21話 学園最強



 先攻は御影らD組。本来なら申し込んだ側が後攻となるところなのだが、日向との取り引きで先攻権を得たD組は、十分間の自由時間が与えられる。

 御影は今、とある教室にて携帯端末を手にしながら、各人に指示を飛ばしていた。

「――僕からは以上だよ。タイミングだけ外さないようにね」

『了解。基本的にウチは待機っちゅーわけやな』

『こっちも了解。またなにかあったら連絡してくれ』

「うん。じゃあよろしくね。フネさん、トラ」

 一通り話し終え、御影は通話ボタンを切る。あとは携帯端末を介してスピーカー越しに宣誓なりなんなり、クラスメイト達の士気を高めるようなセリフを発するだけだ。

 椅子に腰を深く沈めながら、御影は長く吐息を零す。貧血も相俟って頭が少々クラクラするが、思考に鈍りはない。だが、こんなところを狙われでもすればひとたまりもないだろう。

 後攻側はランダムで出現する仕様になっているので、下手をすれば目の前に現れる危険だってある。十分に留意して対応せねば。

「大丈夫ですか、御影……」

 霞む視界を少しでもはっきりさせようと緩く頭を降る御影に、隣りの席で折り目正しく足を揃えて座るアインが心配そうに下から覗き込んできた。

「大丈夫だよ。ちょっと前に薬も飲んだし、まだ働ける」

「でも、顔色がだいぶ悪いですよ? 膝を貸しますから、少し横になっていた方が……」

「やめておくよ。薬も飲んじゃったし、今寝たら起きれそうにない」

「そうですか……」

 御影の返答にしょんぼりと肩を落とすアイン。いざ日向が現れたとなった時に指揮が乱れてはいけないという思いで固辞したのだが、いささか冷たかっただろうか。

「ごめんねアイン。せっかく気遣ってくれたのにつれなくしちゃって」

「いえ、自分で言っておきながらなんですが、膝枕なんてする方もされる方も恥ずかしいですし」

「そう、かもね……」

 ほんのりと赤面するアインに、御影も照れくさくなって顔を背けた。

 なんだろう、この田舎の中学生カップルみたいな初々しいムードは。それなりにアインとは距離を縮めれたと自負しているが、いざ二人っきりなってこうも反応が変わると、嬉しい反面、たいへんやりづらくもあった。

 まして御影は虎助のように異性との交流が多いわけではない。付け加えて相手は文句なしの美少女。美々奈のような悪友じみた付き合いならともかく、どう対応したらいいか判断しかねる。

「日向さんは、どう出るでしょうか」

 怪我の功名というか、貧血の弊害すら失せてどうしたものかと思案にふけっていると、アインが不意に静寂を破って疑問を口にした。

「ん? ああ、多分生徒会長のことだから、小細工なんてしないで正面から来ると思うよ」

 基本的に日向の行動は単純明快だ。目の前に敵がいれば考えるより先に突貫をかける直情タイプで、御影のように策を弄したりはしない。どんな相手でも正面から挑む、バカ正直な人なのだ。

 ただ、それだけに恐ろしい。策を必要としない圧倒的な力は、そのもの自体が強大にして凶悪だ。相手の策すら理屈抜きに破ってしまう者なんて、御影にしてみれば天災でしかない。



 ――なにをするか分からない人間が怖いとはよく聞くけど、彼女の場合、なにをするか分かっていても結果が分からないから怖いって感じだな。だからこその最強なんだろうけど。



 しかし逆に言えば、それだけ日向に隙が生まれるということに他ならない。

 日向の辞書に敗北という二文字は載っていない。地球が自転するように、絶対勝利を信じて疑わない。D組連中なんて日向にしてみたら、そこらにいる有象無象となんら変わらないと思っているに違いない。

 最強だからこそ生じる油断。付け入る部分があるとするなら、そこだけだ。

「詳しいですね、日向さんのこと」

「まあ、ね……。敵を知り己を知れば百戦殆うからずだよ。でもそういうアインだって生徒会長とは知り合いだったみたいだし、なんとなく分かってはいるんじゃない?」

「そうですね。初めてあった時も、この学園で再会した時も、日向さんはなにも変わっていませんでした。太陽のように手の届かない存在で、触れようとしただけで火傷してしまいそうで……」

