24話 虎助の奮闘
断続的に無機質な音が鳴る。コール音ですらないそれは、通話が切れたことを知らせる虚しい話中音だ。
「……ありがと、フネさん」
厳かに告げ、携帯端末をポケットにしまう。
「御影、美々奈は……」
「やられたみたい。ほんと、化け物みたいな人だよ」
アインの沈痛な表情を横目で見つつ、苦味ばしった笑みを浮かべて御影は応える。
電話口から最後まで聞いていたが、現場にいなかった御影ですら戦慄を禁じえなかったのだ――日向と正面に向かい合った美々奈など、よほど凄烈だったことは想像にかたくない。
しかしおかげで日向の異能を全て知ることができた。推論は立てていたが、やはり確証があるのとないのとでは違ってくる。
それに、勝利の布石は着々と盤上に置かれている。最強相手にどこまで通じるかは分からないが、やれるところまでやるだけだ。
それこそ、死に物狂いで。
「あとは、私達第二校舎にいる人間だけになってしまいましたね」
「そうだね。後は
一拍置き、御影はゆっくりまぶたを開けてアインをまっすぐ見据えた。
「僕と――アインだけだ」
御影の真剣な面差しに、アインは固唾を呑んで両手を握りしめる。
「いよいよ……なんですね」
「そうだね……」
情感たっぷりに頷いて、御影はおもむろに立ち上がる。
じきに日向が御影の前に現れる。雑草をむしるように、仲間達を容易く蹂躙して。
が、それもここまでだ。
僕の奇策で、必ず彼女を打倒してみせる――!!
「移動しようか、アインさん」
不安で仕様がないのか、うつむきながら椅子に座るアインに、御影は左手を差し出す。
「大丈夫。僕らならきっと勝てるよ。学園最強の生徒会長にだってさ」
「…………そうですね」
温和な笑顔を浮かべる御影に、アインは僅かに微笑んでみせて、差し出れた温かな手を握った。
◇◆◇◆
「うーむ。少し冷えるな……」
全身から水滴を落としながら、日向は眉をしかめつつ本校舎から第二校舎まで続く通路口を歩く。
上階とは違い、一階の通路口は吹きさらしの廊下となっているため、春先の微風が体温を奪う。架空フィールドは現実世界の学園をそのまま模しているため、気候や気温などもトレースされているのだ。
現実世界は、まだ春真っ盛り。風もほんのりと冷たく、スプリンクラーの水をかぶってびしょ濡れとなっている日向にとって、少しの冷気でもだいぶ寒く感じられた。
どこかで着替えを調達できたら良かったのだが、あいにくとここは架空フィールド――仮にだれそれの制服やジャージを拝借したとしても、現実世界に戻れば消えてしまう。いくら豪快な性格をしている日向といえど、人前で下着姿になるのはさすがにイヤだった。
――私の裸を見ていいのは世界にたった一人だけだ。
幼少から好意を抱いているとある少年に思いを馳せつつ、風に吹かれてすぐさま意識が戻される。
震える肩を抱いて、第二校舎へと歩を進める。
本当は走りたいくらいだったのだが、余計風に当たって体を冷やすのがイヤだったので、腕を肩をさすって摩擦熱を起こしつつ、平素と変わらない歩行スピードで第二校舎へと向かう。
――そういえば、結局『異能封じ』にも『切断』のコピー能力者とも会わなかったな……。
体を震わせながら、日向はこれまでの戦闘を反芻する。
第三、本校舎と全てのD組の生徒を打破したが、一度も懸念していたコピー能力者と出くわさなかった。
ひょっとすると第三校舎を崩壊させた時に紛れていたのかもしれないが、そうなると懸念材料はとっくの昔に消えていたことになる。ぶっちゃけ拍子抜けもいいところだ。
とはいえ、この目で確認したわけでもない。本校舎にいた人間は一度もコピー能力を使う素振りを見せなかったので、こちらは数にいれなくともいいだろう。
となると、最後の砦――主に部室練となっている第二校舎にいることになる。
そして、御影のいるところでも。
――さあて、御影はどう出るのかな?
