26話 逆転の一手



「ぬぅええええええ!? 手首を切り落とすって、それほんまに言うてるん!?」



 美々奈の驚愕が叫声となって群青の空に響く。近くの木々に止まっていた小鳥達が一斉に飛び立つほどの声量に、御影は思わず顔をしかめた。

 日向との異能戦が始まる前――いつものメンバーにアインを加えた御影らは、今回もバカのひとつ覚えのごとく、本校舎の屋上で円陣を組むように集まっていた。御影から見て左手側が美々奈。正面にアイン。右手側に虎助といった配置である。

 アインをここへと連れて来た当初、

「よくお昼休みにどこかへ行っているとは思っていましたが、こんなところで昼食を取っていたのですね……」

 と見晴らしの良い屋上の上を、物珍しそうに見渡していた。今までこういったところに縁がなかったのかもしれない。

 そんな感嘆としているアインをよそに始められた作戦会議。だいたいの概要を伝えた後、最後の方で口にした奇策に、美々奈がいの一番に反応していた。

「なに考えてるんミーくん! そんなんどう考えても自殺行為やん! むしろ自殺そのものやん! しかもこれからここでやるなんて、正気の沙汰やないで!?」

「少しの間ならどうにかなるよ。造血剤や痛み止めだって用意してあるし、なによりトラの『接着』である程度止血できるだろうしね」

「いやいやアカンて! 絶対死んでまうて! だいたいどうやるん? 道具もなしに手首を切り落とすなんて無理があるで」

「それなら大丈夫。トラに『切断』の能力を渡しておいたから」

 平然とのたまった御影に、虎助は「マジかよ……」と顔を引きつらせた。

「なんかあるんだろうなとは身構えていたけど、とんでもないことを言いだしやがったぞコイツ……」

「ほらあ、トラくんもドン引きやんか。ミーくんちょっと病院行ってきた方がええで? お薬もらってき?」

「至って正常だよ。人を精神異常者みたいに言わないでくれる?」

「実際、異常なこと言うてるやん」

「だな。弁護の余地もない」

「私もそう思います」

「………………」

 四面楚歌とは、こういった状態を指していうのだろうか。

「……いや、別に酔狂とかで言ってるわけじゃないから」

 頭痛を抑えるようにこめかみを指でほぐしつつ、御影は説明を続ける。

「大筋は今話した通りだけど、生徒会長を追い詰めるのに必要な処置なんだよ」

「そないこと言われても、正直そこまでやる必要があるん?」

「ある」

 間髪入れず首肯する御影。

「相手はあの学園最強なんだ。ちょっとした小細工じゃあ力で押し切られてしまう。決定的な隙ができるような策でないと、彼女には通用しない」

「せやかてミーくん。それやとミーくんがまともに動けへんくなるやんか」

「元々僕なんて策を練るぐらいしか脳のない非力な人間だよ。戦線に出たところで足手まといにしかならないし、いつも通りどこかに身を隠すよ」

「身を隠すって、この前みたいにマンホールとか? もう一回うんこマンになるん?」

「そのネタ、いつまで引っ張るの?」

 美々奈といる限り、ずっとこんなやり取りが続くのだろうか。考えるだけで憂鬱になる。

「マンホールなんて論外だよ。生徒会長の異能、もう忘れたの?」

「? 異能って?」

「……そうか。『レーダー』」

 ぼそっと呟いた虎助に、御影は「大正解」と拍手を打った。

「どこの隠れようと、『レーダー』を使われたらすぐに見つかってしまう。そんな中でマンホールなんて閉鎖空間に入ったら、それこそ袋のネズミだよ」

「じゃあミカは、校舎内に隠れることになるのか?」

「極力ね。状況によっては外に逃げるかもしれないけど」

「でも、手首を切った状態でやろ? 血とか垂れてすぐバレるんとちゃうん? 傷跡もできるやろうし」

「さっきも言ったけど、『接着』を使えばある程度止められるよ。効果自体は瞬間接着剤と変わらないけど、実際に接着剤を使うわけでもないから血で濡れて剥がれる心配もないし、包帯さえぐるぐる巻きにしておけば大丈夫だよ。傷跡はほら――」