 微苦笑を浮かべ、アインは天井から太陽を覗くように目線を上げる。

「きっと、これからもあの人は太陽であり続けるんでしょうね。あまりに遠くて眩しくて――人を温かく包みもすれば、熱過ぎて苦しみを与えてしまう、そんな太陽に」

「だけど、太陽だっていつかは沈む。雲が広がれば見えなくなる。いつかは月や星が逆転するんだ――太陽だって絶対じゃない」

 アインの信心にも似た感想に、御影は反駁するかのごとく言葉を返す。

「イカロスの翼でだって、たとえ途中で溶けても太陽には近づけるんだ。そしていつかは太陽にだって負けない翼を作れるようになる。人類が飛行機を生み出したようにね」

 もたれかかっていた背を起こして、御影はアインをまっすぐ見据える。

「だから、僕らので掴んでやろう。太陽にだって手は届くんだって証明するためにさ。そうしたらきっと、なによりの恩返しにもなるんじゃないかな」

「はい…………」

 アインが華のように微笑む。それだけで勇気をもらえたような気がした。



『うんわー。ミーくんめっちゃ臭いセリフ吐くなあ』

『聞いてるこっちが恥ずかしくなるな』



 突然携帯端末から響いた声に、「うわっ!」と御影は声を上げた。

「……なんでまだ繋がってるの?」

『なんでもなにも、ボタンを押し間違えたんじゃないのか? ずっと通話状態になってたぞ』

「いや、ちゃんと押したつもりだったんだけど……」

 もしかして、具合が悪いせいで押す力が弱かったのだろうか。軍手もはめたままだったし、ちゃんと通話が切れなかったのかもしれない。

「それならそれで、そっちから通話を切ってくれても良かったのに……」

『悪りぃ。ミカとソードフェルトの話し声が聞こえてきたものだから、ついつい気になっちまって……』

『ていうかこんな面白そうな話、途中で切れるわけがないやん。ばっちりメモさせてもろたで!』

 この好事家どもめ(特に美々奈)。

『いやー、でも良かったぜ。今の話をみんなにも聞かせてやりたいぐらいだ。というか、今からでもスピーカー機能を使って校内にいるみんなに届けてやったらどうだ?』

『それええなあ! ウチも大賛成や! さっきのくっさいセリフでみんなを活気づけたろうやんか! ぷっ、太陽はいつか沈むとか、ぷぷっ、月や星が逆転するとか、イカロスの翼がどうとかぶははははははっ!!』

 途中で通話を切った。

 今度こそちゃんと切れるよう、全力で力を込めて。

「あの、大丈夫ですか御影? 唇は真っ青なのに顔は真っ赤ですよ?」

「自分でも、もはや具合が悪いのかなんなのか分からなくなってきたよ……」

 命運を賭けた戦いがこれから始まろうというのに、なんだろうか、この締まらなさは。

 でも、まあ。



 これでこそD組だと、不思議な安堵感を覚える自分がいた。



 ◇◆◇◆



 城峰日向は最強である。



 それが周囲の――また自分でも認める評価であった。

 いつからそう呼ばれるようになったかは――いつからそう自認するようになったかは、よく覚えていない。

 ただゲートに巻き込まれ、様々な世界を巡って色々な人達を救済し、多種多様な異能を身につけるようになってから、いつしか最強と呼ばれるようになったのである。

 特に顕著だったのは、宝条学園へと入学した頃だろう。

 元々は異世界で知り合った、とある異界取締官の勧め――君の力はもっとちゃんとした形で振るわれるべきだと思うだとかなんとかそそかのかされて――で宝条学園に入ったのだが、日向ほどの逸材はどこにもいやしなかった。