D組生徒の携帯端末を奪って会話をした際は、かなり焦燥している感じであった。
無理もない――その気になれば日向はいつだって校舎ごと吹き飛ばせてしまうのだ。まったくの初手で覆しようのない王手を打たれ、動揺しない人間などいるわけがない。
それがこうして未だ異能戦を続けていられるのも、全ては日向の嗜虐趣味――御影への可愛さ余っての行動だった。
御影は本当に面白い。先ほどの本校舎の件にしてもそうだが、彼はこちらの想像もつかない策を練ってくる。あれほど緊張感を持てたのは久方ぶりだった。一瞬だけとはいえ、鳥肌が全身を撫でたくらいだ。
だからこそ、今が楽しい。久しく忘れていた臨場感が、冷えているはずの体を溶かすように熱する。
――異世界で御影を見つけた時は、まさかこれほでの鱗片を覗かせるとは、考えもしなかった。
あの時の彼は異形どもの強襲を受け、そばに人も見当たらず、満身創痍な状態だった。
日向がその世界に訪れたのも、御影を発見したのもまったくの偶然だったのだが、慌てて仲間と共に助けに入った時には、彼は体力が付きて四つん這いになっていた。
異形どもをあらかた掃討し、うつ伏せにこちらを見上げる御影を見て、労いの言葉をかけたつもりだったが、逆にプライドを傷付けてしまったのか、彼から宣戦布告を受ける結果となってしまった。
命の恩人に対してなんて言い草なのだろう――なんて憤慨する気にはなれなかった。
むしろその熱意を宿した瞳を見て、胸が弾んだほどだった。
なんせその頃から日向は最強と言われて、だれもが隣りに立とうとはしなかったのだから。
それゆえに、日向は御影に夢を見たのかもしれない。
御影ならば、自分の隣りに並んでくれるのではないか、と――。
「ふふっ……」
少女のように微笑を零し、日向は御影が待つ第二校舎へと足を踏み入れる。
廊下はひと気を感じさせないほどがらんとしていた。生物が息づく気配がまるでしない。
が、ここに人がいるのを、日向は知っている。
事前に『レーダー』で調べた限り、当初の数と変動はなく、D組生徒が行き交う動きは見られなかった。ずっと第二校舎で停滞していたのだろう。
そしてそれは、この静まり返った廊下とて例外ではなく――
「さて、と」
濡れそぼった袖を捲り上げ、日向は改めて周囲を見渡す。
今のところ、襲撃を受ける気配は感じられない。しかしなにかしらタイミングを計らっているのか、尖った視線が肌を刺した。本校舎同様、待ち伏せ作戦でいくらしい。D組と本格的に交戦するようになってからずっとこれである。
とは言いつつ、それも致し方ないだろう。ろくな異能もなければ有効な攻撃手段もないD組にしてみたら、無鉄砲に突っ込むんだところで返り討ちに遭うだけだ。無策で挑むなど、愚の骨頂である。
日向もそれを承知で威風堂々と姿をさらしていたのだが、濡れネズミと化した今、風邪を引かないためにも少し巻いた方が良さそうだ。
「まともに相手をしてやれなくて申しわけないが、役職上体調を崩すわけにもいかなくてな。悪いが一気に決めさせてもらうぞ」
そう断わりを入れて。
日向は、刀の先に『雷帝』を呼び起こした。
◇◆◇◆
階下から耳をつんざくような破壊音が轟く。窓を割り、床か壁を穿つその衝撃は、三階にいる虎助のところにまで響き渡っていた。
「始まったか……」
震動を足で感じながら、虎助は腕を組んで出番を待つ。
虎助は今、第三校舎の三階中央区廊下で仁王立ちしながら、日向の進撃を待ちうけていた。
「しっかし、あの会長さんも派手な真似するなあ。到着してすぐに『雷帝』を使うとか、感電したらどうしようとは考えねぇもんなのかね」
美々奈達本校舎グループが上手くやってくれたのなら、日向は現在全身が濡れた状態にある。だのに迷いなく『雷帝』を使うだなんて、正直どうかしていると思う。
いや、日向の人格を考えれば、さして不思議でもないのかもしれない。
これまでの戦いを見ていれば、嫌でも理解させられる。
あれは、根っからのバトルジャンキーだ。
それもかなり重度の――危険すら伴うリスクすら楽しむほどの。
当初の計画(御影発案)では日向の全身を濡らしたことで『雷帝』に制限を付けたつもりだったのだが、それすら意に介さず、平然と戦闘に身を投じている。
まるで、こちらの策など全て無意味だと言わんばかりに。
実際それでこうもあっさり羽虫を払うかのごとくやすやすと蹴散らしてくれるのだから、本当にやっていられない。
きっと日向みたいな人間を、鬼神とでも呼称するのだろう。
「今更だけど、とんでもないヤツを相手にしちまってんだなあ」
未だ響く轟音に眉を曲げながら、深い溜め息を漏らす。
一階付近が響いていた音が不意に止んだ。まだ数分と経っていないが、あらかた倒してしまったのだろう。相変わらずやることがど派手だ。
「次は二階。その次は俺のいる三階。うわあ、着々と迫ってきてんなあ」
軍手の中でびっしょりと汗をにじませながら、早鐘つ胸をどうにか抑えようとしきりにさする虎助。
こんなに緊張するのは、中学の部活で大きな大会に出場して以来だ。
しかも重要な役を任せられたとなっては、緊張しない方がおかしなくらいであった。
――だからって逃げるわけにもいかねぇ。ソードフェルトとは短い付き合いだが、ミカのおかげでようやっとクラスに馴染めそうになってんだ。ここで腰を引かしたら男じゃねえ!
