子だった。
そんな日向のそばで、アインは。
己を鼓舞するように。
『鬼』の暴走に負けまいと、すべてのしがらみから解き放つように。
「はあああああっっ!!」
裂帛の気合いと共に――拳を廊下に打ち付けた。
直後、御影と日向の足元にひび割れが走り、底が抜け始めた。
「――――――っっ!?」
耳をつんざくような廊下の崩壊に、日向が声にならない叫びを上げる。
足場が完全に崩れ、『アイギス』も蛍火のように燐光を散らして消えていく。
日向と共にバランスを崩した御影は、なす
アインはというと、一瞬で離脱して、崩壊の心配がない地点で心配そうに御影を見下ろしていた。
しかし、それでいい。
これで、完全に決着が付く。
心中でアインに喝采を送りつつ、まるで時計の秒針が狂ったように遅々と流れる景色の中で、背中から落下している日向の姿を捉える。
この時になってまだ、日向は態勢を整えようと身を翻そうとしていた。
実際日向の『人壊』があれば、猫のように向きを変え、着地と同時に降り行く瓦礫から難なく逃れられるであろう。
実際ここで異能が使えたならという話だが。
「なっ――――!?」
迫る階下を見て、日向は目を剥いて声を詰まらせた。
あにはからんや。日向の真下には――
一人の少女が、待ち構えていたのだから。
日向にしてみれば、驚天動地の出来事だろう。
なんせ日向の中では存在しえないはずの十二人目の存在が、忽然と現れたのだから。
日向のことだ。一体どこにどれだけの人員を割いているかなんて、事前に『レーダー』で把握していたはずだ。
が、そこが大きな穴だった。
D組の中に唯一、その『レーダー』に感知されない異能力者がいたのだ。
それが彼女の異能、『ステルス』。
とどのつまり、ほのかにはこの瞬間が訪れるまで、ずっと第三校舎内に隠れてもらっていたのだ。
もちろん、日向の視界にさらされないところでだ。
そうして、前もって虎助から携帯端末を受け取っていたほのかに連絡を繋ぎ、こうして二階――落下予想地点まで来てもらったのだ。
彼女の異能は単体のレーダー探知機などにしか通じないため、通常の異能戦では日を見ることほとんどないが、今回の場合では絶大な効果を発揮する。
なんせ今回の異能戦では、敵が日向一人だけ。
他に探知能力を持つ者がいたらいざ知らず、日向だけならば存在を気取られずに姿を消せる。まさに『レーダー』対策にうってつけの人材だったわけだ。
そして、ほのかがここにいるのは、それだけに収まらない。
日向を打ち取るために、ほのかに託しておいた最後の布石。
それは――
パンっ!
と。
唐突に柏手を打ち鳴らすような音が響いた。
音の出処は、真下――つまりはほのかの方角。
そこには、もう必要がないと判断してか、軍手を脱ぎ捨てたほのかが真剣味に満ちた顔で、日向の落下に合わせるように手を打ち鳴らしていた。
その甲には、白線で描かれた幾何学模様が。
『異能封じ』――。
B組委員長、一ノ宮銀次の異能。
B組に勝利した特典で得た彼のコピー能力を、ほのかに譲っていたのだ。
最後の布石――日向の異能を封じて、彼女に落下時の衝撃を十全に与えるために。
日向も異能を封じられたと知ってか、面食らったように言葉を失っていた。
そんな日向の様子に、御影は人知れずほくそ笑む。
このままだと、御影もほのかも――そして日向もただでは済まない。元々御影は今にも回収されかねない状態だが、瓦礫に埋もれば大怪我は必死だ。特に日向は落下中なので、打ちどころが悪ければ脳震盪を起こしてもれなく気絶することだろう。
仮に軽症で済んだところで、もはやどこにでもいる非力な少女となった今の日向では、上階にいるアインの相手などまるで務まらないはずだ。
どちらにせよ、御影達の勝利は揺らがない。
これでチェックメイトだ。
「僕らの勝ちだ、城峰日向――!」
轟音が唸る最中、御影は万感の思いを込めて日向に告げた。
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