 それだけ、日向が群を抜いていたのである。

 よくよく追憶してみても、日向は幼少の頃から完璧で、周りから神童と持てはやされていた。

 だからだろう――みんなから称賛を浴びるのは当然だと思っていたし、また自分のような存在がみんなを導くべきものだと本気で信じ込んでいた。

 実際、日向が導けば万事が上手く進んだ。苦難や困難などまるでなかったと言って等しい。

 ゆえに、日向が生徒会長になったのも自然の摂理と言えた。異能だけでなく学業にしても人望にしても才能に溢れているので、彼女ほど適任な人間は他にいなかったのだ。

 が、一方でそんな生活に退屈を感じつつある自分もいた。

 最強であるがゆえに挑んでくる者がいなくて。

 完璧であるがゆえに物足りなさを感じていた。

 それはもうどうしようもない事実で、揺るぎない真実だった。

 それに対して、一抹の寂しさのようなものを感じていなかったと言えば嘘になる。だがそんな私情で生徒会長を脱する気などなれなかったし、また生き方を変えるつもりにもなれなかった。

 なぜなら、日向には――




「ふふっ――」

 日向は今、第三校舎と本校舎と間の中庭で、ひとり口角を上げて佇んでいた。

 その手には異能で出した一本の刀が握られており、見るからに近寄りがたいほどの闘気を放っていた。

「さて、御影はどんな風に私を楽しませてくれるのかな?」

 無能力者でありながら、いじましくも自分へと挑戦し続ける可愛い少年の姿を思い浮かべて、日向は口の端をたゆませた。

 御影だけだった。最強といわれる自分にこうも積極的に挑もうとしたのは。

 生徒会異能選挙で、S組である三年生やその他の生徒を降して名実共に学園最強となった後も、時たますれ違う日向を御影は鋭い眼光で見つめていた。他の者は憧れの目で見るか、もしくは腰を引かせるかのどちらかしかいなかった中で。

 そんな彼だからこそ、無能力者だと判明して入学できそうになかった御影を、上層部に顔が利く日向が推薦して見事留ませたのだ。

 御影にはなんの異能もない。はっきり言って学園最弱と呼称しても過言ではないくらいだ。

 が、御影には類まれなる知恵と、目的のためなら手段を選ばない執念がある。

 彼にその才能を見出し、イタズラにも似た試練――D組に女装教師を赴任させてみたり――したが、そのどれもを御影は看破してみせた。計算高いと言うか、観察力に優れているのだろう。

 また彼は自身が弱いということをちゃんと理解していて、臆面なく人に頼る潔さがある。

 純粋にタイマンを張れるような強さはないが、人脈を使った戦略となれば他の追随を許さないほど突出した才覚――それは異能がなくとも、十二分に脅威的な存在であった。

 きっと、日向を倒せるものがいるとすれば。

 御影のような、不屈の精神を持った人間だけだろう。



 ――なぜそこまで私を倒すことに固執するのかは謎ではあるが。



 数年前に交わした約束を、今でも果たそうとしていると言えば美談にもなるのだろうが、御影のそれは妄執にも似た深い感情が窺えた。

 御影に対し、そのような遺恨を残した覚えはないが、知らず知らずの内に彼に不敬をはたらいてしまったのだろうか。



 ――まあそのへんに関しては、また機会がある時にでも訊いてみよう。私に非があるのなら、ちゃんと謝ればいいだけだし。



 こんな素晴らしい舞台を用意してくれた御影に感謝の念を述べたいくらいなのだが、もしも悪印象を抱かれているのなら、火に油を注ぐ結果にしかならない。他の者にならどうなろうと興味の範疇にないが、御影にだけは嫌われたくなどなかった。

 などと物思いに耽りつつ、日向は殺気を感じて、思考を戦いの場へと切り替える。

 現在、周囲に人影はいない。遠巻きから日向を窺うような気配は感じるが、だれ一人として日向に立ち向かおうとする者はいなかった。



 ――様子見、か。



 はたまた、御影らしく罠でも仕掛けて待機しているのか。

 なんにせよ、このままここにいても埒があかない。どのみち動く必要性があった。

 とはいえ、闇雲に動いてもこうも姿を隠されては探し出すのも一苦労。しかも今回の勝利条件はD組生徒全員の淘汰となっている。当然のように姿を隠しているだろうし、適当に歩いてもなかなか遭遇できないだろう。