日向の異能は強力ではあるが、しかしながら付け入る隙がなきにしもあらず。それをあの利己主義である美々奈が己を犠牲にしてまで証明してくれたのだ。
せっかく手繰り寄せたこの反逆の糸を無駄に帰すわけにはいかない。
それに――
「フネさんですらミカのために尽力してくれたんだ。ミカの一番の親友でもある俺が、ここで熱くならないでどうすんだってんだ!」
拳を打ち鳴らし、己を鼓舞させる。
いつかアインにも話したことではあるのだが、御影にはとても感謝している。
最底辺だと揶揄されて、腐っていた虎助を――D組のみんなを奮い立たせてくれた。
特別含蓄ある言葉をかけてくれたわけでもない。
すば抜けた異能や才能があったわけでもない。
それでも――クラスメイトにすら無能力者だと白い眼で見られても、御影は決して挫けなかった。
人の何倍も努力をしていた。
常に上だけを目指していた。
ひたむきに目標を掴もうとしていた。
ほとんど押し付けられた委員長も立派に務め上げ、時に大人しそうな外見から想像もつかない奇策でクラスメイト達を湧かせたこともあった。
そんな御影だからこそ、虎助は可能性を感じたのだ。
御影ならば、上位組にも勝てるのではらないかと。
最底辺でも希望を見い出すことができるのではないかと。
そしてその瞬間に立ち合う時は、御影の右腕的存在になっていたい、と。
そうして御影は、虎助の期待に応えるように――結果的には偶然の産物だった要因もあれど――見事B組戦の勝利をもぎ取ってくれた。
御影はクラスのみんなのおかげだと謙遜していたが、これは御影あっての勝利であるのは間違いない。
そして今回も、御影は危ない橋を自ら渡ろうとしている。
そんな御影の期待に答えるために、なにより親友の手となり脚となり。
もう一度夢を与えてくれた御影に、全力で応えてやりたいのだ。
だから――
――お前に頼まれたこの重要なポジション、きっちり果たしてやんぜ!
決意を新たに、虎助は顔を引きしめて臨戦態勢に入る。
いつしか、二階から響いていた雷が止んでいた。
静寂が辺りを包み、ピリピリと殺気に押された空気が否が応なく漂う。
そうして、ついに――
「これで八人」
悠然と三階の廊下に足を踏み入れた日向は、薄ら寒くなるような壮絶的な笑みを浮かべて言の葉を紡ぐ。
「あとは上階にいるアイン・ソードフェルトと御影――最後は君だけだ」
と。
濡れて光源に煌めく指を差しながら、日向は威容に告げる。傷ひとつすらその肢体はしとどに濡れて
「ようやく逃げ隠れせず正面から相対してくれる人間に出会ったぞ。まるでずっとメインディッシュをお預けにされていた気分だぞ」
「……メインディッシュはミカのはずなんじゃないんすか?」
「いや、御影はデザートだよ。数々の食事の後にとろけるような甘味に舌鼓を打つ。普通の女の子ならば当然の流れだろう?」
何が普通の女の子だ。普通の女の子が校舎を一撃でぶっ飛ばしたり、奇襲すら歯牙にかけず、朝飯前と言わんばかりに仲間達を薙ぎ払ったりはしない。
「しかしまあ――なかなか壮観ではないか」
手に持つ刀を持て遊びながら、日向は興味深げに目を細めて廊下を見渡す。
そこには様々な物――椅子やダンボール、楽器や湯飲み茶碗、果ては小型のトーテムポールなどで散乱していた。
それは虎助と日向との間――ちょうど三部屋分挟んでいる――を覆い尽くすように転がっており、見るからに足の踏み場がなかった。
「『アイギス』対策か……」
ひとり得心いったように呟いて、日向は足下にあった手毬を蹴り上げた。
「となれば、やはり『アイギス』の弱点に気付いているようだな」
「ミカがっすけどね。俺はミカに言われた通り、ここをぐちゃぐちゃにしただけです」
同学年であるのに、立場上敬語で話さなければならないことに妙な気分を覚えつつ、虎助は肩を竦めて返答する。