 と、御影はおもむろにズボンのポケットをまさぐり、ある物を取り出した。

「みんなの分も渡してあるけど、軍手もあるしね。これで傷跡も隠せる」

「文様対策だけでなく、傷跡のカモフラージュでもあるってわけか」

 感心したように言って、虎助は自分の手の甲を見やった。

 そこには魔法陣にも似た幾何学模様が青い線となって刻まれていた。コピー能力者だというのを示す特有の文様だ。

 御影から受け取った青い玉――『切断』の能力を屋上に来るより前に自身の手へとコピーしてあったのだ。

「ウチだけ絶縁手袋も一体に渡されとるけどな。でもほんまに上手くいくんやろか。生徒会長をスプリンクラーで濡らして、あわよくば感電させようなんて」

「……やめたくなっちゃった?」

「いや。今回ウチ、いつも通りに諜報役とはいかへんしな。ウチの異能が使えへん以上は、罠やろうがハッタリやろうがなんでもやったるさかい」

「うん。なんなら、別に倒してしまっても構わないんだよ?」

「……死亡フラグになるようなこと、言わんといてくれる?」

 露骨にイヤそうな顔をする美々奈。元ネタを知っていたとは驚きだ。

「でもミカ。フネさんも言ってたけど、大量に出血した後でまともに動けるものなのか? 貧血で倒れかねんぞ。それこそ生徒会長の前で倒れでもしたら本末転倒だ。だいいち、様子が変だと疑われかねない」

「少しの間だけなら誤魔化せるよ。ここにいる三人以外に事情を話すつもりはないから、生徒会長にも気づかれ難いと思うし、最後まで演技きる自信もある。それに――」

 とそこで間を空け、御影は正面にいるアインを見やった。

「僕ひとりってわけでもないしね」

「私……ですか」

 御影の視線を受け、アインは困惑したように表情を曇らせた。

「作戦の概要は理解しましたが、本当に私でいいのでしょうか。もっと他にやるべきことがあるんじゃあ……」

「君にしかできないことなんだよ。下手に生徒会長にぶつけるくらいなら、ちょっとお荷物になっちゃうけど、僕のサポートに回ってもらった方がベストだ。最終局面になったら、かなり重要な役をやってもらうことになるしね」