 ――私のを使えば、それすらも無意味だが。



 そう黙考し、日向は精神を研ぎ澄ますようにゆっくりまぶたを閉じる。

 脳裏に描られる断片的な地図と赤い斑点。

 その赤い点は各所に散らばっており、だいたい三等分に分けられている。



 『レーダー』。



 日向の持つ異能の一つで、周囲にいる人間の配置や数を正確に把握する能力である。

 異世界に行った際などは多用するが、宝条学園ではほとんど使う機会がなかった異能だ。どこかのクラスが日向の在籍するS組に異能戦を申し込んでくれたならば話は別だったのだが、ただでさえ学園最強がいるのに、他にも超優秀生にいるS組に挑もうとする者などいるはずがなかった。

「第二校舎で十一人。本校舎で十人。第三校舎で十二人か。さて、御影はどこに潜んでいるのやら」

 学園では初となる『レーダー』を使って、辺りをつぶさに探知する。

 レーダーでは個人を特定できないのでどこに御影がいるかは分からないが、校舎内のどこかにいるのは確かなようだ。

 噂ではB組戦の時にとんでもない場所に隠れ潜んでいたらしいが、今回はそうでもないらしい。てっきり生徒全員のリタイヤを要求してきたものだから、考えもつかないような場所に隠れているものとばかり思っていたが……。



 ――御影のやつ、また妙なことを考えているな。



 ま、今はいい。どうせなにを仕掛けてきたところで正面から突破してみせるだけだ。仮に途中で身を潜めて時間制限まで粘って引き分けを狙ったところで、アインの転校処置が先延ばしになるだけで特に損はない。いや、向こうがアインとの別れを偲んで先延ばしを望んでいる線も拭えないが、それにだって限度数がある。いつまでもアインがずっと学園に残り続けることなんてあり得ないのだ。

 日向としてもどうにかしてやりたいところだが、ああもアインに不満を持つ生徒が多いと、裏工作でもカバーしきれないものがある。生徒会長としてみんなの不満に応えないわけにはいかないし、なにかと難しいところだ。怪我の巧妙というか、結果的にはそのせいで御影と正当な理由で戦えるようになったので、嬉しい誤算でもあるのだが(S組は他のクラスに異能戦を申し込めないので)。

 閑話休題。D組の配置は『レーダー』によって把握したが、やはり制限時間内となると少しばかり数が多い。本当はひとりひとりじっくり味わいたいところなのだが、ある程度人数を減らす必要があるみたいだ。

「ふむ。となると――」

 そう呟きを漏らして。

 日向は流れるような動作で、すらりと刀を抜いた。

「どうせ向こうからかかって来るつもりはないんだ――私から仕掛けたところで文句はあるまい」

 言って、剣先を第三校舎中枢地点へと向けて。

 刃にを迸らせた。



「出でよ、『雷帝』――」



 まさに、一瞬の出来事だった。

 日向は刀を振りかぶった刹那、刃から凄まじいいかずちの奔流が放たれて、第三校舎を真っ二つにしたのだ。



 雷はそれだけに収まらず、うねるように四方へと荒れ狂い、ついには第三校舎を見る影もなく崩壊させてしまった。

 これが日向の異能の一つ、『雷帝』。

 五つある異能の中でも群を抜いて打撃力の高い能力で、その派手な見た目に日向も愛用している一つである。

 異能戦選挙でも使用した能力ではあるが、ここまで大規模なのはかなり久方ぶりだ。きっと中にいた生徒も、逃げるのすらままならず、『雷帝』の直撃を受けたか、瓦礫に埋もれたかで病棟に回収されたことだろう。

 粉塵が舞う瓦礫の山を眺めながら、日向は満足げに頷いて呟く。

「ふむ。これで三分の一は減らせたな」



 大胆不敵。傲岸不遜。豪放磊落。唯我独尊。

 学園最強の前に障害などありはせず。



 城峰日向に、向かう敵無し。


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