もちろん、ひとりでやったわけではない。『アイギス』が足場のいる異能だと知るや、仲間にも協力してもらってここまで仕上げたのだ。
欲を言うなら他の階層も似た状況にしたかったのだが、侵攻具合が思っていたより早かったため、あえなく虎助のいる三階のみとなってしまったのだ。
しかも、日向はまるで無傷。少しくらい仲間達に手傷を追わせてもらって、こちらの労力を軽減したかったところではあるのだが……。
――さすがは学園最強。力の差が歴然としていて嫌気がさすぜ。
「御影らしい妙案だね。最後まで私を飽きさせない」
くつくつと忍び笑いを上げる日向。自分が負ける未来など一切見えていない様子だ。
「ずいぶんと余裕っすね。俺で最後ってわけでもないのに」
「ああ、癪に障ったかな。すまない、つい気が急いてしまったようだ」
だが、と日向は鞘に収まったままの刀を虎助に向けて、悠々とした態で言葉を継ぐ。
「実質、君さえ倒してしまえば、残すは二人だけ。ほとんど勝負は決まったようなものだ。そうは思わないか? 駿河虎助」
「……知ってたんすか。俺の名前」
少し驚いた風に訊ねる虎助に、「当然だ」と日向が返す。
「御影が最も懇意にしている友人だからね。ちなみに三船美々奈も存知だぞ」
少し前に倒してしまったがね、とこともなげに言う日向。
「あのお下げ髪の娘もなかなか楽しめたが、君はどんな風に私を楽しませてくれるのかな?」
ニヤリと好戦的に口の端を歪める日向に、虎助は視線を凄ませて構えを取る。
いよいよ始まる。
学園最強との一騎打ちが――!
「では、まずは小手調べ」
言いながら、日向は軽やかに抜刀してみせて、刃先に雷を発生させた。
「『雷帝』っすか。これまでも大盤振る舞いだったみたいっすけど、そんな濡れた体で使っていいんすか? 最悪自分で感電しちまいますよ」
「心配ご無用。もともと『雷帝』は刀や槍といった得物を媒体にして使用するものでね、濡れた刀も新しく取り替えてしまえばなにも問題はない」
敵であるにも関わらず、己の異能を躊躇いなく説明する日向。あらかじめ『千本刀』で新品に替えていたというなのだろう。道理でぽんぽんと『雷帝』を乱発してくるわけだ。
だからと言って感電する危険性は少なからずあるわけで、一切躊躇なく使ってくる日向も大概ではある。
「さあ、ラウンドワンの開始だ」
その言葉を端緒として。
日向が、『雷帝』を纏った刀を一気に振り抜いた。
「――ふっ!」
襲いかかる『雷帝』を、しかし虎助は冷静に見極め、足場が悪い中、体をずらしてこれを躱す。
「良い反応だ。じゃあ次はこれでどうかな?」
続いて、今度は二撃目三撃目と間髪いれずに『雷帝』を放つ。
左右から回り込むように放たれた『雷帝』は、若干バランスを崩したままの虎助を容赦なく狙う。
「おらあっ!」
が、とっさに蹴り上げたぬいぐるみ類――特に虎助周辺に転がっていた備品を蹴り上げて、即席の盾を作った。
雷は虎助を貫くことなく、盾を破るだけに終わった。
降りかかる絹や綿を腕で払いながら、虎助は次の攻撃に備えんと日向を睨め付ける。
「ほう? 単なる『アイギス』対策と思っていたら、『雷帝』対策でもあったわけか」
感心したように愁眉をあげる日向に、
「これもミカの発案っすけどね」
と軽く応えて、虎助は次の攻撃に備える。
「でもこれで『雷帝』を使っても、そんな簡単には当たらなくなったっすよ。ここら一帯を吹き飛ばされでもしたら、さすがにひとたまりもないっすけどね」
ぬいぐるみだけでなく、中には警官隊が使うライオットシールドまで転がっている。それも使えば、十分『雷帝』対策になるだろう。先の通り、第三校舎を崩壊させた時のような――もしくはそれに近い出力で来られたら、盾なんてまるで無意味だろうけど。
「遠慮しておくよ。私も巻き込まれかねないし、なにより『雷帝』は強弱が付けづらくてね。それこそこの校舎ごと崩壊させかねない」