「あなたを支えることに対してはなにも異存はありません。ですが、その後となると……」

「ひょっとして、俺がネックになってんのか?」

 虎助の問いに、アインはピクッと眉を上げた。

 虎助は「図星か」と苦笑しつつ、話を続ける。

「俺のことなら構うな。御影の指示通りにやればいい」

「ですが――」

 と緊張を呑み込むように一拍置いて、意を決してこう言った。



「上階の廊下を崩壊させて、日向さんもろともあなたを巻き込むだなんて……」



 奇しくもそれは、B組委員長である一ノ宮銀次とその取り巻きにやってみせた作戦と同じであった。

 そしてアインにとっては、異能を暴走させた苦い記憶でもある。

 換言すれば汚名返上のチャンスとも言えなくもないのだが、本人してみれば、そう単純には考えられないだろう。

「……やっぱ、それを気にしてたのか」

 冷たそうに見えて、案外人が良いんだなと虎助は苦笑を滲ませつつ、

「けどよ、俺はそれを踏まえて御影の策に乗っかったんだ。こんなところでつまづくワケにはいかねぇよ」

 と朗らかな口調で告げた。

「でも、それだとあなたの身が……」

「問題ねぇよ。ちっとばかし痛い目を見るかもしんねぇけどな。いざとなれば学園がすぐ回収してくれるだろうし。

 だから、ソードフェルト。お前はお前にしかできないことをやってほしい。D組のためにも。お前自身のためにもな」

「駿河さん……」

「だったら――」

 と、御影は二人の話に割り込み、ニヤリと口角を上げて右手をぷらぷらとぶら下げた。

「トラも存分に力を尽くさないとね。生徒会長に勝つためにもね」

「……ミカお前、普通この流れでそんなエグい頼み方するか?」

「トラが躊躇ためらっているみたいだから、背中を押してあげたんだよ」

「イヤ過ぎる押し方だな……。仮にも親友に対してあまりにも残酷なことを言ってんの、自覚あるのか?」

。親友だからこそ、トラにしか頼めない」

 両者に重苦しい沈黙が生まれる。互いに真剣な目を交わし、言葉にはできない思いをぶつける。

 やがて、はあぁと長い溜め息を吐き、

「負けたよ。お前には……」

 と両手を上げて、虎助は降参のポーズを取った。

「やりゃあいいんだろ、やりゃあ。ソードフェルトにあんなセリフ言っちまった手前、断るわけにもいかねぇじゃねぇかよ」

「悪いね、トラ」

「ホントだよ。こんなトラウマになるようなこと頼みやがって」

 がしがしと乱暴に頭を掻きむしって、虎助は再度重い嘆息をついた。

「うわー、ほんまにやんの? 一歩間違えたら死んでまうかもしれんのに?」

「そうだね。だからなおさら、トラには迅速かつ正確にやってもらわないとね」

「お前……またそういうプレッシャーのかかるようなことを……」

「あの、ちょっといいですか?」

 本格的に切断する流れとなろうしたその時、不意にアインが挙手をして口を開いた。

「今からここでやる必要があるのでしょか? 下手に血を流すより、架空フィールドへと移ってからでもいいのでは?」

「正直時間が惜しい。トラには他にやってもらいたい準備もあるし、それ以前に血の片付けにも困る」

 血液って、けっこうが痕が残りやすいものだからね、と御影。

「それと架空フィールド内でやると、危険な状態だと判断されてすぐ回収されかねない。だから事前に手首を落としておいて、見るからに元気だと偽る必要があるんだよ。架空フィールド内で負った重傷はすぐ感知されちゃうけど、外での傷ならスルーされがちだしね。

 それに、状態によっては微妙にタイムラグがある。即座に死に直結するものならシステムが瞬間的に回収してしまうけれど、重体に至らない程度の出血なら続行される仕様になっているんだよ。なんでもかんでも回収されたら、試合にならなくなっちゃうしね。それで気絶しちゃったら話は別だけどさ」

「ですが、その人が本格的に命の危険があると回収されてしまうのに変わりはありません。まして手首なんて切り落としたら、最初はクリアできても途中で回収される可能性だって高いです」

「そうだね。だからこれは賭けなんだ」

 賭け……? と眉をひそめるアインに御影は神妙に頷いて言の葉を紡ぐ。

「僕が先に倒れるか。その前に生徒会長を降すか。一世一代の大ギャンブルだ。

 ま、いつも通りのやり方とも言えるけどね」

「あなたって人は……」

 心底呆れたように頭を振るアイン。きっと御影の言葉に、この間の女子寮の件でも連想しているのだろう。

 だが仕方ない。確実な決め手を持たない御影は、こうした命をかけたハッタリやトリックでも使わない限り、日向やそれ以外の実力者の足元にも及ばないのだから。



 駆け引き上等。騙して嵌めて突き落とし、攻めて崩して首を取る。

 それが御影の――強敵と渡り合えるだけねすべを知らなかった、唯一の戦い方だった。



「あ。でもウチ思うたんやけどさ、そもそもそんなハッタリ、会長さんに効くもんなん?」

 今気づいたとばかりに、美々奈が疑問を投げかける。

「そらいくらかビックリするやけど、相手はあの会長さんやで? 血なんて異世界で見慣れてるやろし、ほんまにそれで隙なんて作れるん?」

「作れる」

 断言する御影。



「僕の想像通りなら、生徒会長は確実に動きを止める」



「……えらいはっきり言うやん。ちゃんとした根拠でもあるん?」

「うーん。まあ、あると言えばあるんだけど……」

 途端、それまでの自信ありげな顔から一変させて、眉間にシワを刻みながら、御影は歯切れ悪く応える。

「とりま、この件はまた後でね。機会があったらその時に話すよ」

「えーっ。そらずるいわ~。あんな自信満々に言われたら、一体なにがあるんやろうって、気になってしゃあないやん。他の二人やってせやろ?」

「まったく同意見だな。ミカはちょっと秘密主義過ぎるんだよ。少しぐらい自分をさらけ出せ」

「私も、個人的に気になります」

「君らって、こういう時だけ結託するんだね……」

 それも、示し合わせたように。

「とりあえず、いつかこの件はどこで話すから。それよりも生徒会長の隙を作った後――最後の締めがポイントだよ」

 真剣味を帯びた御影の瞳に、他の三人も雰囲気に呑まれたように顔を引き締めた。

「多分数秒から数十秒単位で、生徒会長は思考停止状態になる。その時はきっと僕に意識を取られて、反撃どころか回避すら思い浮かばないほど頭が真っ白になっているはずだ。ラストはそこを狙って――」



 

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