肩を竦めつつ、平然とのたまう日向。綺麗な顔をして、ずいぶんと恐ろしいことを言ってくれる。
「じゃあ諦めます? 俺としてはその方が助かるんすけどね」
「敵前逃亡なんて、私の辞書には記載されていない文字でね――だから別の方法を取らせてもらうよ」
言って、日向は不意に柄を両手に持ち替えて、八相の構え――刀を立てて左手側に寄せた。
「とりあえず、この廊下に散らばっているゴミの数々を一掃させてもらうとしよう」
まさに宣言通りだった。
日向が刀を振り下ろした瞬間、斬撃が風圧となって転がっていた雑貨を吹き飛ばし、瞬く間に道を開いて見せたのだ。
「――――っ!」
日向の異能――『人壊』を用いての一刀。
その剣圧は衝撃波となって数々の雑貨を呑み込み、虎助へと殺到する。
たまらず、虎助は顔を防ごうと腕を前面で組む。
その瞬間を、日向は見逃さなかった。
間隙を縫うように、雑貨があちこちに舞う中を、日向はトップスピードで駆け抜けたのだ。
宙を舞う雑貨の隙間から、日向が刀を突き立てて
刃には紫電が走っていた。雑貨さえ宙に撒き散らしてしまえば、前のように防ぎはできまいという策略なのだろう。あとは至近距離で『雷帝』をぶち込むという魂胆か。
彼岸の距離まで約十メートルほど。
時間にして数秒ほど。
その間、虎助は即座に防御を解いて。
次々と落下してくる雑貨を、虎助は一瞬の判断で手当たり次第くっ付けた。
虎助の異能――『接着』である。
「なっ――!?」
即席で作られた壁に、日向は驚愕の声を上げる。
御影繋がりで自分のことを知っていたようだが、さすがに『接着』までは知らなかったのだろう――予想だにしなかった防御に、前方にある壁のせいで日向の表情は窺えないが、直前まで虚を衝かれたように動きを止めていた。
そして、ここまで接近した状態で『雷帝』を打とうものなら、壁に当たった余波で日向自身にもダメージが向かいかねない。
ならば、ここでの定石は一つ。
「『千本刀』!!」
読み通り、日向が頭上いっぱいに幾多の刀を出現させ、壁ごと虎助を貫かんと飛翔させる。
この瞬間を待っていた。
「うおおおおおおおおっ!!」
壁越しに続々と全身に刺さる刀に厭わず――大量の鮮血を撒き散らしつつも、虎助は。
裂帛の気合いと共に、刀もろとも壁を『切断』した。
そう。
元はB組の生徒である郡山天理の異能――そのコピー能力者は虎助だったのである。
これには日向といえど想定の範囲外だったのか、はたまた焦りのあまり意識から追い出してしまっていたのか、つい先ほどまで傲然としていた日向が、双眸を剥いて硬直した。
「うがああああああああっ!」
その僅かにできた隙を狙って、虎助は血まみれになりながら日向の懐に飛び込み、自分に向けられていた刃を力強く握りしめた。
息も絶え絶えになりながら、虎助はしたり顔で日向に軽口を叩く。
「……これで『雷帝』は使えねぇぜ。生徒会長さんよ」
「――――――っ」
その修羅じみた表情に、日向は圧倒されたように息を呑み込む。
日向の言は正しいならば、『雷帝』を使おうと思えば、まず刀を媒介にしなければならない。
その刀が虎助に握られている以上、ここで『雷帝』を放てば、虎助を経由して自身へと返ってきてしまう。
しかも、日向はずぶ濡れの状態。
その威力は、通常時よりもぐんと跳ね上がる。
が、これには大きな穴がある。
単純なことだ。
刀から手を離せばいい。
そうすれば、『雷帝』に巻き込まれずに済む。
それに、今の虎助は重症を負っている状態だ。時置かずして、危険な状態と判断されて
瞬時にそこまで思考を巡らせたのだろう――即座に刀から手を離そうとする日向を見て、虎助は――
「今だああああああああっ! ソードフェルトぉぉぉぉぉぉっっ!!」
天井向けて、喉が張り裂けんばかりに合図を送った。
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